義兄妹と奴隷紋
義兄妹と奴隷紋
衛兵詰所の中にある応接室に案内され、ここでローランドさんを待つように言われた。
丁度良いので、アイカと義兄妹の設定の詳細を擦り合わせることにした。
まず、俺たちは、義兄妹という設定のままにする。
俺たちの両親は、揃って、俺たちが幼い時に死亡したことにした。
毛利一門の俺たちは、両親を亡くしてはいたが、一門によって、厳しくも愛情を注がれて育った。
そして、成人となり、一門のために、働き始めた頃、アイカが謎の魔法陣に飲み込まれてしまった。
その魔法陣を調べると、残留魔力から、西方の魔法だと判明した。
目的は、不明だが、誘拐された、アイカを救うために、俺は、極東から西方への旅に出た。
グランス王国に到着した俺は、この地をアイカ捜索の拠点にして動き出そうとしていた。
だが、勧められて宿泊した木花館で、アイカと運命的に再会する。
しかし、アイカは、勇者という立場だが、実質は戦闘奴隷という有様で、アイカを縛り付けているエストガルからの遠征特務隊を制圧し、アイカを無事に解放することに成功した。
というシナリオをアイカに語った。
「……、どう思う?」
「さすが、兄様です。見事な想像力だと感嘆しました。まさに魔法創造の使い手だけありますね!」
「最近、嘘を並べすぎて、どこかで大きなミスを犯しそうで怖い……」
「その時は、それこそ、極東に逃げたら良いのです」
「極東か、実はな。この世界の日本列島は、俺たちの知っている日本列島よりも大きいんだよな。台湾とか朝鮮半島も、日本列島の一部に入っている感じだった」
「それもコウジさんからの?」
「ああ、俺がこの世界に来た大きな理由に、地球世界に、大陸の形が似ているってのがあるんだ」
「兄様は、この世界の大陸の形を、ある程度、把握しているのですね!」
「ああ、忘れないうちに、何かに書いておいた方が良いよな」
「はい、ぜひ、そうしてください」
それから、しばらくの間、地球世界とこの世界の大陸の相違点を話していると、ドアがノックされ、ローランドさんが現れた。
「ハヤト君、俺を、ここまで呼び出すというのだから、余程のことがあったのだろうな?」
「ええ、この国の国王が変わる直前だったらしいですよ」
「穏やかじゃないな。どういうことだ。それに、このお嬢さんは?」
「先に、彼女のことを、お話しします。その方が、理解しやすくなると思います」
「アイカ・モーリーと申します。兄様の義妹になります」
そうして、先程、組み上げたばかりのシナリオを語った。
「……、というわけで、勇者の話をこの街でローランドさんから聞いて、もしかしたらと思っていたら、義妹が、勇者になっていたのです」
「……、その、何と言って良いのか、アイカ君、我々と同じ西方の国が大変な迷惑をかけた。このことは、友好国各国で話し合い、必ず謝罪と賠償をさせてもらう」
「兄様が、しっかり敵は取ってくれますから、何も問題はありません」
「俺は、国や一門ではなく、個人として動いておりましたので、国家規模の謝罪や賠償は望みません。それよりも、エストガル帝国に対してなのですが、俺たちとしては、この世界から、消えてもらおうと考えております」
「謝罪や賠償の話は、改めてさせてもらうからな。それにしても、エストガル帝国は、消えるのか。ハヤト君がそう言うのなら、可能なのだろうし、我々に、一国を滅ぼす者への対抗手段はない。だが、俺にわざわざ話したということは、何かを求めていると考えて良いのか?」
「先程、知ったのですが、ローランドさんって、貴族だったのですね」
「ああ、確かに貴族だな。我が家は、このボノボー地方を領地とする辺境伯家で、後嗣は、成人すると、子爵を名乗ることになっている。そういうわけで、俺は、次期ウエストン・ボノボー辺境伯でもあるな」
子爵で次期辺境伯か。三十歳くらいに見えるローランドさんだから、そう遠くないところで、辺境伯になるのかもしれない。
「それなら、話を切り出しやすいです。俺たちの中では、エストガル帝国が滅びることは確定事項なんです。ですが、その後を統治するには、こちらの統治方法を知りません。ですので、帝国の主要拠点を適当に潰して行き、内戦が起きるのを待とうと考えています」
「ポルニア半島で内戦が起きれば、陸続きのグランス王国は、その内戦に介入して、領土を広げられるというわけだな?」
「そうなります。ポルニア半島の東西をセイトール王国と分け合っても良いでしょう」
「その提案は、我が国としては、ありがたいが、君たちに得る物がなさすぎると思うが?」
「報復は、しっかりしますから、それで満足です」
「うむ、まだ時間のあることだろうから、王城とも話し合わなければならんな」
あれだけの広い国土を、内戦状態にするのには、どれ程の街を潰す必要があるのだろうか。実行すると決めてはいるが、大変な作業になりそうだな。
「そういえば、生け捕りにした三人は、見てきましたか?」
「ああ、大人しくしているようだった」
「男性が、第三騎士団の副団長、二十代後半の女性が、宮廷魔導師、二十歳程の女性が、暗殺者ということらしいです」
「先の二人は、国の中枢にいる者だから捉えたのか。暗殺者は、どういうつもりで捉えた?」
このことは、俺も疑問に思っていたので、アイカに目配せをして、話すように促す。
「それは、私からお話しします。あの暗殺者は、孤児出身で、幼い時から、暗殺に関わることだけを、教えられて育ったようなのです。ですので、矯正が可能なら、命を助けて頂きたいのです」
「それなら、君たちが捕まえず、逃がせば良かったのでは?」
「それも考えたのですが、彼女を矯正しなければ、世に放っても、再び暗殺の世界に戻ってしまうでしょう。ですが、私には、彼女を矯正する方法が思いつきません。そこで、街まで連れてきたなら、何か方法があるのではないかと思ったのです」
「なるほど、誘拐され、戦闘奴隷として扱われた自分と多少重なる部分があって、同情をしたのだろう。先の二人は、帰る国も亡くなることだし、その立場から処刑は確実だろう。暗殺者は、依頼があってこその暗殺だからな。彼女がどれだけ手を汚したとしても、それは、剣に、罪を問うのと同じこととも考えられなくもない。こちらで、彼女の事も預かろう。だが、上手くいく方が、可能性としては低いことは、理解してくれ」
「少しでも可能性があるのでしたら、よろしくお願いします」
「ローランドさん、三人には、隷属紋を刻んであります。この鎖の指輪で、痛みを与えられるので、上手に使ってください。わずかな魔力を注ぐだけで、十分な痛みを与えられます」
「隷属紋というのは、奴隷紋とは、違うのか?」
「奴隷紋ですか。そちらの方を俺は知りません」
ローランドさんは、俺から鎖の指輪を受け取り、まじまじと眺めながら話を続ける。
「この辺りの国には、奴隷制度があってな。犯罪奴隷と売買奴隷があるんだが、犯罪奴隷は、文字通りに犯罪者が、刑罰として奴隷となった者たちだな。売買奴隷は、身売りをした者たちがその代金に合わせて一定期間、奴隷として生活をする者たちとなる。犯罪奴隷は、実質、終身刑だから、死なない程度に働かせているって感じだな。売買奴隷は、法でしっかり保護されているから、よほどの悪質な売買奴隷じゃない限りは、贅沢はできないが、まず死亡どころか、暴力が振るわれることもない。場合によっては、売買奴隷として、誰かに保護してもらうことで、飢饉やらをしのぐ者すらいる」
犯罪奴隷の扱いは、過酷なのは、何となくだが予想はできる。売買奴隷は、住み込みの拘束力が強い契約社員の様な存在と思っても良いのかもしれない。
「その時に、奴隷紋という物を?」
「ああ、契約魔法ってのがあってな。奴隷契約の時に、使われる。奴隷紋は、大体、肩に付けられる。主に犯罪奴隷にしか使われないが、契約主が、奴隷紋に魔力を送ると、焼けるように熱くなるらしい。ちなみに、魔力の届く範囲なら、どこからでも魔力を流せるし、魔力が届かない場所まで行くと、勝手に熱を持つそうだ」
「隷属紋も、離れていても、魔力を注げますし、魔力が届かない範囲に行くと勝手に暴れ始めるのです。全身に痛みを感じて、すごくつらかったです……」
「アイカ君が付けられた隷属紋は、奴隷紋の上位に当たる物だったのかもしれないな」
「それでは、尋問はお任せします」
ローランドさんが、懐に鎖の指輪をしまう時、どこからか、悲鳴が聞こえた気がしたが、気のせいだと思っておこう。
「ああ、任された。それで、君たちは、いつからエストガルに向かう?」
「明日、エストガルに宣戦布告をするつもりです。それからは、毎日、一つずつ、街を潰していければと思っています」
「まあ、賢者様に勇者様だからな。どういうスケジュールで動くかは聞かないが、この街に戻ってきたら、ハンターギルドに顔をだしてくれ」
「基本的には、毎日戻ってきますので、ご安心を。あ、それと、アイカのハンター登録をしたいのですが、俺と同じように飛び級はできませんか?」
「できるか、できないかと言えば、できるが、まだ訓練場の修理が終わっていないんだ」
「天属性の使い手なんですが、何か見せるとかでは無理でしょうか?」
「うーむ、ハヤト君の義妹というだけあって、天属性が使えるのか。さらに勇者の力も持つというのなら、試験をしてやりたいが……」
「何か、方法はないでしょうか?」
「先程の会話から、ゲートは、使えそうだよな。何か攻撃系を訓練場を壊さない程度でどうだろう?」
ゲートというのは、天属性の魔法で、離れた地点にゲートを開き、移動時間を短縮できる魔法だ。
ゲートが使える条件は、一度行ったことのある場所、間にバリアや結界がないことが挙げられる。
アイカがゲートを覚えていても使わなかった理由は、鎖の指輪の魔力がゲートをくぐる一瞬、途切れるそうで、また、ゲートを挟んで鎖の指輪が離れてしまうと、鎖の指輪の魔力が、途絶えて最悪の場合、死んでしまう可能性があったからだった。
丸一日、隷属紋の魔力の影響を受けなかったことで、隷属紋から解放されたと確信したアイカは、今朝、木花館を出る時に、正面から出ると、皇子たち一行と遭遇する可能性があったので、ようやく使う機会が来た魔法だった。
ちなみに、ゲートが持つ問題のうち、バリアや結界があると使えないという欠点を克服したエクスゲートという魔法を創造してある。
このエクスゲートは、まだ可能性がいくつかあるような気がするので、何度か使って改良点を探すつもりだ。
「アイカ、エッジと居合抜きを合わせた、あの技、あれなら、そこそこの広さがあれば問題ないんじゃないか?」
「はい、あれは、近距離から中距離までが対応範囲の技ですから、ある程度の広さがあるなら問題ありません」
「それじゃあ、衛兵には、捉えた三人を政庁に運ぶように言っておこう」
「ありがとうございます」
そうして、ローランドさんと俺たちは、ハンターギルドへ向かった。