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迷宮騎士の誓い  作者: ビルボ
第二章
13/28

第七話 "Powerslave" 前編

あらすじ:カスパーは、老聖騎士と迷宮探索を続けていた。

     しかし、街には不穏なうわさが流れていた。







 迷宮の地下通路。

 床に置かれた松明。

 その炎の上に、小さな鉄の三脚。

 ディーは、口の閉じた二枚貝を()()りながら、長い経を唱える。

 それが終わると、杖の石突きで貝を砕いた。

 彼女は、松明の火を消し、一度消していた杖の石を輝かせる。

 その白い明かりに照らされた、迷宮の石造りの壁。

 その一角に、溝が扉を描くように浮かび上がった。


「本当に、ありましたね」


 私は、それを見ながら言った。


「左様。ここには何かがあるはずだ」


 ユテル修道士は、小さめの羊皮紙に描かれた地図を見ながら、答えた。

 地図には、通路で囲われた謎の空間がある。

 どこかに秘密の出入り口があるはずだと、我々は踏んでいた。




 石壁に浮き出た扉を、ユテル修道士と私で押す。

 石が擦れる音がして、回転扉の要領で壁が動いた。

 できた隙間から、私たちは中に入る。

 そこは、十間四方じゅっけんしほうほどの広さの空間だった。

 ディーの輝く杖に照らし出されて、やはり怪物が立ち上がった。

 黒髪の女の頭。獅子ししの身体。わしの翼に、尻尾は蛇。

 女の面は、若いとも年寄とも判別しがたい。

 そして、ひど形相ぎょうそうをしていた。

 絶望に()み、疲れ切った顔。


「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足で歩く者は誰だ……?」


 女面獅子は、きしむような声で、ささやいた。


しゅに耳を貸さないで!」


 背後からディーが叫ぶ。

 彼女は、ぜる油の入った革袋を投げつけた。

 炎が燃え広がったが、女面獅子は、それにひるまない。

 獅子の咆哮を上げ、駆け寄ってくる。

 狙うなら、頭。

 そう思った瞬間、獅子の前肢まえあしのかぎ爪が、私の盾を割った。

 駆ける動作と前肢の攻撃が一体化していて、()()()が見えない。

 背中から倒れ込んだ私に、圧し掛かるように立つ女面獅子。

 横合いから、老聖騎士が斬りかかった。

 だが獅子は、跳んでそれを避ける。

 羽ばたく鷲の翼。

 怪物は、ユテル修道士の頭より高く飛び上がった。

 獅子の右後ろ肢が、ユテル修道士が掲げた盾に食い込み、防御を引き剥がした。

 ほぼ同時に、左後ろ肢が、老聖騎士の頭頂部を引っかく。

 顎が胸に付くほど頭を揺らされ、膝から崩れ落ちる聖騎士。

 着地した女面獅子に、白骨の戦士が二体、捨て身でしがみついた。


「撤収! 撤収! 逃げるよ!」


 私は、意識のない老修道士の身体をつかんで、引きずる。

 そのまま、先行したディーの後を追い、隠し扉の広間から逃げ出した。




 意識を取り戻した後、老聖騎士は吐き戻し、頭痛を訴えた。

 幸いにも、兜が頭を守ってくれていた。

 それでも頬の先が少し裂けており、傷口の周りが赤く腫れはじめている。

 傷口を洗い清めた後、私たちは老聖騎士を、市街の聖騎士拠点に送り届けた。

 その帰り道に、ディーはため息をついた。


「あれは、わたしたちには荷が重いね」


 歴戦の彼女が、そう言うのであれば、間違いはないと思う。


「オレも、あれとまたやりあうのは、ぞっとしないな……」


 私は、肯いた。




 ディーと別れ、下宿に戻った。

 居酒屋の女将は、私を見ると、狭い中庭に呼び寄せた。


「ねえ、あんた! 本当にマズいよ。あの聖騎士たち、怖ろしい人たちだったんだよ!」


 彼女は、私に訴えた。


「あいつら、神様を()()()して、悪魔を崇拝してたんだって!」

「そんな馬鹿な」

「それだけじゃないよ。寄進されたお金で酷い高利貸しをやって、修道士の癖に()()沢三昧。男色やら、いかがわしい事に()()ってる」


 彼女の言葉は、途中から伝え聞いたていですらない。


「何でも、前に東方の聖地で戦ってた頃も、異教徒と通じて裏切ってたんだって。それで遠征軍は負けて、聖地を奪い返されたんですって」


 私は口をへの字に結ぶ。


「噂じゃ、異端審問の裁判が行われるって」

「本当か!?」


 私は、思わず女将の両肩を掴んで、問い正した。


「ほ、本当だよ。みんながそう言ってるから!」


 彼女は顔をしかめて身をよじり、私の手から逃れた。


「ともかく、あんた、あの連中と手を切っておくれよ。じゃなきゃ、ここには置いておけないからね!」


 女将は、私に宣言し、厨房に戻っていった。




 数日後。

 私は、ディーを連れず、一人で聖騎士修道会の拠点を訪れた。

 農家の二階で、ユテル修道士は寝床に伏せっていた。

 顔には、包帯が巻かれている。

 あの後、熱を出したが、快方に向かっているそうだ。


「街のうわさの事は、我らも聞き及んでいるよ。なに、口さがない連中には言わせておけばいい」


 老聖騎士は、私にそう言った。

 看病についていた従卒が、拳を握りしめ、()()()をこらえはじめた。


「もう下がっていいぞ。カスパー殿と二人で話がしたい」


 ユテル修道士が、優しい声音で従卒に言った。

 すみません、と頭を下げて、従卒が階下に降りて行った。


「しかし、異端審問官が派遣されてくるとなれば、そうも言ってはおられません。彼らの取り調べは、怖ろしく苛烈だと聞きます」


 私は、椅子から立ち上がり、寝床のそばに片膝をついた。

 老聖騎士の手を取り、彼の目を見る。


「ユテル修道士。どうか一刻も早く、ここをお去り下さい。修道会の本部なり、知人なりを頼って、教会への取り成しをお願いするのです」


 私の言葉に、老修道士はかぶりを振った。


「それはできぬ。狂公を見つけ、この地の厄災を終わらせるまで、私はここを去らぬ。だが、貴殿らに同行してもらうのは、もう止めよう。特にディー殿の事を思えば、余計なうわさは避けたい」

「一人であの怪物と戦う気ですか? どうして、そこまで……」


 思わず、つぶやきを漏らした。


「何故、と言われれば、そうだな。私の兄弟たちも、そのように戦ったからだ。

 野心もあった。間違った事も為した。しかし例外なく我らは、神の戦士たらんと一度は志し、そしてその身を散らしたのだ。

 私は生き残ってしまったが、そんな兄弟たちに続くべく、三十年間この身を律してきた。だから、私は続ける。そうでなければ、私を否定する事になってしまう。

 若き兄弟よ、覚えておきなさい。人は誰でも、自分の人生を受け入れねばならぬ。そうせずには生きてゆけないのだ」


 老修道士は、そう言った。

 



 地下迷宮。昇降機の前。

 私とディーは、ユテル修道士を待っていた。

 ディーの輝く杖の明かりの中に、傷が癒えた老聖騎士が現れた。

 老聖騎士の装備は、いつもと同じ。

 私は、壊れた涙滴型の盾の代わりに、それの上端を切り詰めたこて型の盾を持ってきている。

 その分軽く、首にかけるベルトも無い。

 リーチはないものの円盾のように縁を使う操り方もできるし、頭上にも掲げやすいので、これを選んだ。

 それと、歩兵傭兵が使う錐槍きりやりを六本、紐で束ねて担いでいる。


「かたじけない。貴殿らのご助力、本当に感謝する」


 老修道士は、そう言った。


「ユテル様。今日のカスパーには限界までしゅをかけております。あまりお話かけにならぬよう」


 ディーが、説明した。

 その彼女も、瞳の中の黒目が、やたら大きい 

 ユテル修道士は、私を見た。

 私は、肯いて見せた。

 自分の中で、速く強い何かが流れ、渦巻いているのを感じる。

 その力感は私に、"何でもできる""何にでも成れる"という高揚感を与えてくれた。

 口を開けば、それが遠吠えになって()()()()()そうで、沈黙を守った。

 あと犬歯が伸びているので、それを見せたくなかったのもあったが。







 女面獅子さんの戦いぶり参考動画。

 人がライオンや虎に襲われる、大変ショッキングな動画です。ご視聴にはご注意下さい。

https://youtu.be/FtqdR7Wdo2Q?t=1m14s

https://youtu.be/whz9bafVvFE

https://youtu.be/G9toz9rLnow

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