第八話 "The Needle Lies" 後編
結局、武術試合では目立った活躍はできなかった。
しかし、一方的にじゅうりんされる事もなかった。
生まれた時から戦士をやってるような騎士様がたに、食い下がれた。
大きな怪我も、しなかった。
これは、自分的には大健闘の部類であると、ディーに主張した。
それが認められて、私も、個人的な褒賞を得た。
数日後、我が家に訪問客があった。
「マリオン・コッレオーニ様という騎士と、盾持ちや従士の方々です」
「誰だ……。オレ、人の名前覚えられない性質なんだよね。とりあえず居間にお通しして。お付きの方々も一階でそれなりに供するように」
「かしこまりました」
三階の寝室で身なりを整え、居間に下りる。
待っていたのは、武術試合で見た顔だった。
天鵞絨の身体にピッタリした胴着。
尻も隠さないような短い外套。
同じ素材の頭巾を頭に巻き、帯や剣柄には真珠の飾り。
指には、金や銀の指輪がいくつも。
燃えるような赤毛の髪。
身の丈は私よりも高く、身体はよく鍛えられている。
しかし、年若の者らしく腹や前腕の厚みが足りない。
そのせいで、頭身が非常に小さく見える。
試合の時に、頭一つ抜けて強かったので、よく覚えている。
こうして武装を解いた所を見ると、意外に若い。
私の息子、と言って通るぐらいの歳かもしれない。
「コッレオーニ様」
私は片足を引き、膝を軽く曲げて目礼をした。
「カスパー殿」
彼も同じように返礼してきた。
「どうぞ、まずはおかけ下さい」
「ありがとうございます」
椅子を勧め、長机を挟んで向き合う。
「でも、様はやめて下さい。同じ騎士じゃないですか」
「いやしかし。私は騎士と言っても、何の所領も持たない形だけの物ですし」
「それを言ったら、僕は三男坊で、それこそ何もない。だからこうして"冒険者"をやっているんです」
「まあ、そう仰るんでしたら……」
察するに"冒険者"とは、彼ら傭兵騎士が自称する時の名なのだろう。
身なりからすると、実家はかなり裕福だと思われるけど。
あるいは、迷宮で相当稼いでいるのか。
しかし、この後どうしたものか。
私は困って、使用人君に視線を送った。
「旦那様。葡萄酒とつまみを用意させます。ご歓談の上、しばしお待ちください」
酒が入ったのもあって、私はすぐに地金をさらした。
貴族風の気取った社交はできない。
しかし、彼は、てらいのない率直な若者だった。
「そうそう。やっぱり二対一が出来た時に、いかに早く倒すかって練習が要るよね」
「実戦なら、組み合ってない人が膝裏狙うのがいいんでしょうけど、一応禁止事項ですからね」
先日の武術試合の話で盛り上がっていると、ディーが帰宅してきた。
マリオンが、立ち上がって挨拶をする。
「これは奥方様。叙任式の折りに拝見した際、貴女様の気品に打ちのめされました。どうか、この哀れな虜に、ご尊名を承る名誉をお与え下さい」
「やだ、どうしよう。この子、口が上手い」
まんざらでもなさそうなディー。
彼は、実に如才無い若者でもあった。
"冒険者"マリオンはその後も、度々我が家を訪れた。
共通の話題と言えば、やはり迷宮や武術の事になる。
自然と中庭で身体を動かしながら、という事が多かった。
「へぇ。これが戦槌なんだ」
私は、若者が持参してきた長柄武器をしげしげと眺めた。
長さは六尺ほど。
柄は角ばって、補強の鉄板が付いていた。
そして、槍の穂先と、その根元に、かなづちの頭を備えている。
かなづちと言っても、片側はつるはしのように尖っている。
もう片方の打撃面も、四隅が尖っていた。
「なるほど。これで板金をぶち抜く訳か」
「ええ。剣は剣で、使い出があるんですが。本格的な戦闘には、皆、だいたいこれを持ってきますね」
マリオン君は、手を滑らせながら右構えにしたり左構えにしたり、手慣れた様子で扱っている。
「もっと、かなづちが大きくて重いのかと思ってたよ」
「あんまり重くすると、疲れますから。継戦能力は大事です」
そう言いながら若者は、つるはしの部分で引っ掛けるような動きを見せた。
「あ、それ知ってる。斧とかでやる奴」
「ええ。基本は槍で鎧の隙間を突いたり、つるはしで引っ掛けて引き摺り倒したりですね。で、チャンスと見れば、こちらのかなづちでぶっ叩くと」
赤毛の若者は、ひゅんと音を立てて戦槌を回した。
私は、マリオン君に教わりながら戦槌の型をやった。
それを見ていた赤毛の若者が、不意に私に尋ねた。
「そう言えば、カスパーさんが倒した女面獅子の話、聞かせて下さいよ。その女の顔って、何か話はできたんですか?」
「言葉は確かに言ってたけど、話ができるって感じじゃなかったなぁ」
私は、戦槌の動きを手になじませながら答えた。
「それは、知恵はなくて単に言葉を発してる感じなんですか? 鸚鵡が人の言葉を真似するみたいな」
「そういうのじゃなく、何か狂ってる感じだったなぁ」
左足前構えは剣盾で慣れてるが、その逆はどうもぎこちない。
腕も同様で、左手をかなづちに近い方に握る左構えと、その逆。
足と手の組み合わせで四種類の構え。これに上段と中段が加わる。
「他に、人の頭をしていて何か話すような怪物に出くわした事あります?」
「いや、無いなぁ。巨人は人の顔してたけど、まるきり獣みたいに吠えるだけだったし」
石突を繰り出す動きをする。
これも鉄製で、円錐状に鋭く尖っていて、突きに使える。
石突を前にした構えもあるし、攻撃部位が四つもあると、なかなか複雑だ。
「ちなみに、カスパーさんは普段どの辺りに潜ってるんです?」
「青銅の所と、真鍮の一層と二層だねぇ。真鍮の三層は頭数が出てくるから、一人だと行かないかな」
「そうかぁ……。じゃあ"鉄の鍵"の層を探した方がいいのかな……」
彼は、独り言を呟いた。
私は一区切りつけ、戦槌の石突を地に着いた。
「何だい、まるで話ができる怪物を見つけたいみたいだね」
軽い気持ちで尋ねると、赤毛の若者は真剣な顔で肯いた。
「昔、翼の生えた人に会った事がありまして。彼女を捜しているんです」
「……と、まあそんな事があったんだよ」
その日の晩、ディーと寝床でマリオンの話をした。
「そんな翼の生えた怪物、いや、この場合は人間か。そういうの、いるのかな?」
「聞く限りじゃ神話の戦乙女みたいだけど。でもあれは半神みたいなもので、少なくとも私は見た事がない。何かの呪術で人と獣が混じったってのが一番ありそうな気がする」
ディーはそこまで言って、寝返りを打ち、私に背を向けた。
私はしばし、天井を眺めた。
「なあ、迷宮の怪物って」
「私には、分からない」
ディーは、私の問いにかぶせるように答えた。
「ソーリンが倒した竜は、卵を産んで子を増やしてた。トロールは妖精の類で、どうやって生まれてるのか誰も知らない。……この世は神秘に満ちていて、人の子が全てを把握するのは無理」
「……そうなんだ」
私は、まぶたを閉じて眠ろうとした。
武術試合の模様のイメージ動画です。
https://youtu.be/gVTr9GU7rsU
あと、戦槌と表現した武器のイメージだよ
https://youtu.be/vZWkDhh9Zsg?t=27s