萩野古参機関士派生 初の本線走行 昭和36年
菜っ葉服の襟を整える。襟元から覗く薄汚れた手拭は煤の対策だ。今日は萩野さんがやめて以来はじめての本線走行となる。機関区の端に止まるC11形式の機関車に今日は乗務し、貨物を牽引して行くことになる。
運転台に乗務鞄を置いてついでに運転台のボイラ胴受けに油を指したあと、まずやるのはボイラ煙室戸を開きブロアが正常に機能しているか確認することだ。これがダメならいくら助士が頑張ったところで通風が確保されない以上圧が上がらないのだ。ブロアは上がっている。直ちに煙室戸を閉めてロックを緊締する。真鍮のハンドルが熱かったりするから気を付けねばならない。そのままランボード上を歩いて汽笛引き棒や逆転器、ボイラ胴受けの注油箇所に油を指し、シリンダ注油ポンプと空気圧縮器注油ポンプに油を満たす。グリグリ音をたててポンプのハンドルを回す。そして今度は降りて足回りに油を指す。ロッドの端、クロスヘッドの油壺、動軸受け、先輪上の『弁当箱』や油壺、そして従輪の軸箱左右共にあるありとあらゆる注油箇所に油を回してやる。焼き付いたらいけないのだ。外側だけでなく、内側にもある。ピットに入って指し続ける。出て手歯止めを外し、移動禁の旗を取り外す。そして運転台に上がる。助士の時津さんが罐を焚いている。インゼクタ(注水器)を回したところらしく独特の音をたてて罐が水を飲んでゆく。機関士席について窓を全開にし、身を乗り出してみて姿勢を確認する。正直視界の確保と言う理由もあるが格好つけたいと言う思いもある。
誘導係が旗を手にやって来た。単弁ブレーキを緩解し、合図を待つ。誘導手が笛を吹いたのに答えて天井から下がる棒を引き汽笛を吹く。逆転器を前進フルギヤにして、旗を注視する。誘導手の旗、それも緑の旗が横に、『キタレキタレ』を示すように振られる。加減弁をわずかに引いて逆転器を引き上げながらドレンを切る。誘導手は機関車のステップに飛び乗り旗を振り続けている。C11はなかなか素直な機関車だ。このような入れ換えの時すらスルスルッと入れ換え制限速度を超えそうになる。特急と張り合う快速を牽いたなど逸話には事欠かない素晴らしい罐だ。そのまま貨物ヤードの出発線に走って行き、連結作業だ。
ブレーキの緩解試験を行う。異常はない。あとは出発合図を待つだけだ。すでに出発信号機は進行を示しているが、出発合図が出ていない。
やっと出発合図が出た。加減弁を引いて天井から下がる棒を引き汽笛を吹く。逆転器を引き上げながらドレンを切り、耳を済ます。連結器の遊間が立てる音は連結器の数通りちゃんとしているか。最後の分の音がする。振り返ればようやく最後尾の車掌車が動き始めたところだ。さらに加減弁を引いて加速させる。本当に正直な罐だ、嬉しそうにグイグイ加速して行く。乗り出す身に吹き付ける風邪はいよいよ心地がよい。帽の顎紐が汗で張り付くことを除けば悪いことなどない。煙の色もいつもの黄ばんだよく燃えているときのモノだ。制限解除。しかし貨車の速度制限に基づいて走らせる。ああ、今日はいい日だ。
以上執筆者Generalmajor der NVA




