複雑な気持ち 9
「大丈夫ですか?」
心配になって声をかけた。私の知らないうちに怪我をしているとか――
「え、ええ――何でもないわ」
そう言って笑ったけど、やっぱりいつもよりどこかぎこちない。
「それで霞、お願いがあるんだ」
そんな凛子先輩を尻目に、シロは話を進める。
「なになに?」
「正式に魔法使いになって、イーレッセと戦って欲しいんだ」
既視感。私の時みたいに、シロは単刀直入にそう頼む。前も感じたけど、急すぎると思う。もう少し段階を踏んでくれた方が、いい返事もしやすいだろうに。
「うん、いいよ」
「い、いいんですか!?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。即答どころか、悩むような素振りすらもなかった。
「え、おかしいかな?」
「おかしいというか……詳しく話を聞いた方が……」
「一応聞いたよ。イーレッセが悪い奴だって話でしょ?」
「それでもいいんですか?」
見も知らない誰かを助ける、負ければ自分自身が消えてしまうかもしれない。そういうのに対する恐怖心はないのだろうか。
「もちろん。あたしがやらなきゃいけないんなら、考えるまでもないし」
「そう、ですか……」
自分が散々迷って、凛子先輩にも迷惑をかけたのが、すごく馬鹿みたいだ。魔法使いをやっていると、ない自信がさらに悉く消えてしまう。
「それにさ――かっこいいし! 魔法だよ、魔法! まるで魔法少女になったみたいだよ!」
握った拳を振り上げて、大和先輩は力説する。それに関しては私も同じような想像をしたから、人のことは言えないかもしれない。
「とにかく、これから頼んだよ」
大和先輩の勢いに、頼んだシロ本人も圧倒されているようだ。
「大和先輩も仲間、なんですか?」
「これで、正式にね」
シロがうなずく。
「よろしくね、結衣!」
大和先輩がぐいっと私の手を引っ張って、握手させられる。
「はい……お願いします、大和先輩」
「その大和先輩っていうのはやめよう、なんか距離感じちゃうし。霞、でいいよ」」
「でも、さすがに呼び捨ては……」
上級生をいきなり呼び捨てにするなんて、いくらなんでも無茶だ。
「ええ……霞って呼んでくれないとあたし……結衣のこと上本後輩! って呼ぶよ?」
「それは――どうなんでしょう……?」
「いいからいいから。霞って、ほら!」
私の手を取り、勢いで言わせようとぶんぶん腕を振る。
「……霞」
頑なに抵抗するのもおかしな気がしてきて、結局求められるままに目の前の人を呼び捨てで呼んだ。本人がそれでいいのなら、いいんだろう――たぶん。
「よし、それでよし! 凛子も、あらためてよろしく」
くるりと大和先輩は凛子先輩を向いた。
「凛子?」
霞がそう言っても反応がなく、凛子先輩は前をぼうっと見たままだ。
「ごめんなさい……話が終わったなら、先に帰るわね」
ふと視線が合って、凛子先輩は無表情でそう言った。
「え……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、少し用事を思い出しただけだから。それじゃあまたね」
凛子先輩はそう答え、そのまま私たちに背中を向けて公園を後にしてしまった。
「凛子先輩……どうしたんだろう?」
「ああ……どうしようかな……」
霞が腰に手を当てながらぼそりと呟いた。
「え?」
「なんでもない、なんでもない。こっちの話」
手を振って霞はそう否定したけど、私の知らない何かを知っているのかもしれない。
「霞は、凛子先輩の友だち、なんですか?」
クラスでも顔を合わせていたり、名前で呼び合っていたり、そういう関係性のようにも見えるけど、凛子先輩の態度を見ていると、そうでもないような気がしてくる。
「んー、難しいね。腐れ縁なのは間違いないけど」
珍しく歯切れ悪く霞が答えた。
「昔からの知り合いなんですか?」
「どうしたの? 急にぐいぐい来るね」
「あ……すみません」
凛子先輩のこととなると、我を忘れてしまう。様子がおかしかったし、霞は私よりも詳しくて、それがなんだか悔しい気がしてしまうからだろうか。
「親が知り合い同士でね、それで昔から」
「そうだったんですか……」
「まあ、凛子は心配いらないと思うよ」
「はい……」
「それよりさ、結衣の教えてよ」
携帯を掲げながら、霞が言った。
「わかりました――って、ああっ!」
霞にそのことを言われて、大事なことを思い出した。
「ど、どうしたの?」
「凛子先輩の連絡先聞くの、また忘れた……」
校門の前で聞きそびれ、そのままここまで急いで来て、そして凛子先輩はもう帰ってしまった。いったいいつになったら、私は凛子先輩の連絡先を聞くことができるのだろう。
「それなら、あたしが教えてあげようか?」
「いえ……大丈夫です」
霞の申し出を断る。ただのわがままだけど、やっぱり本人から直接、聞きたかったから。
「とにかく――三人で、これから頼むね」
これまでじっと私たちの会話を聞いていたシロが言った。
「任せといて!」
自信満々の返事は霞だ。
私は――凛子先輩と二人きりではなくなって少し複雑だったけど、今日みたいなことはこれからも十分ありえることで、仲間が多いのはきっといいことなんだと思う。霞は変わった人かもしれないけど、それでもそれはそれで楽しそうだし。
ただ――
凛子先輩が去ってしまった方向を見つめた。心配というか、霞と会ってからの先輩の様子は、ずっと心にひっかかったままだった。
*