林の広場とアイカの閃き
林の広場とアイカの閃き
もうすぐ時間だろうか。時計がないと、こういう時に不便だな。亜空間倉庫には、腕時計やらがあるが、もうすぐ戦闘という時に、取り出す気にはなれない。
林の合間の広間には、アイカが一人で立っている。一方、俺は、林の陰から、アイカを見守る形になっている。
一見、無防備に立っているように見えるアイカなのだが、バリアフォームという天属性の見えない防護服のような魔法を使っている。
俺も同じ魔法をかけてもらっているのだが、魔法がかかっていることを感じない程にバリアの効果は、体に馴染むようだ。
昨晩、エストガル一行との戦いについて夜遅くまで話し合っていたが、真っ先に決めなければならないこととして、いつどこで戦うかということがあった。
これについては、街で予期せぬ事態が発生した場合の避難場所と集合する時刻を決めてあり、それを符牒にしたものがあるそうなので、それをそのまま使うことになった。
この符牒は【盾の修理に行ってくる】なら、正午、こちらの世界で言う、六の刻となる時間に、街の外の避難場所へ集合となる。【槍の修理に行ってくる】なら、街門が閉まる午後六時、こちらの世界で言う九の刻に避難場所へ集合となるそうだ。
盾は、円形盾を太陽に見立てて、日の高いうちに避難が必要という意味で、槍は、夕方近くの時間は、影が長くなるので、それを槍に見立てて、影に紛れて避難が必要という意味になっている。
なるほど、符牒とは、こうやって決めるものなのかと、感心してしまった。
六の刻に避難場所へ集合の意味となる【盾の修理に行ってくる】という言葉を、フロントに、アイカからのメッセージとして第二皇子に伝えてもらうことにした。
当然のことだが、男性の俺が、アイカからのメッセージを持ってきたと言われたなら、不信感しか持たれないので、女性が伝えに来たと言ってもらうために、銀貨を一枚、しっかり握らせておいた。
余談だが、この銀貨を渡すという話をアイカとしている時に、俺が、この世界の通貨を良く知らないことを話し、アイカからおおよその通貨の価値を教わった。
銅貨は、三種類、小銅貨、中銅貨、大銅貨があり、日本円で大まかに換算すると、十円、百円、千円となるそうだ。銀かは一万円、金貨は十万円、魔銀貨は、百万円とのことだった。
魔銀貨は、ミスリルの通貨のことで、俺の財布袋に、十枚以上が入っていた。どうやら、コウジさんは、俺が金で困らないようにしておいてくれたようだ。
本当に、コウジさんには、感謝だな。大切に使わせてもらおう。
そして、昨晩、話し合いが長引いた原因は、俺にある。
俺としては、こんな物騒な世界で生きなければならないのだから、できるだけ早いうちに、殺人をしておきたいという考えがあった。
好んで人を殺したいわけではないが、いつかそのうちに、人を殺めるのなら、突然に仕方なく、というのではなく、自らの意志で、殺人の感触を知っておきたい。
この考え自体は、アイカも同意してくれたし、俺が、日本というか、現代地球の道徳観や倫理観を、この世界でも、大切に持ち続けたいという人物なら、どこか、僻地の誰も来ないような場所で、俺と二人暮らしをする覚悟すらあったらしい。
いわゆるスローライフだと考えたなら、悪くはない選択だが、この場合でも、やはり、もしもの時に備えて殺人の経験は、しておいた方が良いという結論になってしまう。
武器を持った者が、平然と街を歩き、魔法を使える者が、当たり前のようにいて、街の外には、魔物がいる、これがこの世界の日常で、どう考えても、ある程度の危険は、どこにいても覚悟しなければならない世界なのだ。
そこで、俺は、武器を手に取り、エストガル一行と対峙するという考えを主張した。
だが、アイカは、それを認めなかった。
アイカの主張は、まず、エストガル一行との戦いは、自分の私怨だから、一人で戦いたいというのだ。
だが、俺の殺人経験の必要性も理解はしてくれたので、参戦は、許可してくれた。
しかし、俺が、武器を使った戦闘経験がないことが問題となり、トドメを刺すだけにしてほしいと言われた。それでも、俺の亜空間倉庫には、大剣もあり、それを力任せに振り回すだけでも、相当の破壊力があるはずで、生体強化されたこの体なら、そう簡単に負けるとは思えないと、俺は言った。
俺の生体強化がどれほどの者か、アイカと腕相撲をした結果、アイカも身体強化されているだけあって、相応の抵抗感はあったが、俺の勝利となった。だが、武器の扱いというのは、力任せだけでは、どうしても超えられない壁があり、一行の中で、最も剣の技に長けた者は、その壁を何枚も超えてきた者だから、俺では無理だと言われてしまった。
さらに、敵に対峙するのは、必要だからすることであって、魔法士である俺が、あえて前に出る必要なんてないとも言われてしまった。
そして、敵に対峙して勝つことを意味のあることだと考えているのなら、それは、無意味な美学であって、どちらかが動かない肉の塊になるかどうかだけが意味のあることだとも言われた。
確かに戦いに美学を感じるような気持ちはあったかもしれない。
相手を動かない肉の塊に変える事さえできてしまえば、どんな手でも使って良いのが、本当の意味での殺し合いなのだろう。
アイカは、そのことを全て理解したうえで、怨恨の思いが強く、一人で戦いたいと言っていたのだ。
さすがに、これ以上の俺の主張は、無駄どころか、アイカの触れてはならない部分に触れてしまう可能性もあるので、アイカを全面的にバックアップする方針で、計画することにした。
俺が潜んでいる林とその合間の広場は、初めてこの世界に俺が降り立った並木道の奥にある。
並木道からは、完全に隠れていて、ウエルムに潜伏している密偵が見つけ出していたらしい。
昨晩の話し合いと今からの先頭計画を思い出しながら、ここに潜んでから展開しているサーチの様子を伺っていると、反応があった。
このサーチの魔法は、この世界の生物全般が持っている魔力量を捉えて、その大きさで何がいるかがわかる魔法だ。個体をマーキングすることも可能にしてあるので、そのうち使う機会もあるだろうと用意してあった。属性で言うなら、風になるのだろうか。
ウエルムの住民をサンプルにしてあるので、人に対しては、特に反応が良いが、魔物との戦闘を考えると、まだまだ未完成の魔法だと考えている。
そうして、サーチに引っかかったのは、二十人程のやや多めの魔力量を持った一行だった。
ローランドさんや、木花館の受付係の話では、十数人ということだったが、街に潜んでいた密偵まで連れて来たのだろうか。
一行の中には、暗殺のエキスパートもいるとのことだったが、俺以外に林に潜んでいる者の反応は、サーチには、出ていない。
アイカには、主要な人物が揃っているのなら、俺から見える方の耳を触るしぐさをするように言ってある。
一行は、アイカを半包囲する形で、落ち着いたようだ。
アイカが、耳を触るしぐさを見せたので、俺も魔法の準備を始める。
「よう、処刑人。一体どうなってんだ。鎖の指輪が、全く反応しねえんだが」
「殿下、お久しぶりな気がします。指輪が壊れてしまったのでは?」
「まあ、壊れちまったなら、国に帰って修理するしかねえな。お前が出した符牒は、このことを知らせるためか?」
「いいえ、私が、喜んでエストガルに従っていたと思っていたのですか?」
はぁ、何いってんだ。お前は、エストガルの奴隷だろう。奴隷が主人の言うことを聞くのは、当たり前じゃねえか!」
「残念ながら、隷属紋は、消えてしまいました。と言うことで、エストガルの奴隷ではない私は、憎くて憎くてしょうがないエストガルを滅ぼすことにしました。手始めに、第二皇子である、あなたの首を頂きましょう」
広場全体の空気が変わったことが、俺にもわかる。
「俺の首かよ。まあ、奴隷でも勇者様だもんな。やってやれないことはないのか。って、こんだけの腕利きを前にして良く言うな」
「それでは、始めましょう」
アイカは、腰を低くし、相手の出方をうかがう。
半包囲は、徐々に狭まれ、前列に、槍を持った金属の胸当てをした者たちが出てくる。
そこで、アイカが刀を抜き、一閃!
まだ、刀が届く距離ではないのに、前列の者たちは、鎧もろとも、切り伏せられた。
返す刀で、もう一閃、再び、人が肉塊になって行った。
居合抜きにエッジという、魔法を載せた技だ。空間もろとも切り裂く魔法で、武器の長さよりも、数倍の距離まで刃を伸ばせるらしく、爪先でも使えるそうだ。
そこに、俺が待機させてあった、パラライズアローレインを降り注ぐ。
麻痺の効果を載せた光の矢の雨は、一人に十本以上が命中し、全員が地に伏せた。
「「おつかれさま、アイカ」
「兄様、ありがとうございます。それで、兄様が処理しても問題のない肉塊が予定よりも多くなっていたようですので、私も殺りましょうか?」
「いや、アイカは、生け捕りする者を縛って行ってくれ。終わったら、隷属紋を刻み付けるから」
「わかりました。一応、金目の物や身分を示す物もあるかと思いますので、大剣で、首を一息に切り離すのをお薦めします」
「ああ、そうしよう。それじゃあ、殺っても良いのを、教えてくれ」
「はい、わかりました」
そうして、アイカは、黒い帯紐のような、拘束具をいくつも取り出し、縛り上げ始め、俺は、大剣を取り出し、アイカに処理しても良いと言われた麻痺状態の者たちの首を、体から切り離す作業を始めた。