自由民と兄様
前話、今話のローランドが夕方過ぎに、ハヤトの部屋に訪れる内容を削除しました。
ローランドさんとの食事会の話は、また後日にします。
自由民と兄様
執務室を出て、まだこのギルド内を、ほとんど知らないことに気が付く。
せっかくなので、ギルド内を探索してみることにした。
執務室から、少し行くと、事務室があった。ここは、職員のみの区画だろうから、少し戻る。そうすると売店を見つけた。
売店では、初心者セットや採取セット、中古の武具防具があった。他には回復薬などの薬品類も売っており、試しに回復薬と解毒薬を購入した。採取セットは、買っておいた方が良いとは思ったが、依頼を受ける時にでも、また買うことにしよう。
次に見つけたのは治療室だった。
用もないのに入る場所ではないので、次は二階へ向かった。
二階には、図書室、資料室、いくつかの会議室などがあった。
資料室は、職員用の部屋だろうから、図書室に入る。
アイカのことを最優先事項にしたいので、他の調べ事は、後回しにするしかないが、どうしても気になることが一つあり、それを調べることにした。それが、今後のアイカの立場にもつながるのだから、調べておいて損はない。
ハンターギルドの規約と法学所を開き、詳細を読んでいくと、おそらくこれが答えだろうという項目を見つけた。
俺が気になっていたのは、国民という言葉だ。
このグランス王国でいう国民とは、王族、貴族から保護を受けている者たちのことを言うそうだ。
封建制の社会らしく、国民は、決められた領地から、基本的に移動はできない。
だが、正当な理由がある場合は、国民のまま移動が見止められるが、それがない場合、自由民となることで移動が可能となるそうだ。
そこで、問題になるのが、ハンターの立場だ。ハンターは、仕事の都合上、移動が必要になることが多いらしい。そうなると、必然的に、国民でいるよりも自由民でいる方が、都合が良くなる。
だが、自由民は、国からしたら、勝手にうろつく存在になってしまう。
勝手にうろつく存在ということは、税の取り立てもままならないということになる。
そこで、自由民のハンターたちを土地に縛り付ける工夫が必要となるわけだ。
まずは、自由民に、家を所有できなくさせ、代わりに、宿を安価で泊まれるようにした。
こうすることで、滞在している街が気に入れば、国民になり、家を手に入れられるというメリットを提示したことになる。
次に、ハンターとしての依頼報酬に税をかけることにした。
だが、この税は、国民になっても、変わらないということにしてしまった。
結果的に、自由民だろうと国民だろうと、払う税金は、同じということにしてしまったわけだ。
しかし、これは、金額は同じでも、金の流れ方が変わる方法であり、国や王族や貴族からしたら、街に拠点があれば、金を街で使ってくれるが、街に拠点がなければ、他国、他の領地で使われてしまう可能性が出てくることを防止する政策と言える。
結局、自由民のハンターのメリットは、自由に行動が出来るというだけになり、国民のハンターになれば、自由には行動できないが、拠点となる街に家を持てることになる。
さらに、国は、婚姻について、制限を出した。自由民と国民の婚姻を禁止してしまった。国民は、国民と、自由民は自由民としか婚姻してはならないという法だ。
この政策は、さすがに反発があるだろうと、国は考えていたが、意外にも、国民のハンターが増える結果となり、自由民のハンターたちも、ある程度の年齢になると、国民になれば、それなりの金を持った上で、街で結婚相手を探すことができるという考え方をするようになった。
というのが、規約と法学所を軽く読んで理解した国民と自由民の概略というわけだな。
この自由民の中には、行商人なども含まれるのだろう。
この自由民という立場は、優秀な外国人を自国の民にするための、移行期間のようにも感じる。
この自由民という立場に進んでなろうという国民は、ハンターや行商人になるなどの目的がなければ、ただの不穏分子と思われても仕方がないだろうな。
探せば、穴のある制度なのかもしれないが、良くできている政策に感じた。
俺には、国を運営するなんて、とても無理だな。どんな社会制度でも、穴があるのが、人の社会という物だと、地球の政治形態を見ていると感じてしまうので、この世界は、この世界なりに、今を必死に生き抜いているのがよくわかる政策だと感心してしまった。
昼も過ぎ、アイカの様子がどうなったか、気になるので、木花館に戻ることにする。
ハンターギルドを出て、広場の東側を見ると、露店が立ち並んでいた。
どうやら、東の通りは、露店通りのようだ。
せっかくなので、アイカに何か温かい食べ物でも持っていこうと、いくつかの露店を眺めていると、クレープ生地に野菜と肉を巻いた物が目に入った。
露店の主人に話を聞くと、元々は、東の国の郷土料理で、クレスパというそうだが、この辺りでも材料が十分に集まるらしく、この街の名物になりつつある料理らしい。
クレスパを二つ買い、冷える前に、木花館に入り自室へ戻った。
自室に入ると、アイカは、ソファーで、くつろいだ姿勢のまま、眠っているようだった。
起すべきか、悩んでいるうちに、アイカは、俺の気配で目が覚めてしまったようで、ぼんやりと半眼のまま、現状を確認しているようだ。
「あれ、あ、え、はい、ハヤトさん、お帰りなさい」
正直なところ、寝ぼけている時に、攻撃でもされないか、かなり焦ってしまった……。
しょうがないんだ。こいつ、これでも勇者なんだよ!
「みやげだ。寝起きには、合わないかもしれないが、食べれそうなら、温かいうちに食っておくのが良いぞ」
「ありがとうございます。クレープの生地みたいですね」
俺も食べてみるが、生地は、甘くないクレープ生地といった印象だ。
肉と野菜は、あっさりしていて、昼食には、丁度良いかもしれない。
水差しから、木のコップに水を注ぎ、アイカと俺の文を用意する。
異世界の味というよりも、日本のどこかで食べたような、シンプルだが、懐かしい味がして、クレスパの店を一通り探したくなってしまった。
「それで、隷属紋の効果は、どうだった?」
「一度も感じていません。本当に解放されたのでしょうか?」
「手からも多分だが、隷属紋の魔力は、感じられると思うから、少し見てみよう」
アイカの手を取り、魔力を流し込むが、アイカの魔力しか感じることはできなかった。
「隷属紋の魔力は、感じ取ることはできないな。一応、今朝の魔法を流し込んでおく」
「はい、お世話になります」
そういえば、魔法には、できるだけ名前を付けていたが、あの魔法は、汎用性がないから、名前を付けていなかったな。リスレイブと名付けて、汎用性が高くなるように改良していこう。
「おし、終わったぞ。何か異変はあるか?」
「その、なんというか、今朝は、それどころではなくて、気が付かなかったのですが、ハヤトさんの魔力が体中に入ってくる感覚が、心地よかったです……」
そういうのを、顔を赤らめて言うのは、どうかとおもうぞ。やっているこっちの身にもなれ!
「まあ、悪い感覚じゃないなら、良しとしておこう」
「はい、そのですね。お礼について考えていたんです」
「礼をしてもらうために、アイカを助けたわけじゃないぞ」
「それでも、助けられたのは、事実ですから、お礼をしなければなりません。そこで、私、ハヤトさんの妹になります!」
「なっ?」
「妹になれば、ハヤトさんのお世話ができます。もちろん、実の妹になりたいといっているわけじゃありませんから。義妹です。どうでしょうか?」
「どうもこうも、なぜ、お世話が、義妹の仕事になる。メイドや侍女やら、いろいろ選択肢はあるだろう」
「私は、まだハヤトさんが、何者か知りません。ですが、同郷というだけで、私を助けてくれた優しい方だということは、知っています。それに、あの強力な隷属紋を少しの時間で、破壊してしまう手際は、普通じゃないことくらい私にだってわかります。そんなすごい方に、付き人の一人もいないのは、おかしいと思われるのが、この世界なんです。そこで、使い勝手の良い立場が身内となります。パーティーでは、女性をエスコートし、男女でダンスを踊る週刊のある、この世界で、ハヤトさんは、どうします?」
言われてみれば、確かにそういう場面は、この先あり得る。それに、アイカは、勇者だ。俺の護衛としても、問題はないし、彼女が一人で夜の街を歩いたとしても、何事もなく帰ってきそうだ。
「わかった。確かに、アイカの言う通りだ。義妹という立場は、俺にとってありがたい。その話、受け入れさせてもらう」
「ありがとうございます。これで、一人で、路頭に迷わなくて済みます!」
ああ、そういう問題もあったんだな。この選択は、お互いに最良というわけか。
アイカのことは、義妹として、しっかり面倒見ることを、コウジさんにでも、誓っておこう。
そうだ、コウジさんのことを、話さなければ……。
「そのだな……、この先、俺の近くにいるなら、知っておいてほしいことがある。今から話す内容は、俺がこの世界に来た理由や、短時間で隷属紋を破壊できた理由になる。そう長い話じゃないから、しっかり聞いてくれ。ああ、先に言うが、他言無用で頼むぞ」
「わかりました。兄様、どんなお話でしょう?」
兄様か……。
そうして、高次元体のコウジさんとの話を、アイカに語っていった。