エストガルと二つ名
エストガルと二つ名
食堂に入ると、客は、俺一人のようで、朝食のピークの時間は、終わっていたようだ。
アイカの処置に思いのほか、時間がかかってしまったのだろう。
あんな作業は、生まれてこの方、初めての作業だったのだから、しょうがない。
それでも食堂では、しっかりとした朝食を出してもらえた。
昨日は、コンソメ風の野菜たっぷりスープだったが、今朝は、ミルク仕立ての野菜たっぷりスープだ。
それに、スクランブルエッグ、ベーコン、果物のフレッシュジュース、パンという献立だ。
昨日の昼に、昼食の話がなかったことを思い出し、この辺りでは、朝夕の二食が普通なのかもしれないな。
味付けは、やはり、塩とハーブだったが、昼食がないと思えば、これくらいは食べておかないと、辛くなるだろう。
そうして、しっかりと頂き、満足して、ハンターギルドへ出かけた。
木花館は、広場から見て、北の通りにあり、広場にあるハンターギルドまでそう遠くはなく、すぐに到着した。
ハンターギルドに入ると、フォルスさんの受付は、ハンターたちが並んでいたので、軽く手を挙げて、挨拶だけをして通り過ぎようとしたのだが、フォルスさんに呼び止められた。
「あ、ハヤトさん、マスターがお待ちです。昨日の、マスターの執務室に行ってください」
「え、はい、わかりました」
奥に入り、マスターの執務室の前で声をかける。
「ハヤトです。お呼びの様でしたので、参りました」
ハヤト君、待っていたぞ。入ってくれ」
ドアを開けて中に入ると、やはりゴリラ人間という感想を持ってしまうローランドさんが、執務机で何かを書いていた。
「まずは、そこに座って少し待っていてくれ」
しばらくの間、器用なゴリラが、文字を書く風景を眺めていると、ローランドさんの仕事が一区切りついたようで、話が始まった。
「君は、この周辺の国について、どれくらい知っている?」
「何かを語れるほど、知っているとは言えないですね」
「そうか、なら、近隣の情勢を絡めて話す」
近隣の情勢だなんて、何事だ?
ローランドさんは、ヨーロッパに似た地形の絵地図を出して、テーブルに広げてくれた。
「この国は、ぐらんす王国というのは、知っているな。グランス王国は、南の海に国土を面した国なんだ。西にはセイトール王国、北には、フランベル王国がある」
地球で言うと、マルセイユ周辺がグランス王国、ナント周辺が、セイトール王国、フランベル王国が、ベルギーからフランスの一部というようだ。
「それで、三国は、まあ、友好国と言ってよいだろう。問題は、南西のポルニア半島にあるエストガル帝国なんだ」
地球で言うイベリア半島全域がエストガル帝国になっているようだ。
「この国は、元々小さい国だったのだが、百年ほど前、神から使わされた勇者が現れたと言われている。勇者は、戦いの先鋒に立ち、このポルニア半島全域を征服してしまった。半島を征服した帝国は、その後、内政に力を入れて、今に至るそうだ」
勇者か、アイカと関係あるのは、明確なんだろうな。
「その時に活躍した勇者は、その後、どうなったのでしょうか?」
「神の使いという話だったからな、神の世界に帰ったと言われている。正直なところ、何らかの方法で、抹殺されたのだと、歴史家たちは、考えているがな」
「勇者とは、切ない存在なのですね」
「そうだな。その勇者ともかかわる話が、今からの本題になる」
「あまり聞きたくはない内容が続きそうですね」
「まあ、そういうな。賢者様よ。昨日、フォルスから、木花館に十数人の一行が身分を忍んで宿泊していたという話を聞かされて、少し調べたんだが、街の門にいる衛兵から、確かにそういう一行がこの街に入ったという話が効けた。その話の中でな、その一行は、エストガルなまりが言葉に合ったと言うんだ」
地図で見ると、このウエルムは、エストガル帝国から見て、国境を超えて初めに辿り着く街になるようだ。
セイトール王国との国境とも近いようなので、陸の貿易拠点になっているのかもしれない。
「エストガル帝国とは、良い関係とはいえないが、国交がないわけではない。正式な身分やまともなエストガル人として、街に入ってくれたなら、何も問題はなかったんだが、その一行は、何が目的なのか身分を隠しているんだよな。それに、エストガル帝国に放っている密偵から、貴族の間に、勇者という言葉が、一年程前から聞かれるようになったという報告も来ている。これだけしか、今は情報がないが、かなり嫌な感じがする」
「なぜ、昨日、現れたばかりの俺にそんな話をするのでしょうか?」
「理由はいくつかあるが、最大の理由は、君が信頼に足る人物と感じたからだな。魔法士の試験の時に、君は、六属性を使った魔法を隠すことなく見せてくれた。あれが君の力の一端だとは思うが、六属性使いという己の手の内を見せてくれたことになる。君たちの文化では、どうなっているのかわからないが、俺たちの文化では、戦士として、手の内を明かすことは、最大級の礼の尽くし方をしてくれたことになる。理解できるだろうか?」
俺は、あの時、自分をどう守るかを考えた結果、強さを見せることで身を守ることが可能ではないかと考えて、直前に聞いた属性になぞらえて、魔法を使った。
その結果、手の内を明かすこととなり、信頼を得る事ができたということか。
これは、あの時に俺が考えた自己防衛策が上手くいった結果と考えて良いのかもしれない。
強さと信頼の関係は、ハンターという職業が成り立つこの世界なら、十分、この関係性は成り立つと考えてもおかしくはない。
だが、強さは、おごりにもつながるのだから、信頼を維持するためには、謙虚さや礼節をしっかり持った行動をする必要があるのだろう。それは、責任とも結びつくのかもしれない。
「……、おおよそですが、理解できました。力ある者は、それだけの信頼と責任を負う、といったところでしょうか」
「そうだな。力があるからこそ、信頼されるし、責任も発生してしまう。これは、貴族や王族が本来あるべき姿かもしれないな」
「確かにそうですね」
「それでだ。もし、勇者が、暴れ始めたら、君に頼らなければならなくなる可能性が高いと思っている。迷惑な話だろうが、覚えておいてほしい」
「確かに迷惑な話ですね。ですが、この国のことは、まだよくわかりませんが、この街は、好きになれそうです。木花館が、気に入りましたから」
「それは、ありがたいな。木花館を守るついでに、この国も守ってくれると助かる」
「確約はできませんが、覚えておきます」
「ああ、それだけでもありがたい。話はここまでになるが、君からは何かあるか?」
「では、ついでの様な話なのですが、俺の報告書は、すでに出してしまいましたか?」
「いや、昼に定期便が出るから、それで出す予定だ」
「なら、丁度良かったです。これを見てもらえますか?」
右手を横に伸ばし、その上に、亜空間倉庫から、短剣を取り出す。
アイカが見せてくれた、天属性のストレージを真似してみたが、手首を消すことはできないので、ストレージもどきだな。
「そ、それは、天属性のストレージなのか?」
「はい、天属性は、これしか、今のところ、使えませんが、国に報告してもらうなら、六属性よりも、七属性としての方が、良いかと思って披露してみました」
「はぁ、報告書をすぐに書き直さなきゃならん。話はここまでだな。例の木花間の一行については、十分に気を付けろよ」
「わかりました。それでは、報告書の書き直し、頑張ってください」
「ああ、そういえばな、属性のことを、色で例えることがあるんだ。七属性が使える賢者様には、七色の賢者という二つ名が、良く似合うと思うのだが、どう思う?」
「二つ名なんていりません!」
「ああ、報告書に七色の賢者と書きたくてしょうがない。ということで、今日から君は、七色の賢者だ」
「拒否は、できないのですか?」
「二つ名なんて、それなりの奴なら、だいたい持っている。変な二つ名を付けられる前に、七色の賢者で我慢しとけ」
「……、そういう物なんですね。渋々ですが、受け入れておきます」
「それじゃあ、仕事の時間だ。またな」
そうして、執務室を、俺は、後にした。