勇者と隷属紋
勇者と隷属紋
彼女を挟んでテーブルの向かいの椅子に座り、彼女の様子を見る。
高校生くらいだと思ったが、雰囲気自体は、大人びているような気がする。
それに、幼さが僅かに残る顔立ちだが、花筋の通った美少女といえる容姿をしていた。
部屋にまで連れて来たとはいえ、たった今知り会った者だ。どこまで信じてよいのかわからず、槍は、すぐに手の届く範囲に立てかけてある。
『俺の名前は、毛利隼人という。察しているだろうが日本出身だ』
年齢やらを話すと、コウジさんの説明をしなければならなくなるので、名前と出身だけで、許してもらおう。それに、自己紹介が少ないことで、こちらが警戒していることを感じてくれると助かる。
『私は、村上愛花と申します。日本では、高校二年生をしていましたが、こちらに来て、一年半程が経ちます。どうして、私が日本出身だと気が付かれたのですか?』
俺の警戒心は、あまり伝わっていないようだ……。
『目が覚めて、窓から下を見下ろしたら、君がその日本刀で素振りをしている様子が見えたんだ。それに、動き方が剣道の動きに見えた。もしかしたら、同郷の者かもしれないと思って、君に声を掛けさせてもらった』
『そうだったのですか。私を見つけてくれて、ありがとうございます。確かに、これは日本刀を模して作られた刀らしいです。それに、小学生の頃から、剣道を習っておりましたので、私の動きが剣道の動きに見えたのも、納得です』
『それで、単刀直入に聞くが、さっきの、救援要請といって良いのか、あれの詳細を聞かせてほしい』
『えっと、ハヤトさんも、召喚されて、こちらに来たのでしょうか?』
召喚とは、何だ?
『召喚されたわけではないが、ひとまず、君の話を続けよう。君にも連れがいるのだろうし、俺も、今日の予定がある。お互いの状況を話し合うのは、また後で良いと俺は、思うのだが?』
俺の話を詳しくすると、コウジさんの話をしなければならなくなるから、ごまかすしかないよな。
『それもそうですね。実は、私、勇者召喚の儀式で、こちらの世界に呼び出された勇者なんです。それだけでも十分に迷惑な話で、これって誘拐と同じなんです。さらに、その召喚の儀式で呼び出された時に、特別に強い力を持っているという隷属紋まで胸元に刻まれてしまいました。何とか、この隷属紋を消し去る方法を、探してはもらえませんでしょうか?』
助けて、というのは、その隷属紋を消す方法を探してほしいということなのか。
それにしても、賢者の次は、勇者かよ。ファンタジーすぎるだろうが!
こうなると、そのうち魔王が出てくるんじゃなかろうか……。
『俺は、まだこの世界に来て、日が浅いんだ。俺に何ができて何ができないかも、手探りなんだよ。だが、魔法の関係することなら、なんとかなるかもしれない。その隷属紋というのは、魔法の一種なのか?』
『はい、闇属性の隷属魔法で刻まれたと聞いております。ですが、私に掛けられた隷属魔法は、勇者召喚の時に、掛けられた魔法で、特殊な加工がされているそうです』
『魔法が、絡んでいるのなら、一度見せてもらえないか?』
『……、わかりました』
彼女は、おもむろに、上着の首元を縛っていた紐をほどき、上半身を脱ぎ始めた。
『えっ?』
『あっ、私の隷属紋は、胸元にあるんです。お見苦しくてすいません』
『いや、そんなことはない。少し驚いただけだ』
それから、上着を脱いだ彼女の上半身は、この世界なりの女性用下着だけの姿になり、胸元を見せてくれた。
そこには、確かに、いわゆる魔法陣のような隷属紋があった。
『触らせてもらうぞ』
『は、はい』
彼女も緊張しているようなので、なるべく無駄な刺激を与えないように、隷属紋を触ってみた。
ただ触るだけでは、肌を触っている感覚と同じのようだ。
どうする……。
ゲンジさんが、俺を生体強化した時に、魔力について一言、言っていた気がする……。
魔力を多く蓄えやすい体に作り替えたとか、そんなことを言っていたんだったか。
ということはだ、体の中に、魔力があるのだから、俺の魔力を流し込むことで、彼女の魔力を調べることができるかもしれない。
魔力を流し込む……。
まずは、俺の体の中の魔力を認識してみる。
魔力創造では、何となく魔力を使っていたが、それを体内を探るように使ってみると、血管全てに、魔力がなじんでいるような感覚が伝わってきた。
これは、全身に魔力が隙間なく行き届いている状態とでもいうのか。魔力タンクみたいな存在に俺は、なっているのかもしれない。
この俺の中の魔力を彼女に流し込んでみる。
少しずつ、俺の魔力を隷属紋に流し込むと、彼女の魔力がわかり始めた。
そして、違和感のある魔力も発見することができた。
これが、隷属紋の魔力なのか?
『今、少し調べたんだが、違和感を感じる魔力が君の中に入り込んでいるところまでわかった。そこで、君が持つ、君だけの魔力を俺に一度、流してくれないか?』
『本当ですか、私の魔力ですね。手を取ってください!』
彼女のてをとると、純粋な彼女の魔力が、俺の中に流れ込んで来て、違和感のある魔力こそが、間違いなく隷属紋の魔力だと確信した。
再び、隷属紋を触り、違和感のある隷属紋の魔力が、どうなっているのかを調べると、全身に散らばっていることが分かった。
『この隷属紋の魔法を使われたことはある?』
『はい、不本意ですが、何かを強要される時に、使われました』
『それは、どんな効果だった?』
『全身に激痛が走り、体の中が、めちゃくちゃにされるような感覚になるんです……』
彼女の表情は、苦痛を思い出すように歪み、辛い体験をしてきたのだと察することが、十分にできてしまった。なんとしても、この隷属紋を破壊したい!
それから、この隷属紋の魔力を、どうするか考えた結果、血液に入るウイルスや、病原体の一種だと考え、治療魔法として用意してあった血液内の病原体やらを除去するキュアブラッドという魔法を使ってみた。
結果は、彼女自身の血液は、流れが良くなったようだが、問題の隷属紋の魔力には、効果がなかった。
他にヒントになりそうなことはないかと考えを巡らす。
昨日、ギルドカードを作った時、個人個人には、固有の魔力波があるという話を聞いたのを思い出す。
なら、魔法にも、固有の魔力波があってもおかしくない。その魔力波だけを打ち消す魔法を作ってしまえば、アイカの魔力や体を傷つけることなく、隷属紋の魔力を消すことができる!
隷属紋の魔力波を読み取れるか、探ってみたところ、あっさり読み取ることに成功した。
だが、その内容は、俺には理解不能だった。
本来なら、これを理解した上で、対抗魔法を作るのだろうが、俺の場合は、魔法創造で、この理解不能の魔力波を打ち消す魔法を創造するだけで良い。
そうして完成した魔法を、アイカの体内に送り込むと、隷属紋の魔力は、弱くなりはじめ、少しづつだが、消え始めた。
それと同時に、隷属紋も薄くなり、隷属紋の魔力の反応が体内から完全に消えるとともに、隷属紋も完全に消え去った。
『隷属紋は、なんとか消すことができた。だが、隷属紋の効果が、まだ残っている可能性はある。そのあたりは、俺には、わからない』
『は、はい』
『バスルームにある鏡で、確認してくると良い』
すぐにアイカは、バスルームに行き、胸元の隷属紋が完全に消えていることを確認して、涙を流しながら、戻ってきた。
『本当に本当に、ありがとうございます!』
『えっと、俺は、この後、食事をしてから、行かなきゃいけないところがある。君の連れは、君を召喚した一味と考えてよいのだろうか?』
『はい、できれば、今日一日だけで良いので、この部屋にいさせてください。もし、隷属紋の効果が完全に消えているのなら、連れの者たちは、慌て始めます。ここなら、安全に思うのです』
『わかった。君の今後や、連れのことについても、話し合いたい。今日は、大人しく、この部屋にいてくれ』
『はい、奴らは、極悪人の誘拐犯です。隷属紋の効果が切れているなら、皆殺しにします!』
俺って……、もしかして、やばいのを拾ってしまったのか?
『わかった。皆殺しは、俺が戻るまで待っていてくれないか?』
『はい。そうします』
『まあ、とにかくだ、今日一日は、この部屋から、出ないようにした方が良いのだろうから、大人しくしていてくれ』
『そうですね。大人しくしています』
『あ、食事とかは、どうする?』
ふっと、アイカは、手を何もないところに動かすと、手首が消え、すぐに、手首が戻ってきた。そして、その上には、パンがある。
『え、今のは?』
『天属性の魔法で、ストレージと言います。中の時間は、現実時間と同じなので、保存には向いていませんが、魔力を使うのは出し入れの時だけですので、便利な魔法なんです。保存可能な食糧がそこそこあるので、心配ご無用です』
『そんな魔法があったのか、それなら、食事は心配しなくても良いな』
俺の亜空間倉庫は、時間が止まる仕様だった気がする。ゲームぽいイメージで解釈していたから、そのあたりは、気にしていなかった。
それにしても、天属性の使い手は、希だとか、昨日、フォルスさんが話してくれたと思うのだが、いきなり出会うとは……。
『じゃあ、行ってくる』
『はい、いってらっしゃいませ』
そうして、俺は、食堂に向かった。
勇者アイカが本格的に登場です!