ひとりよがり 4
だからってそれに無理がないわけがなかった。
背後の死角から人型の腕が迫る、それを察知した凛子先輩は素早く反転して氷の盾で受け止めた、でも無理な姿勢で受けたせいで、ほんの少しだけ体勢が崩れた。そこに犬型が飛びかかるが、それも空いた手を振り払ってなんとかやり過ごす。
そうして後手に回っていき、凛子先輩は追い込まれる。それでもすごい反応速度でその場その場をしのいで――完全に見逃した人型の腕が、その背中に直撃した。
一瞬、凛子先輩の身体がスローモーションのようにふわりと浮いて、すぐに地面に叩きつけられ、数メートル転がった。
イーレッセがその隙を見逃すわけもなく、すぐさま殺到するように動き出す。
「凛子先輩に触らないでぇっ!」
声を限りに叫んだ。あと少し――あと数歩もあれば間に割って入ることできるのに。
何でもいい、どうかあとほんの数秒だけの猶予がほしい。イーレッセを必死に睨んで、念じて――視線だけで全員焼き殺せたらいいのに!
その時、ばちっと小さな破裂音がした。先頭にいた人型のイーレッセが驚いたように顔をそらして、立ち止まった。ばち、ばちと小さな打ち上げ花火が上がったみたいに、火花が連鎖してそれぞれの目の前ではじける。イーレッセたちは予期しないその小さな爆発に驚き、一瞬だけ足を止めた。
しかしその現象もすぐに止まり、害がないと判断したイーレッセはあらためて凛子先輩を向く。でもそれだけで、私にとっては十分だった、
「どいてぇ!」
ミョルニルを両手でしっかり握って振った。そのまま自分自身が駒になったように、遠心力をつけて回る。
逃げ損なった人型の一体が銀の棒に打たれ、閃光と共に爆ぜた。残りの三体は飛び退くことで避けたものの、凛子先輩に襲いかかろうとはしない。
私は右に避けた人型にミョルニルを振る。相手は上半身を反らしその軌道を避けようとする。
そこに電撃を放つ。ミョルニルの先端が光り、棒身が伸びたように雷が先へ続いて、イーレッセのちょうど脳天を貫く。イーレッセは電池が切れたかのように動きがぴたりと止まって、そのまましゃがみ込むように動かなくなった。
ミョルニルを伸ばすイメージで雷を放ってみたけど、うまくいった。ただの思い付きだったけど、こんな使い方もあるんだって、自分で驚いた矢先――ミョルニルを持つ右手に激痛が走り、じんじんと熱くなった。
「くぅ……離して!」
犬型のイーレッセが唸りながら、私の手に噛みついていた。ぶんぶんと腕を振って振り落とそうとしても、剥がれるどころか余計に牙が食い込んで痛みが増す。
握っていられなくなったミョルニルが手からこぼれ落ち、甲高い音を上げる。
「やめ……て」
血が流れて、気が遠くなる。鋭いイーレッセの視線が、突き刺すように私を睨んでいる。
すると突然、噛みついたままのイーレッセの頭部を。白い手が包み込んだ。掠れる視界の中で目を凝らすと、それは肘までもある長手袋に包まれた純白の手だった。
手は円を描くように頭頂部を撫で、そのままこめかみ、顔と移動して、流れるように高い鼻梁を手繰り、噛みついている口内に到達する。
開けっ放しの冷凍庫の前にいるような、ひんやりとした冷気が漂ってきて、それからひり、と火傷した時のような痛みが、腕に走る。
「もう少し我慢して……」
すぐ隣から、凛子先輩の声がした。それだけでイーレッセに噛みつかれたままなのに――ああ、大丈夫なんだって、安心してしまう。
そのまましばらく、凛子先輩の行為は続いた。牙の痛みが消えていって、代わりに刺すような冷たさがじりじりと腕の感覚を侵食していき、やがてそれすらも消えていく。
「もう、いいわね」
凛子先輩の腕が、むんずとイーレッセの上顎と下顎をそれぞれ掴んで無理矢理ひらく。
「いたっ――」
牙が腕から離れる時に皮膚が引っ張られるような痛みが走ったけど、傷口から血が溢れることもなく、患部が白く変色しているだけだった。
イーレッセを抱えた凛子先輩は、動かなくなったイーレッセの身体を地面に置き、魔法で作った針を突き刺し、止めをさした。それから立ち上がるとハンカチを取り出して、それを私の傷口にきつく巻いてくれた。
「ありがとうございます……」
「礼を言わなければいけないのは私の方――」
気落ちしたように、凛子先輩は口ごもる。




