木花館と日本刀の少女
木花館と日本刀の少女
フォルスさんに案内された宿は、それなりの客人を宿泊させるための宿というだけあって、上品な洋館と言った造りの建物だった。
宿の中に入ると、調度品が、邪魔にならない程度に置かれてあり、落ち着く雰囲気を作り上げていた。
木花館というそうで、この街が、今の様な石壁を持つ街になったころからある宿なのだと、フォルスさんが教えてくれた。
それが一体、どれくらい前なのか、今の俺にわかるはずもないのだが、それなりの歴史がある宿なのだろうな。
フロントで、フォルスさんが、ハンターギルドの重要な客人だと俺のことを説明してくれたおかげなのか、すんなりと部屋を取ることができた。
だが、受付係から気になる話を聞かされた。
俺がこの宿に入る直前に、男女十数人の一行が入ったそうだ。
その一行は、旅人風だったのだが、どこかの大貴族のお忍びかもしれないというのだ。
宿の仕事をしている者ならではの、嗅覚がそう嗅ぎ取ったのなら、注意をした方が良さそうだな。
受付係も、双方にトラブルが起きては、たまらないので、わざわざ教えてくれたようだった。
宿泊客のプライバシーを守るのも大事だが、事前にトラブル防止をするのも仕事だと俺は思うので、木花館は信用のおける宿だと感じた。
それに、あくまで客の個人情報をそのまま話したわけではないし、{かもしれない}を言っているだけなので、それこそ、問題はないだろう。
「それでは、私はここまでになります。できればでかまいませんので、毎日ハンターぎるどに顔を出していただけると、ありがたいです」
「フォルスさん、ありがとうございました。ハンターギルドには、なるべく行くつもりでしたので、ご安心を。それでは、お気をつけて」
「はい、ハヤトさんも妖しい方々がいるようですので、十分にお気をつけて。それでは、失礼します」
そうして、フォルスさんは、ハンターギルドに戻って行った。
その後、受付係から、引き継がれた客室係に、木花館についての説明を受けながら、部屋へ案内された。
木花館は、三階建ての凹型をした建物で東西の棟が客室だそうだ。
南棟は、食堂やサロンがあるそうで、食事は部屋でも摂れるという。ちなみに、フロントや玄関は、南棟にある。
北には庭園があり、よく手入れされているそうなので、散歩に丁度良いとのことだ。
そうして、俺は、三階の東棟奥の個室へ案内された。
部屋の家具やらを見れば、この部屋が、それ相応の豪華な部屋だと、すぐにわかる。
ベッドは、ダブルベットほどの広さで、水洗式のトイレにバスタブも客室内にあった。
客室係から、部屋にある魔道具の使い方を一通り教えてもらい、今晩の夕食は、この部屋で摂ることを伝えて、やっと一息付けた。
それから、しばらくして、食事が運ばれ、夕食となった。
よくよく考えたら、この世界に来て、初めての食事なんだよな。
上品なコースディナーでもでたなら、全部まとめて、すぐに出せ!
とでも言いたいくらいに腹が減っていたので、野菜たっぷりのスープとステーキを見たとたんに、喉が鳴ってしまった。
その他には、パンが数個と、デザートのフルーツ盛り合わせ、といったシンプルではあるが、しっかりとしたボリュームの内容だった。
塩味とハーブの良く聞いた素朴だが、しっかりとした味付けで、食べ物のことでこの世界に馴染めないという事態は、避けられそうだ。
まあ、この宿が、それなりの宿だから、食事に馴染めそうだと感じたのかもしれないが、最悪でも、ここに来たなら、満足のできる食事が摂れるということがわかっただけでも、収穫だと言える。
全てをあっさり食べ終わり、満足を噛みしめていると、客室係が食器を回収しにやってきた。
その時に、今晩は、若い男性の一人客とのことで、素朴だがボリュームのある食事を用意したが、シェフが手を凝らして作った料理も当然出せるので、食べたい物があれば、言ってほしいとのことだった。
心配りに、感じるものがあったので、ハンターギルドから、しっかり請求しておいてほしいと頼んでおいた。
ローランドさんも、遠慮はするな、と言っていたのだから、しっかり取り立ててもらおう。
今日一日だけでも、全く知らない文化圏を、知って行く大変さを痛感したが、これがもうしばらく続くのだと思うと、憂鬱にもなる。
とは言え、知らないことを知ることは、楽しくもあるし、考えたいことは、山のようにある。
何も参考資料のない状態で、考えても、まともな答えに辿り着くとは思えないので、考え事も調べ事も明日からにしよう。
一度、考えることを放棄した俺は、満腹になったからなのか、早々に眠気がやってきて、このまま眠りにつくことにした。
そうして、俺の人生が、一度は終わり、再び始まった今日という日が終わって行った。
翌朝、良く寝たおかげで、すっきりと目覚めた俺は、窓を開けて、客室係から、よく手入れがされているといわれた庭園を、部屋から見下ろすことにした。
この世界には、完全な透明の板ガラスが、発明されていたようで、窓からは、朝日が入り込んでいた。
窓を開けて、庭園を見下ろすと、瑞々しい木花が朝日に照らされて、活力の沸いてくる風景を眺められた。
中庭の方に、目をやると、黒髪の日本で言うなら高校生ほどに見える少女が、素振りをしているのが目に入った。
そこで、違和感を感じる。
昨日、ハンターギルドの受付で、様々な武具を持ったハンターたちを見たが、剣といえば、ほぼすべてが精養軒の類だった。
だが、あの少女の持っている武具は、明らかに、反りが入った日本刀に見える。
そう思って、少女の素振りを改めて見ると、どう見ても、剣道の動きにしか見えない。
どうして、この世界に、日本刀や剣道の動きが伝わっているのか、全くわからないが、彼女に声を掛けないという選択は思いつかなかった。
急いで、最低限の身支度をし、彼女も、武具を持っているのだから、俺も、もしもの時に備えて槍を手にして、中庭に急いだ。
中庭に辿り着くと、少女は、素振りを終えて、手に鞘に入った日本刀を持ち、建物に入る直前だった。
俺の顔を認識した彼女は、明らかに何かの感情を現している。
そして、俺も、この少女は、現地人じゃないという、なぜかよくわからない確信を感じた。
どう対応したら良い……、日本人なら、確実にわかる何か……。
『君は、もしかしたら、日本人なのか?』
俺が思いついたのは、単純明快、日本語で話しかけることだった。
しばしの沈黙が続いたが、彼女の表情は、明らかに、泣きそうな顔になり、そして彼女は一言つぶやいた。
『助けて……』
{助けて}だと?
落ち着け、彼女は、間違いなく日本語で答えた。
その内容は、助けを求める言葉だ。
もし、ここが地球で、日本との関係が薄い国だとして、そこで、突然に日本人の少女に助けを求められたなら、最低でも、間違いなく俺は、話だけでも聞こうとするだろう。
俺のやることは、まずは、彼女の状況を知ることだ。
なんとか、考えがまとまったので、彼女に話しかける。
『まずは、話を聞きたい。ここでも良いが、俺の部屋でも良い。どうする?』
『あなたの部屋に行きます』
それから、何かに怯えているような彼女を、俺の部屋まで連れて行き、テーブルの椅子に座らせた。
謎の日本刀を持つ少女登場です!