萩野古参機関士派生 初の本線走行 昭和36年そのさん
いよいよトンネルが見えてきた。あのトンネルの先は登り勾配だ。僅かに逆転器を落としてカットオフを大きくしてやると、機関車は待ってましたとばかりに加速する。とはいえ貨車の速度は65km/h。許された誤差は±5km/hだ。
汽笛を吹いてトンネルに入れば、激しいシリンダ排気に吹き上げられた煤煙がトンネルの天井に当たり、トンネル壁面に沿って降りてくる。噎せかえるほどの油混じりの煙の臭い。勢い視界はなくなり、シリンダの立てる音や転動音の反響が支配する。その回数からあとどのくらいなのかわかる人はわかるらしい。まだ初の本線走行だからそれはわからないが、意識して何度それが鳴ったか覚えておきたい。トンネルの先の光が見えてきた。汽笛を吹く。トンネルを抜けたときランボード下から運転台の下から何からまとわりついた煤煙が離れ散ってゆく。そして一瞬で通りすぎる勾配標識。さらにカットオフを大きくしてやる。そして勾配に挑むのだ。
C11は確かに小柄な機関車だ。しかしこの鋼鉄の馬は今まさに牡ともつかぬ力の奔流をたぎらせながら登ってゆく。息をつくように、そして其でなお足を踏み出してゆくように。これほどまでに生物らしい機械があるだろうか。罐がいよいよ疲れはてたような音を立てたときに現れる新たな勾配標識。ここからレベル(水平)だ。やり遂げたと云う感慨と罐の負荷が減って軽やかになる足取り。カットオフを切りながら、後方を見る。ちゃんと列車は付いてきている。終着までそれほど遠くない。もう少し加速したら絶気だ。
逆転器をミッドギヤギリギリまで引き上げて加減弁を閉じる。そして一挙に逆転器を前進フルギヤに落とす。ドレーンとバイパスを開いてあとは絶気、惰行だ。自弁に右手を掛けてあとは制動を行わねばならない。事故のないように常に万全を期さねばならないのは鉄道員の務めだ。
以上執筆者国家人民軍少将




