3・対話
車の内部はちょっとした客間のように、絨毯が敷かれ、応接台とソファが置かれている。向かい合わせに二人ずつ座ると、リモコンの操作でエアカーは滑るように動き出した。
「動かしてるやつはどこにいるんだ?」
不審そうにアクセルが尋ねた。
「機械が動かしている。乗っているのは我々だけだ」
ウリエルが応えた。それから少しの間、誰も何も言わなかった。
「ラファエル……あんた、どうして行き倒れていたの? ウリエルの仲間なんでしょう?」
霖が言った。全員に聞きたいことは色々あったが、まずはそれ程怖くない話題から入る事にしたのだ。
「ああ……うん。実はあの時は、事故みたいなものに遭って、一時的に記憶が混乱していたんだ」
先程までの少年らしい口調ではなく、年上のような物言いに、霖は違和感を覚える。
「事故……って、どうして?」
「僕は、君に近づきたかった。倉沢竜の婚約者……彼を止められるのは、君だけだと思った。それで秘かに君に会う為にこの地上へ降りようとした。だが、僕の行動は敵に知られていた。シャトルのエンジンに工作され、何とか砂漠に不時着したものの、頭を打って混乱していたんだ。しかし、ウリエルに会った事で全てを思い出した」
霖は驚いた。
「あんた、竜を知ってるの? それに、あたしの事も? なんで?」
「ウリエルから君の事を……竜の事を聞いて、最初はまさか、と思った。裁き……そんなひどい事が起こっているなんて……これからまた、起ころうとしているなんて、全く知らなかった。ウリエルも、そんな事はもうずっと過去のものだと信じていた。でも、竜の写真を見て、生い立ちを聞いて、気づいた」
「待ってよ……訳が解らないわ。竜の写真と裁きと、どういう関係があるのよ?」
「それは……」
ラファエルは逡巡した。ウリエルが後を引き取った。
「それは、竜が元々、この裁きを引き起こす為に……破壊獣の封印を解く為に、生み出された存在という事だ」
暫しの沈黙があった。それから、霖が言った。
「なにそれ」
「秋野……」
「生み出された……って、竜の本当の親の事知ってるの? 裁きを起こす為に生まれた、ってどういう意味? もっと解るように話してよ!」
「すまない。どこから話せばいいのか、わたしにも判らないのだ」
「待てよ。何となく……解るぜ」
そう口を挿んだのはアクセルだった。
「あの女は、最初から竜を狙ってた。あいつを止めそうな俺と仲たがいさせて、あいつを堕落させて……それは、最初から、あいつを操って封印を解かせるのが目的だった訳だ。天使が預言したとかいう、黒髪黒目の男……最初から、それはあいつに決められていた……そうなんだな? つまり、あいつは、封印を解く為の何か特別な能力を持っていたんだ」
「そういう事だ」
ウリエルは、よく理解してくれたと言いたげに深く頷いた。
「封印を解くも封じるも、全ては彼一人にしか出来ないこと。他の人間が封印に近づいても、何も起こりはしない」
「あの女は、血を捧げないと駄目だと言っていたが?」
「そう……破壊獣の凶暴性を増す為には血の臭いがあったほうがよかっただろう。しかし、封印を解く為に必要な訳ではないし、人間の血でないといけない訳でもない」
「じゃあ、何故……?」
「それは、たぶん……」
沈んだ声を出したはラファエルだった。
「『演出』の為だと思う。より劇的に……そして、彼を苦悩させる為に。あのひとの好みそうな事だ」
「おまえは、マリアを知っているのか?」
ラファエルは頷いた。
「知っているというより……彼女は僕が生み出したものだ。でも、今僕が『あのひと』と言ったのは、彼女の事じゃない。彼女にそれを命じた人物……僕の姉だ」
「……なんでいきなりあんたのお姉さんが出てくるのよ?」
「うん、待って。出来るだけ解るように説明するから。君たちにとっては、とても信じがたい事かも知れないけど……とにかく疑わずに聞いて欲しい。君たちを騙したって、僕らには何のメリットもない。疑うのは時間の無駄だ」
「判っている。話してくれ」
アクセルはあっさりと言い、霖も深く頷いた。
「うん……まずは、僕たちの事を話そう。僕たちは、長く、長く生きている。そう……三千年が過ぎたんだ。僕らがかつて、『地球』と呼ばれたこの星で、君たちくらいの若者として生きた時から……」




