第2話
東雲と別れて、改めて湧いてくるインスピレーションを抑えて室内に入る。折角なのだから演奏したい。この家は幸いにも数々の楽器を売り出している家、きっとピアノの一つや二つそこら辺に置かれているとみた。
しかし不思議なのは、今まで家中を歩き回っても誰ともすれ違わないことだ。朝私の部屋に来たメイドたちは5人。キッチンにはお抱えの料理人、庭には専属の庭師、この家にはまだまだ使用人がいるはずなのだ。
けれど、ピアノの置いてある場所を聞こうにも、誰とも合わないんじゃどうしようもない。東雲はまだここに来て間もない庭師だ。しかも屋敷に入った事などほとんど無い。紫苑としての記憶が曖昧な今、うかつに動き回るのはまずかったかもしれない。
前世では、土足で家の中に入れる家なんて数える程しか入ったことは無い。いくらプロとして収入源が良くても、金持ち生活に慣れなくてボロアパートの六畳一間の1DKにひっそり暮ししていた。いくら一戸建ての家を購入したくても、人口爆発した東京都心で買える土地なんて猫ぐらいしか住めない小ささ。不動産屋に相談してやっと見つけた住みよい家も事故物件のオンパレード。やっと見つけたおんボロアパートだって、今にも何か
出そうで最初は寝ることも出来なかった。
だが長く暮らしていればそれも慣れ、3日連続寝坊なんてチャレンジャーな事までするくらい熟睡できるようになった。住めば都とはこの事だな、はは・・・。だからこの家もいつかはなれるはずなのだ。少々、いや大分不安はあるが、私は方向音痴ではないから大丈夫だろう。未だにトイレの場所すら一つとして分からないがな。
だらしなく肩を下げて猫背になってため息を零す。歩いても歩いても同じ景色が続き、もう見つからないのではっと半諦め状態でゆらゆらと足だけを前進させる。
せめて紫苑の記憶がもっとあれば良かったものの、ゲーム上の設定しか知らない。悪役キャラの紫苑を、そこまで細かく設定するわけもない。
(いったいどうすれば・・・。楽器どころか、部屋の一つも見つからない!)
「天才キャラ丸つぶれだよ。方向音痴キャラなんてヒロイン被りな設定いらないんだけどなー。だいたいここが何処かも分からないし、今日のトイレのスケジュールはございませんってか!冗談じゃないよ、人間の限界値舐めんじゃないよ。あれ?帰り道分からない。パンでもなんでも落としておくんだった。」
淑女らしからぬ荒声で頭を抱えていると、足元に超絶モフモフの毛玉が足元に擦り寄ってきた。
「にゃ~」
下を見れば、真っ黒な猫が私の足元に擦り寄っている。小さな頭を私の足に押し付けては、チラチラとこちらを見てきた。
折角なので抱き上げてる。以外にかるくて驚いた。よく見ると、クリっとした大きな瞳の色は珍しいブルーで、足先が白く靴下のようになっている。
まさに天使だ。愛くるしい純粋な瞳で私を見る。たまらなく可愛い。可愛すぎて語彙力が無くなるほどに可愛い。めっちゃかわいい。とにかく可愛い。
「お前、何処から来たの?この家の猫?ごめんね、私はあなたの事を覚えていないんだ・・・。」
何故かいきなり、猫がその柔らかな肉球で頬をぷにっとソフトタッチしてきた。これがよに言う猫パンチらしいが思ったほど痛くはない
私がまた、天使の可愛さに癒されている間に、なぜか猫が何度も前足でぷにぷにし始めた。そしてすぐに私の顔に自分の顔を寄せると、頬をぺろっと舐めたのだ。ここは天国かなんかか!
この猫見ていると、昔買っていた猫を思い出す。住んでいたボロアパートに一緒に住んでいた大好きだった親友。その子もこのように綺麗なアイスブルーの瞳をしていて、とても美人な黒猫だった。この子はとても似ていた。まるで、本当にあの子がいるみたいな、そんな気が・・・・・・。
「レレ?」
何故かよんでみたくなった。
猫はまた上機嫌に鳴く。レレが本当にいるみたいだ。
「ねぇ猫さん、私ピアノを探しているのだけど、ピアノがある場所は何処か知らない?」
理解したのか、猫は腕の中から飛び降り、進み始めた。ちょくちょくこちらを見ては進むを繰り返していた。
黙って猫のあとをついて行けば、たどり着いたのは大きな扉の部屋。猫は扉の前で立ち止まり、私の方を見つめた。
(ここにあるってことか……)
中にそっと入ってみたが人の気配はない。だが広い部屋の中央に大きなグランドピアノが置いてあるのが分かる。
日差しが差し込む窓は、光がピアノに差し込まないように避けた作りになっている。
ピアノの周辺にはゆったりくつろげるソファとテーブルが置かれていた。おそらく鑑賞スペースだろう。
恐る恐るピアノに近寄りる。ホコリ一つ付いていないところから、管理が行き届いているらしい。表中央には"OLFace"という字と琴のマークが金色で施されている。
開けて、鍵盤の上に手を置く。白いブロックに力を入れると、ポーンとなる。
いい音だ。
洗練された透き通るような美しい響き。だが何処か渋みを感じ、まるで"弾いている"というより"弾かせて貰っている"という方が正しいように思う。きっと、ずっと昔からこの家に置かれているのだろう。
しいて言うなら、この家に長年仕えている老紳士と言った感じかな。
(この子なら、好きに弾かせてくれるかも。)
椅子に座り、姿勢を正して鍵盤に両手を置く。目をつぶり、そしてゆっくりと、指先の一本一本に力を入れる。
弾き始めは荒々しく、続いて緩やかに、優しく弾く。どこか優しく悲しい短調の響きが頭の中で波のようになる。
気づけば夢中で鍵盤を叩いていた。
鈍っていたとは思えないほどに、手が自分言う通りに動いた。
自分の中から楽しいという感情が溢れて止まらない。
「・・・・・い、・・・・・・ぉい・・おい!」
いきなり誰かに肩を掴まれた。驚いて今までノリのようにくっついていた手が鍵盤からあっさり離れた。
驚いて後ろを振り向くと、そこには青年が立っていた。美少年と言うよりは美少女と言った感じの美しい顔立ちを歪めてこちらを睨みつけていた。
「え?・・・あの・・・。」
「何勝手にここで弾いてるんだよ。ここは俺が使ってる部屋だ。」
「そうだったの?ごめんね。私気づかなくて・・・、今どけるね。」
急いで椅子から立ち上がり、ピアノから離れる。
「・・・んで」
「え?」
「それになんでお前がピアノの弾いてるんだよ!しかも、あんな・・・・・・。」
最後の言葉はボソボソしていてよく聞こえなかったが、それよりこんな所で弟(攻略対象者)に会うとは思わなかった。
「ご、ごめん・・・」
取り敢えず謝る。今の状態は結構おかしい。私って確か音楽の才能がない落ちこぼれだった。その落ちこぼれがピアノを楽譜なしであんな弾き方してたら誰だって驚く。それを攻略対象者に見られるなんて、頭の中で弾くことだけ考えてたから想定してなかったよ。
どうしようこの空気。相手めっちゃ睨んでるし。
「あ・・・・・・、え・・・、っと・・・、弾く?」
いつも遅くてすいません。
もっと早く更新出来るよう頑張ります。






