第1話
本日もって、白咲蓮から蜂屋漣に改名致しました。
2話も遅くなってしまい、大変申し訳ありません。作品をご覧になってくださる皆さんのためにも、これから頑張って行きたいと思います!!
「はぁはぁ、くっはぁ・・・、はぁ・・・」
熱い・・・。
身体が焼けるようだ。動こうとすれば、身体からは嫌な音が鳴り出す。頭を強く打ったのか、視界がぼやけて、視界の右端から赤い液体が流れていた。恐らく自分の血で、酷く熱くなった身体には不思議と冷たく感じた。
頭がくらくらして前がよく見えないが、無理矢理終点を定める。今の状況を、一刻も早く確認しなくてはいけないのだ。
ぼんやりとズレた赤い視界が、少しだけクリアになった所で、私は見えた景色に息が止まる。余りにも衝撃的な光景に、頭が追いつかない。
(なんだ!、これ・・・。)
私から7、8メートル程離れたところに、無残な姿で横たわるバス。まだ芽吹のない、枯れた森の木々に衝突したボロボロな状態が、つい先程まで見たツルツルの車体からは想像もつかないものだった。
バスからは煙が立ち上がり、燃料が徐々に漏れだしていた。
周りを見渡しても、私以外の人間は見当たらない。一瞬不思議に思って、ふとバスが墜落する寸前、誰かに背中を押された事を思い出した。
ということはまだ中にみんながいるという事。唯一動く両腕を必死に地面に擦り、胸を浮かして前へ進もうとした。身体の節々は激しく痛み、気絶してもおかしくないほどに、身体が焼かれているような錯覚に陥る。でも何故か進めなくて、不思議と感覚の取れない左足に目を向けると、左足には大きな岩が乗っていた。これでは前に進めなかった。無理に進もうとすれば、血の通わなくなった足はどうなるか分からない。余りの痛みで今度こそ気絶しかねないだろう。
届かないと分かっていて、ちぎれんばかりに手を伸ばす。
自分しかいない。なのに助けられないことに、言いようのない怒りがこみ上げる。
「やめっ・・・て・・・、うばわっないで」
「はぁ!!」
目が覚めると、そこにはまだ見慣れぬ天井があった。知らぬうちに右手を伸ばし、気付けば呼吸も荒れていた。
呼吸を落ち着かせ、伸ばしていた手を瞼の上におく。手は僅かに震えていて、目元は涙で濡れていた。自分でも驚くほど不安定で、涙がまだ止まりそうになかった。
あれは、私が死ぬ直前の夢だった。
目を閉じると、まだあの時の事が鮮明に思い出される。大切な家族を助けることが出来ず、うずくまり、ただ悔しさに涙を零すことしか出来なかったあの時の自分がとても惨めだった。忘れることなどできない。
ふと、手の甲に一線の光が指しているのを見て、右の窓に目を移した。黒いカーテンの隙間から、暖かい光が漏れだしていた。
私はベッドから素早く下りて、窓のカーテンを両サイド一気に開けた。その瞬間、暖かな太陽の光が全身を覆うのを感じて、少しだけ気が楽になる。
振り向いて明るくなくって見えやすくなった部屋を眺める。紫苑の部屋は、ゴシック調の黒を貴重とした家具が揃っていた。家具一つ一つが高価そうなものばかりで、フリルがふんだんに使われていて、いかにもお嬢さまのお部屋って感じが伝わってくる。実際そうなのだが・・・。
でもよく見れば、本当に必要な物しか置いていない気がする。見たところ目立つ宝石の装飾品などの様なものもなく、まるで展示しているお手本の部屋のようなインテリアだ。人が実際に住んでいると言うよりは、飾っているのに等しい。自分でも、ホテルに止まっている気持ちになる。はっきり言って、とても寂しい部屋だ。
しばらく見渡して、タンスの横に姿見を見つける。ちょっと駆け寄って、もう一度自分の姿を確認してみるけど、やっぱり慣れない。この先、多分この姿とこの顔には一生慣れないと思う。美人なんだけど、どこかキツめの印象を受ける顔。腰まで伸びた漆黒の髪の先には縦巻ロール数本あってちょっと重い。横になっても崩れないなんて恐ろしい縦巻ロールだ。いつか切ろうなんて考えながら部屋の中をウロウロしていると、唐突にノック音が聞こえる。
「お嬢さま、ご朝食をお持ちしました。」
えっちょっ!!
慌てるすきもなくドアが開き、入ってきたのは昨日あった穂積と、その後に数名のメイドたちが朝食の乗ったワゴンを引いていた。
あれ?てっきり朝食の時間になったら家族みんなで食べると思っていたが。一人部屋で朝食をとるなんて寂しすぎる。
「え?ここで食べるの・・・ですか?」
わたしのベッドのテーブルに朝食を起き始めたメイドたちが一瞬えっ?って顔をして、その後に何事もなかったように無表情で準備し始めた。穂積も一瞬驚いて、直ぐに無表情にもどって言った。
「お嬢さまの言いつけにそい、私がたはこのように、毎日決まった時間にご朝食夕食共にお届けしているだけでございます。」
知りません。
なんて言えるはずも無く固まる私を無視して、メイドたちや穂積はすぐに朝食の準備を初めた。
はっ!そう言えば、紫苑はこの家では落ちこぼれなはず、ひねくれた性格なはずだ。家族とは上手くいっていない。それで食事は紫苑だけ部屋でとりたいと我儘を言ったのだろう。
けれど昨日あった両親は、紫苑をそんな風に思う素振りなど微塵も感じなかった。母親なんて、涙まで流していたのだ。本気で紫苑を心配していたのは明白だ。両親から愛されるということが私にはよく分からないけど、彼女は間違いなく両親に愛されている。
心配しなくてもいつか1人で毎日食事する日が来るってのに、反抗期は程々にしないと後で後悔するだけだ。
それに、ゲーム上の紫苑は執事やメイドをモノのように扱っていたはず。家族中も悪いのに、使用人たちとも不仲なんて、この家で生きて行けるかわからない。
そんな事を考えていると、既に準備を終えたメイドたちと穂積は、そそくさ部屋から出ようとしていた。
「待ってください!!」
淑女らしからぬ声を上げてしまったが気にしない。私は勢いよく頭を下げた、
「今までの皆さんへの非礼を謝らせてください。勿論、そのような事で許されるとは思っていません。でも、私は皆さんに酷いことをしてばかり、それでも我慢して私のお世話をしてくれる事、本当に感謝しています。ほんとにほんとに、今までありがとう!!」
沈黙が続き、あれ?と思ってみんなを見ると、一同騒然となっていた。みんな唖然となって私を見ていた。穂積もでさえ、目を見開いて固まっていた。
「あ・・・それと、食事も今日から家族ととります。もう我儘言ったりしないで家族と仲直りしたいと思います。だから・・・、今までわざわざ私の部屋まで食事を持って来てくれてありがとうございました。」
「・・・・・・・・・あ、はい。」
その後、メイドたちは動揺が収まりきらず退場し、穂積はいつもの早口でなく少々どもり気味に、今日の夕食からそのように手配すると言ってくれた。
彼らが去った後、朝ごはんとは思えない超高級料理に酔いしれ、身支度を整えた後食器を片付け用と使用人の1人に厨房の場所を聞いたら、慌てて片付けられてしまった。
たちまち暇になってしまったが昼食までまだ4時間くらいある。そうだ作曲しよう。
すぐさま、机の引き出しの中を確認して何枚かの白紙を見つける。五線譜が書かれていないなんて慣れっこだ。フリーハンドで大雑把に5本の線を引き、思い描くままに音符をかいていく。内容は、この世界の町並み、この家のこと、人、紫苑のこと。気付けば大分時間が立っていた。
そういえばこの家には大きな庭があったはずだ。あまり気にも止めていなかったけど、窓から大きな庭園が見えていた。
(そうだ!庭に行こう!!昼食まで時間がある。庭に行くついでにピアノも探したい。)
せっかく楽譜をかいたんだし、演奏したいものだ。
早速私は部屋から出て、使用人がいないことを確認すると、早足で向かった。道は全然覚えていないけど、1階の庭の方角に進めば大丈夫だ。多分・・・。
それにしては長い廊下だ。地面にしかれた真っ赤なロング絨毯はどこまでも続き、歩いても歩いても同じ景色。トイレに苦労しそうである。
1階に下りて、窓側の廊下をひたすら歩く、先程の廊下とは違い、窓から差し込む光で爽やかな印象をもつ。気になって窓の外を見ると、見渡す限りの花畑が、広がっている。
余りの美しさに見入ってしまう。これは行かずにはいられない。暫く歩けば、外廊下にでる。
たちまち涼しい風が頬を掠め、空気からは花の香りが立ち込めていた。
大きく深呼吸をして、私は思わず走り出してしまった。走っても走っても見渡す限り花で、丘の向こうには大きな温室が見える。きっと今の私は、凄まじく目がキラキラしているのだろう。誰も見ていないことが唯一の救いである。
すぐそこにある真っ白なベンチに座り、美しい花畑をうっとりと眺めた。転生していいことないと思っていたけど、これはこれで幸せだ。
ガサガサッ
どこからかガサガサ音がした。見渡しても人は見えない。立ち上がって、その音のでる場所まで近づくと、薔薇の花の間に誰かのお尻が見えだしていた。顔は良く見えにいが、男の人である。
私が近くまで行ってもまるで気づく様子がない。
「あのぉ」
声を掛けても全く気づかない。
「あのっ、すいません!!」
「え?うあっ!」
ドンッ!!
やっと気づいたものの、土に足を滑らせて転倒してしまった。
「大丈夫?」
「あ、いえ、すいません。お見苦しいところを見せてしまっ・・・て」
照れながら頭をかき、謝罪してこちらを見た瞬間、私の顔を見て驚愕の表情を浮べた。瞬時に私が誰か理解して、すぐに距離をとり頭を下げた。
「大変申し訳ありません!!」
「ええ?!あの、頭を上げてください!
もしかして、貴方が1人でこの庭の手入れをしているの?」
彼は頭を上げて、少し緊張しがちに説明してくれた。
「あ、いえ。この庭は僕と、林さんとで手入れをしています。」
「へぇ、2人なんて、この庭相当広いのに凄いね!こんなに行き届いた庭初めて見たよ。」
「そんな!僕なんかまだまだ未熟で、林さんの足元にも及びません。」
まだどこかオドオドしているけど、柔和で優しそうな印象を受ける。歳は30代くらいだろうか。背が高く、茶髪で童顔の好青年って感じだ。
「ところで、林さんって?」
「え?林さんというのは、この家でもう20年ぐらい働いているベテランの庭師さんです。」
「へぇ、その人にも会ってみたいなぁ・・・。そうだあなたの名前は?」
「僕ですか?僕は東雲です。三年前からこの家の庭師として働かせて頂いております。」
「え!そうだったの?!、ごめんなさい私、まったく気づかなくて・・・。」
嘘だ。この東雲という人は確か、紫苑の兄ルートでちょいちょい出てきたお助け役の1人だ。紫苑は元々虫が嫌いで、それらが集まる花も汚いといって嫌っていた。ゲーム上ではほとんど紫苑は彼に近づくことは無かった。
「ふふっ」
「え?なんで笑うの?」
「いえ、すいません。何となく、僕が見ていたお嬢さまの印象とは違うく思えて。あ!別に悪気があって言ったわけでは、失礼なことを言ってすいません。」
「いいよ、続けて。」
「えっと、いつも遠くから見えるお嬢さまは、庭に見向きもしないで、すぐに立ち去ってしまいます。聞けば、お嬢さまは花を好まれないとの事だったのでてっきり・・・その」
「花は大好きだよ!美しくて、強くて、優しい。ある人が言っていたの、花は優しい、見る人を慰めても、何も見返りを求めないって。」
「そんですね、花を見ていると心が癒される。」
「ねぇ、また見に来てもいい?」
「そんな!ここはお嬢さまがたの敷地です。好きに見にいらっしゃってください。きっと花たちも喜ばれます。」
「ありがとう!」