シロと魔法使い 4
「話はあと、とにかく外に出よう!」
細かい説明を省いて、犬は急かす。その真剣な声に、やっぱり私は従うしかない。
小さい背丈を追って階段を下りる。どうやらこの喋る不思議な犬は、いろいろと知っている様子。それなのに私たちが白づくめと戦っている最中、姿を隠していたようだ。そのくせ碌な説明もしないで、私には無理やり武器を持たせて、特攻させるんだから――
シロだ。私は思いついた。この子はペット、それも恐いとすぐ隠れちゃう臆病者、可愛い可愛いわんちゃん。だから、単純でポピュラーな名前をつけてあげた。この子にちゃんとした名前があろうとも、私は絶対シロ、って呼んでやるんだ。
私がそんな勝手な決意をしているうちに、またビルの外の広場まで戻ってきた。外はすっかり夜になっている。
「ねえ、あれってなんなの?」
シロはこれ以上離れろとは言わなかったから足を止めて、気になっていたことを訊ねる。
白づくめのことを思い出す。あんな生き物、見たことない。ただただ嫌悪と恐怖ばっかり感じる姿だった。
「――イーレッセ」
「イーレッセ?」
聞き慣れない単語をシロは口にした。
「あいつらの名前」
「イーレッセ……」
ら、ということは他にもいるということだろうか。
「イーレッセは、人類に仇なす存在。天敵って言ってもいい」
そんな急に人間の敵って言われたって、見たことも聞いたこともない。
「そんなのがいたら、もっとみんな知ってるんじゃないの?」
それこそ政府とか、もっと大きな機関から注意を促されそうなものだ。
「イーレッセは人から見えないんだ」
「え、でも」
じゃあ、さっきまで私が見ていたあれは何だったのか。能見先輩だって、明らかに見えていたようだけど。
「ごく稀に、特別に見える人がいる……」
「霊感みたいな?」
本当にいるかどうかは置いといて、幽霊も見える人がいたりいなかったりするし。
「霊感に関して僕は何も言えないけど……近いかもね」
シロは肯定した。
「そしてイーレッセは知らずのうちに人に忍び寄って――襲うんだ。襲われた人はそのまま消えてしまう、衣服も、身体も、骨も、きれいさっぱり、何も残らない」
「なにそれ……」
そんな恐ろしい奴がこんな身近にいたなんて、信じられない。ここにそれがいたということは、イーレッセに襲われた人がこの辺りにもいることになる。
「見えないから、みんな知らずにいるってこと? 気づいたら、いきなりいなくなってる?」
「そうだよ」
「そんな……」
自分のいる世界が、ぐにゃりと歪むような錯覚を覚える。この一時間くらいで信じられないことがたくさん起きたけど、今シロが言ったことが一番、衝撃的だったかもしれない。
「シロは、イーレッセなの?」
おそるおそる訊く。日本語を話す犬、教えてもいない私の名前を知っていて、世間で知られていないイーレッセという存在に詳しい。
「し、シロ?」
シロは私が勝手に決めた名前を初めて耳にして、戸惑ったようだった。
「それはいいの、置いといて」
その名づけの意味を聞いたらシロは怒るかも知れないから、黙っておく。それに、今はそんな話がしたいわけじゃないし。
「まあ、いいけど……」
「うん。それでシロは?」
もちろんシロがあの白づくめみたいに、とにかく悪い奴だとは思っていないけど、どちらも普通じゃないのは間違いない。
「僕はイーレッセじゃない。むしろ、その武器側かな」
シロは私の手の中の、あの銀の棒を見た。そういえばここまでずっと握ったままだった。
「そういえば――さっきあいつを殴った時にね、ぱぁっと光ったの! 能見先輩もやっぱり、きらきらしたようなものを散らしてた。あれって何だったの? まるで魔法みたいだった」
あの現象をうまく言葉にできなくて、説明が擬音だらけになってしまう。