決着
Side 織田信勝
遂に武力衝突が起きた。林らは兄上に敵対を表明して兵を挙げた。これを兄上は迎え撃ち、稲生で両軍は激突した。序盤は数で勝る林・柴田軍が押していが、兄上の馬廻り衆が踏ん張りその間に前線に到着した兄上の大喝に柴田軍が瓦解、その勢いのままに林通具を兄上が討ち取り勝敗は決した。
その後に私の居城である末森城は囲まれたが、母上の仲立ちにより謝罪が受け入れられ清州城に出頭することになった。実は母上の仲立ちが無くても、私の降伏は認められる手筈となっていたのだが、母上の心遣いを無駄にする必要は無い。
私は林・勝家の説得が煩わしくなってきた頃に、一通の書状を出している。佐久間を通して兄上に届けてもらったその書状には、謀叛の企みがあること、私には叛意が無いこと、しつこくて辟易していることを書いた。
佐久間を通した理由は、私と兄上が直接やり取りをしていては怪しまれること、佐久間は父上が亡くなった直後には私に近い家だったからだ。兄上への敵意が強い我が家中に嫌気が差したのか、最近は兄上に近い立ち位置だ。
このやり取りで決められたことは4つ。この反乱を武力で鎮圧すること、末森城を囲むこと、私が降伏すること、林・勝家らを赦免することである。
実は兄上はこれまでに純粋な武力による勝利が無い。状況的に下手な事しなければ誰でも勝てる様な勝利しかない。ここらで戦国時代に必須の戦での強さを家中に示す必要があった。
残りは政治的パフォーマンスだ。最後の赦免は兄上の度量の大きさを示すものでもあるが、二人が普通に優秀な事もある。兄上の力量を認めれば素直に従うだろう。
「殿がお呼びです」
ようやくか。こんな茶番は早々に終わらせるに限る。
Side 織田信長
「面を上げよ」
「はっ」
「信勝、大義である」
「はっ、有り難き幸せ」
俺の前で三人が平伏している。一番前には信勝、その後ろの秀貞と勝家は困惑しているようだ。無理もない、謝罪に来たと思えば信勝が賞されているのだからな。
最初書状が届けられた際には我が目を疑った。まさか信勝から書状が届くとは思ってもいなかったからな。中に目を通すとこれら一連の釈明が暴露付きで書かれていた。佐久間を通して送られて来たということは、こちら側の人間には見られても良いということだろう。
自分の意思など持たず、人に流されるままだと思っていた実の弟からのまさかな書状にその後もやり取りを続けた。やり取りが増えれば増えるほど驚きに支配されることがわかる。あいつは存外自分で物を考えられるらしい。
大方今までは自分の意思を表明する必要など無いと考えていたのだろう。書状の中身は周囲を良く観察していなければ気がつかないことまで書かれていた。現在起こっている問題の原因と対策まで載っており、実に耳の痛い内容だった。
ここまで正面から意見してきたのは、平手の爺以来だ。数に勝る敵軍を打ち負かせなどと無理難題を吹っ掛けて来たが、弟からの信頼に答えてやるのも兄の務めであろう。
こうして万事上手くいったのだ、これ以降も歯向かうようなら容赦せん。我が家中の一番の問題が取り除かれたのだ、多少は未来が明るくなった所に水を差されては腹立たしい。
「兄上にお許し頂きたい議がございます」
「なんだ」
「織田の名を捨て、津田の名を名乗る許可を頂きたく」
……こやつは徹底しておる。家督問題が再燃しないように先手を打つとは。考えなかった訳ではない。だが必須という訳ではない。
「好きにせよ」
「ははっ、これからは津田達成と名乗ります」
Side 林秀貞
どうやら我々はまんまと嵌められていたようだ。だが不快な気分ではない。これら一連の流れは我らの認識を正すためのものだろう。我らの赦免がその証拠だ。
「どうやら我々はお二人方を見誤っていたようだ。そうは思わないか、柴田殿」
「左様、我らはお二人方の手のひらの上で踊らされていたようです」
柴田殿も私と同じ意見か。お二人方に掛けていただいたご厚意だ無下には出来ん。これからは弾正忠家を盛り立てていくために並々ならぬ働きをせねばならんな。
「信勝様、いや達成様か。達成様はどうやら頭の回るお方らしい。今までは大人しく、自分の意思をなかなか伝えることの無いお方だと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい」
「大殿、信長様も武威をお示しになられた。この勝家、不覚にも戦場で敵大将に魅せられてしまいました」
柴田殿にここまで言わせるとは相当なものだったのだろう。我が目の見る目の無さに恥じ入るばかりだ。
「お二人方のどちらも当主としての器をお持ちのようだ」
「しかし尾を踏み抜けばその牙でもって食い殺されるでしょうな」
その通りだ。達成様は今回のことで自らの尾が何であるかをお示しになられた。次はない、そう警告までなされて。馬鹿な考えを持つものがいれば我らで止めろとの意もあるだろう。
「実に先が楽しみだ」
「その通りですな」