2 ここはどこ?
光がマンホールを完全に覆った。
光の渦のように回るそれは、だんだんとその勢いを増して周りのものを引き寄せる。
周りの石や落ち葉が吸い込まれ始め、危ないと思った時にはもう遅かった。
「嘘でしょ、え、きゃあーー」
せめて、電柱の近くに留まっておけばよかった。後悔も遅く、道の真ん中を歩いていた葵の周りにつかまるところは何もない。
着ていたスカートが捲れて丸見えだけど、そんなことを気にしていられるほど、この光は優しい力ではなかった。隣を歩いていた三毛の野良猫も、必死に爪をコンクリートに引っ掛けて踏ん張っている。
あ、この子いつも家の屋根で遊んでる子だ。
いつも猫缶をあげるよしみで、助けてあげたいけれど手を伸ばしたら自分も吸い込まれる。
そんなに、踏ん張っていられたのはほんの数秒ではあったのだけど。
「もうだめーっ」
「ンニャーーっ」
光が力を増した時、一瞬で1人と一匹は引き込まれた。光るマンホールの中へとーーー
ああ、私ここで人生終わっちゃうのか、マンホールの中で。
せめて最後に、幸せになりたかったな。
今は恋なんていらなかったけど。
誰かに愛されてみたかったな、なんて。
隣を浮遊する猫を抱き寄せ、葵は目を瞑った。
葵の体が全て光に包まれた時、マンホールは静かに元の黒い円へと戻った。
ーーーー
ーーー
ーー
ー
『それでね、ハーロルト様がねっ』
『あーと、黄色い髪の人だっけ?』
『違ーう!オリーブベージュの騎士様!』
オリーブベージュって何色よ。
ぼんやりとした頭の中で流れたのは、ここ数日毎日のように聞かされたゲームの話だ。
どうして今この話を思い出すのだろう。
『ジュストルート昨日やーっと全部制覇したのよ!やっぱり王子のハッピーエンドはホッとするわー』
『ジュストって紫の?』
『それはフロランよ!あと紫じゃなくてラベンダー!ジュストはプラチナブロンドよ』
「ラベンダーと紫って一緒じゃないの?」
自分の声が出たのと同時に、ぼんやりと瞼があがる。
視界に入ってきたのは、青い空と大きな木の枝だった。
目がはっきりすると、今度は耳が聞こえてくる。チュンチュンと鳥のさえずりと、キラキラとした音がした。
どうやら、どこかの森に寝そべっているらしい。ゆっくりと上半身を起こすと、そこには森が広がっていた。
そこは森だった。
けれど、普通の森ではないことに気づくのに、そう時間はかからなかった。
普通の木の間には、ピンクや黄色や青の木が点々と立ち並んでいる。
木の周りで遊ぶ鳥たちは、飛ぶたびにキラキラとした粉を舞わす。決して汚くはみえない、それどころかとても神秘的に森を彩らせている。
囀りは歌うようで、木々の揺れも、風も、なにかを祝福するような空気があった。
この森は、自分が生きた世界ではない。
日本ではない。
それだけが、唯一確実で、現実だとわかることだった。
だってこの風景は、隣の友人がやっていたゲームの背景にそっくりだったから。