シロと魔法使い 1
騒がしい目覚ましに起こされ、慌てて学校に行き、眠い目を擦りながら授業を乗り越える。終わったら今度は部活に行って、へとへと。
つらいけど、嫌いじゃない。でも同じような毎日。
そんな「当たり前」が、今日は無性に気になった。このままでいいのかな、とか、ずっとこのままなのかな、などなど。悩みっていうわけじゃなくて、ただ気になるだけ。
どうして今日に限ってなぜ、そんな風に感じるのか――考えれば、それは絶対、あの夢のせい。
手を繋いで夜の空を飛んだ。まるでピーターパンに連れられた子供のように、相手は同じ歳くらいの女の子だったけど。自由に、鳥になったみたいで、耳元では風を切る音、肌に触れる空気がひんやり冷たくて、心地よかった。
自分でもそれがただの夢だってわかっているのに、ちょっと「普段」の日常に不満を覚えてしまっているのはそのせいだろう。
――単純。
そう考えたらなんだか急に恥ずかしくなって、私はひとり苦笑いを浮かべた。
部活の帰り道。駅から少し歩いて、近道の路地に入ったところ。
「あれ?」
ふと、前方に私と同じ高校の制服を着た女子高生がいることに気づく。初めてかもしれない、電車で数駅とはいえ、自分の家の近くで同じ学校の人に会うのは。
女子高生は足を止めて、何かを見上げていた。釣られて私も、目で追う。
そこには所々に錆びの浮いた金属の、工事中を示す灰色のフェンスと、その先に建設途中で開発中止になってしまったらしい、何年も背が伸びていないビルが立っていて、その屋上一体の骨組みを覆うように、雨避けのシートが一応被せてあった。
何しているんだろう。それに女子高生の横顔が、知っている人に似ているような気がする。
気になって遠めに見ていると、おもむろに女子高生は歩き出し、フェンスの先に消えた。
「うそっ!?」
私は驚いて女子高生がいた場所まで駆け寄った。
工事現場の入り口はいつも固く閉じられていて、中に入ることなんてできないはず。
だけど今日は、人ひとりなら通れるくらいの隙間が、来るものを誘うように開いていた。
ごくりと唾を呑む。中は怖いくらいにしんと静まり返っている。暗い口を開けたフェンスを睨む。どうしてあの女子高生はこの中に入っていったんだろう。
それでもいつもの私なら、たぶん回れ右をして家路についたかもしれない。だって、この先に行くってことは不法侵入なわけだし、さっきの女子高生と鉢合わせしたら、気まずいし。
でも私は、フェンスを横向きの蟹歩きで抜けていった。入り口が開いていたという非日常が、まるで夢の延長線上にあるような気がしたから。
先に進んで、それで空を飛べるわけでもないのに――
「おじゃましまーす……」
小声で一応、そう断っておく。
中は雑然としていて、いかにも工事現場といった感じだった。そこらへんに転がる、鉄骨や長い鉄棒の数々。工具らしきものも散らばっている。
目の前にはでんと聳えるビル。見上げれば地上十階くらいは余裕であるんじゃないだろうか。
さっきの女子高生はどこに行ったんだろう。
ぐるりと視線を回す先で、影がビルの中へと駆け去っていくのが見えた。夕方のせいで、ビルの内部は暗く、ここからでは先がどうなっているのかはよく見えない。というか、建設途中のビルに入るなんて、さすがに危なすぎないだろうか。
とりあえず入り口まで近づいてみる。中は真っ暗とまではいかないものの、やっぱり暗い。太い柱が均等に並んでいるだけで、あとはだだっ広いフロアだけの空間だ。。
「どうしよう……」
さすがにこの中に行入るのは気が引けた。夜の校舎じゃないけど、人の気配のしない大きな建物って、何か出そうで怖い。
それでもさっきの女子高生が気になる。それにここまで来て引き返すっていうのも、臆病風に吹かれたみたいで、ちょっとくやしい。
とにかく危なそうだったら、その時は一目散に逃げよう。
そう自分に言い聞かせて、ビルの中に入った。床がすごく埃っぽく、上を通ると煙のようにもわりと舞い上がる。
床には私以外の足跡があって、それが転々と続いていた。辿っていくと階段があり、足跡は躊躇した様子もなく、さらに先へと進んでいる。
私は半分自棄になって、それをさらに追った。