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3・過去

 扉の向こうは別世界だった。

 正面の壁面には整備された様々な機械類が鈍い光を放ちながら並んでいる。正面のモニターがウリエルの入室に反応して自動的にオンになった。


『御用ですか、マスター』


 柔らかい男の声が室内に響いた。


「ああ……調べてほしい。回線777は……まだ生きているだろうか?」

『少々お待ち下さい』


 声は応えた。

 それは、コンピュータの音声だった。

 擬似人格と自己修復機能を具えた総合コンピュータ『ベルゼ』は、かつてウリエルがこの地に降り立った時に持ち込んだものだ。この機械室も、当時から殆ど手を入れていない。『ベルゼ』は高度な機能を有していたが、ここに来て以来ずっと、この住居の機能を保ち、ウリエルの食物を合成し、ウリエルを慰める為に過去のあらゆる書物や芸術や映画などを再生してみせる以外の仕事は、殆ど行なっていなかった。ウリエルが必要としなかったからだ。『ベルゼ』の中にある過去の知識、それ以外にはもう、後にしてきた世界と触れるつもりはなかったのだ。

 しかし、霖の話からウリエルはどうしても確かめずにはおれない疑惑に突き当たった。


『マスター、回線777は使用可能な状態です。お繋ぎしますか?』


 『ベルゼ』の声に、ウリエルははっと我に返った。軽い緊張が身体を縛る。捨ててきた世界と今、彼は再び関わりを持とうとしている。その世界が今どういう状況か、置いてきた友人が今どういう状態にあるか、まるで見当がつかない。もしかしたらこの通信が、この永きに亘った静かな暮らしを破壊してしまうかもしれない。それでも……。


「ああ、繋いでくれ」

『かしこまりました』


 モニターの色が一時沈んだかと思うと、画面が瞬き、相手の応答を待つばかりになった。

 僅かな、長い時間の後、モニターは一人の少年の姿を映し出した。


『まさか……本当に君なのか?』


 少年は驚きの余りどういう表情をしてよいか判らない、というように顔を覆っていた。


『生きていたなんて……ウリエル』

「長い間、連絡もせず、すまない」


 静かにウリエルは言った。


「ラファエル。……顔を見せてくれ」


 少年はゆっくりと手を下ろした。現れた顔は、二千年近くの歳月を経て残る記憶と、そう変わりはなかった。


「変わりないな」

『僕は変わらない』


 ラファエルは応えた。


『君も……ウリエル。どう言ったらいいのか判らない。僕もミカエルも、君は、彼が死ねば戻ってくるだろうと考えていた。なのに君は戻ってこなかった。だから、君は何かの事故で死んだものだと……そう思っていたんだ』


 やや躊躇いがちな口調でラファエルは言う。


『まさか……彼も生きているなんて事は……?』

「ある訳ないだろう。克巳は我々とは違う」


 きっぱりとウリエルは言った。


「だが……まだガブリエラは固執しているのか……?」

『そうかも知れない』


 やや突き放したような物言いだった。


『僕はもうあの人とは数百年、顔を合わせていないんだ。ミカエルはたまに会っているようだが……まあ、夫婦だからね。でも、僕はあの人とは考えが合わない。会う必要もない』

「冷たいな。喧嘩でもしたのか?」

『喧嘩……そうだな。何度もあの人を諌めようとした。不毛な研究は止めろと……もっとあの技術を、有意義な事に使うべきなんだ。なのに、過去に囚われて……僕は何度も、克巳の記憶そのものを抹消してしまえと言ったんだ。でも、彼女は聞く耳を持たない。僕は会いたくないんだ』

「そうか……。しかし、彼女がこの地上に行なった事を、おまえは知っていて止めなかったのか?」

『何の事だ?』

「恐ろしい事だ……。かつて一度、わたしはその光景を見た。凶暴な獣……肉体改良を施された犬。だがわたしには判った。あれは、克巳の愛犬だった。そちらに、ガブリエラの為に克巳が残してきた筈の」

『犬? ああ……いたな、そう言われてみれば』


 どうしてか、嫌そうにラファエルは顔を顰める。


「どうした? 記憶ではたしか、おまえも可愛がっていた筈」

『昔の事だ……あの人は、あの犬を生きたまま冷凍保存したんだ。嫌な感じだった。それで、その犬が地上に? まさか?』

「いや。間違いないんだ。そしてそれを使い、かつてここ、地上で大虐殺が行われた」

『大虐殺……?』

「ああ。わたしは止める術もなく、殆どただ見ているしかなかった……。でも、もう終わったのだろうと思っていた。だが、そうじゃない。もうすぐまた、それが行われる。だから、きみにコンタクトをとったんだ。あんな事はもう、止めさせなければ」

『ま、待ってくれ、そんな事をいきなり言われても、何の事だかわからない』

「そうだろうな。順を追って説明しよう……」


 ウリエルの話は朝方まで及んだ。時の彼方に置き去って、二度と会うこともないと思っていた大切な友に向かって……。

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