第3話
攻略対象の一人雪織 優希は、紫苑の一つ下の弟で雪織財閥の御曹司にして、将来を期待されたピアニストだ。
その功績は高く、既に幼い頃から全国ジュニアコンクールに2度も優勝を果たす言わば天才だ。
設定上の性格は表向きは至って真面目。常に品行方正で努力家、顔は幼さの残る美少年で女子からも絶大な人気を誇っていた。
学園では、1年生ながら生徒会会計になる。だが、中身は腹黒なキャラクター。
ヒロインに本性を知られ、最初は冷たくしていたが、ヒロインの健気で頑張りやな性格に徐々に惹かれていくのだ。
姉の紫苑とは仲が悪く、いつも紫苑を睨んでいた。今だって、現在進行形で向かいの席から睨みを聞かせている攻略対象。
先程までの険悪な雰囲気の中、執事穂積が音もなく参上し、昼食の用意が出来たと私にも伝えた瞬間、彼は思わず持っていた楽譜を落とすほど驚愕していた。
そして、今の状態だ。
その周りでは、母が久しぶりに親子揃っての食事が嬉しいのか私たちの様子を微笑ましくに見ている。
父は困った顔を浮かべながら、それを誤魔化すように黙々と食べていた。
一部暗いオーラを放つ位置を無視する事を決意、夕食に視線を戻す。
メニューは前菜から食後のデザートまでのフルコースになっており、最初の前菜は今旬の野菜と桜海老のゼリー寄せのテリーヌ。
さっぱりした味わいに、仄かな酸味がよくきいている。周りに飾りとして置かれたサーモンはレモン風味で格別だ。テリーヌと一緒に食べるとまたぐんと味が変わる。
次のスープは冷製スープになっていて、とろりとした枝豆風味だ。
お次の魚料理は白身魚のソテー。みじん切りにされた赤、黄のパプリカの彩がとても綺麗で、味もオリーブがきいていて美味しい。
まるで高級レストランにいる心地で、圧力のある目線もすっかり忘れてしまっていた。
「紫苑ちゃん、美味しい?」
美味しそうに食事をする私をじっとみて母は唐突に聞いてきた。
「はい!とても美味しいですわ」
気分よく母に向かって素直に笑顔でそう答えると、突如として空気が固まった。
何か不味いことを言ったのかと、すぐに夢心地から覚め、状況を確認する。
母を見ると何故か彼女は静かに涙を零していた。
「お、お母様?!なぜ泣いてるのですか? もしかして、気に障ることを何か...。」
私が聞くと、母はその美しい顔で微笑んて、ゆっくりも首を振った。
「いいえ、いいえ...、あなたの笑顔がまた見れた事がとても、嬉しくて」
母の涙に胸が締め付けられた。
「お母様、今までご心配をおかけして本当にごめんなさい。紫苑は、こんなに優しい家族に生まれて幸せですわ」
私の言葉に、両親は揃って嬉しそうに顔をほころばせていた。
両親や弟の姿を見れば、前の自分がどんな性格だったのがよく分かる。こんなにも子供の行動一つ一つに一喜一憂してくれる家族は、この世の中にそうそういやしない。
私の前世の家族とは大違いだ。もう、顔も覚えてないけど。
これからは、この新しい家族を大切にしていこう。
「さあ、早くしないと食事が冷めてしまうよ。」
「そうね、でも私はもう別の意味でお腹がいっぱいだわ。」
周りの空気が和やかになり、私も食べようと肉料理に目線を移して突如ある事を思い出した。
(優希の事をすっかり忘れてた!)
気づかれないようにチラッと彼の方を見ると案の定、まだ睨みを効かせている。だか先ほどとは少し違い、動揺の色も伺える。
ここは、何か声をかけた方がいいものか。
「あのっ「そうだわ!」...。」
突然私の言葉を冴えきったのはテンションが上昇中の母である。
「先程、とても素晴らしいピアノの音色を聞いたのだけれど、優希、あなたあんな音も出せのね!お母様感心したは。もっと近くで聞きたいの。今度は私の前で演奏して下さる?」
「それなら私も聞こえた。優希、あんなピアノは初めてだ。メロディーも聞いたことのないものだ。お前が作曲したのか?」
「え、それはその...。」
先程の曲とはもしかしなくとも私の弾いた曲のことである。
あの部屋は防音だったはずが聞こえてたらしい。
「お母様!弾いたのは私です。私が作曲して書いたものなんですよ。お望みならまた弾きますよ!」
「「はあ?」」
「え?」
私の言葉に、部屋にいるもの皆が驚きを隠せないでいた。
「あー、実は今作曲にハマっていて、この家の景色を曲にしてみようかなーなんておもったですよ。そんなに喜んでもらえるなんて作ったかいがありましたは本当。」
みな何も言わず固まっている。沈黙が続き、皆の私を見ると目が怖くなってくる。
(あーほんと、家族ってこうゆう時どうすんだ?)
「あの...、なんで皆黙ったままなんですか?」
「あなた、いったい何を言っているの?」
この地獄のような沈黙を破ったのは母だった。
「そうだぞ紫苑、お前は音楽は苦手なはずだ。ピアノも上手くいかなくて、結局やめたんだよ。ましてや作曲なんて、お前にあんな曲がかけるなんて有り得ない。」
この時初めてゲームの紫苑に怒りを覚えた。せめてピアノは続けていて欲しかった。全く根性がないお嬢様だ。
これでは言い訳のしようがない。
「お父様やお母様に喜んでいただにたくて、私もう1度頑張って練習してみましたの。そうしたらこのように自らが作曲出来るまでになったのですは。
お2人にはいつか聞いてもらおうとおもっていたのです。あー良かったですわぁ...。」
私が話せば話すほど周りの人の表情がみるみる険しくなるのを見て、言ったん話すの止めた。
まだ、信じられないといった面持ちで周りの人間は皆私を見ていた。
「お2人とも、先程の演奏をしていたのは間違いなく姉の事です。僕はこの目で確かに見ました。間違いはありません。」
なんとそう言ったのは今まで私に睨みをきかせていた優希だった。
今度は驚いて私の方が目を見開く。
「本当にそうなのね。まだ信じられないけれど、そうなのね、紫苑もやっと音楽の良さに気付いたのね!その上、あんな才能があったなんてお母さん嬉しいわ。」
「そうだな、これで安心だ。優希も負けてられないなあ!」
笑い合う両親を横目に、優希が俯き 、歯を食いしばる様子を、私は見ないふりをすることにした。