第六話・手を伸ばし(夜涼side)
日は沈み、葉がザワザワと闇へ誘う。
昼間とはまた違った畏怖が森の中に漂よっている。
「もし『これ』が起きた時危険でしょ? 見張るのに連れてくから貸して。」
「ふん。身代わりぐらいしか役立てねぇもんな。今日はもう良い。さっさと消えろ。」
不信感を持たれないように適当に理由を言えば、予定通りの返事と共に小さな檻を渡された。後はこの場から離脱するだけだ。
「じゃあ、いつも通り離れて寝てるから。またね〜。」
歩くように男達から離れ、相手から見えなくなった所で、近場にあった木の幹に片足を乗せ、一気に枝へと駆け登った。
(夜こそ用心棒に寝ずの番をさせるべきなのに。ま、こっちは楽でいいけど。)
雇われた初日に、一応寝ずの番を申し出たら拒否された。どうやらアチラさんは寝込みを襲われると思っていたらしい。用心するのはいい心得だと思う。だけど、野宿初心者は大人しく匿って貰っていた方が身の為だ。
そう思ったが、言っても無駄なので黙っていた。
僅かな香りと気温の変化を頼りに枝と枝を渡りながら寝床とする小河を目指す。移動しながら受け取ったモノの確認をした。
先程受け取った檻の中には、片手に納まる大きさの子兎が窮屈そうに傷まみれの身体を丸めているのが隙間から見えた。檻から出してそっと触ってみる。
薄紅色のふわふわだった毛は見る影もない。それに、兎の平熱なんて分からないけれど、少し熱い気がする。そう思うと途端に、今頃呑気に寝床を探しているだろうあいつ等を切り捨てたくなった。
手に持っていた檻は鈍い音と共に変形し使い物にならなくなったので、その辺の枝に棄てた。
普通、闇属性である魔獣・妖獣は光属性の攻撃に弱い筈である。今頃皮膚がドロドロになって骨が見えていても可笑しくはない。それなのにこの子はまだ『能力』の弱い幼体である筈なのに軽めの擦り傷・切り傷だけで、生き残っていた。
まさか小型であるのに『能力』が強いのだろうか。必ずしも身体の大きさと能力の大きさが比例する訳では無いけれど。
(それだとしても光属性の攻撃を受けて生き残るなんて珍しい。この子なら逃がしてあげようかなぁ。)
治癒術をかけてあげた。特性はそんなに高く無かったから、傷が浅くなるぐらいにしか成らない。
と言っても、人間には闇属性である妖力・魔力を持つものしか居ないので、精々その人自身の治癒力を高めるのが関の山だろうけど。いくら『能力』を変換させて術を使おうとも、元々が正反対の性質を持つ力なのだ。
その分野に重きを置いている人でも、深めの切り傷程度を治すのが限界だった。
幾分か呼吸が落ち着いてようだ。
子兎を暖め、同時にあいつ等に見つからない様、優しく手で包み懐に忍ばせた。
「今日はもう少し遠い場所で野宿しよう」なんて柄にも無い事を考えながら、夜涼は闇に紛れて行った。
ピクリと胸元の合わせが動く。
どうやら目が覚めたらしい。しかし、何時までも再び動く様子がない。大方、怯えて動けないのだろう。攻撃を仕掛けてこない。まるで能力の持たない、普通の獣のようだ。動けない程の傷が残っている訳でもないのに。
こういう時は何かきっかけが有ると膠着状態が解けやすい。混乱状態にも陥りやすいけ――――
「ふぎゅゅ〜!」
やばい! 落とすっ!
声をかけたのが不味かったらしい。案の定、子兎は暴れ始めた。咄嗟に捕まえようとして手を伸ばす。
バサッ。
(今度は何!?)
1人で敵国の幹部を殺しに行った時よりも感情が露わになったかもしれない。
子兎の背に可愛らしい翼がはえていた。翼獣種はそれ程珍しくも無い。が、
(体毛の色も珍しかったけど、翼までまさかの純白だったとは。)
“純白”は光属性――――神獣を表わす色。
決して闇属性の魔獣・妖獣は許されない色の筈だった。
嘗てなかった程気が動転していた夜涼はもう一つの可能性に気付かなかった。
にしても翼が有るのに走って逃げてたなんて。案外うっかりさんなのかもしれない。
足手まといは嫌いだった筈なのに、何だかあまり嫌な気分にならない。
暴れたと思ったら、じっと僕を見て動かなくなったり。
獣のくせにやけに表情が豊かで、くるくる変わる。やっぱり面白いと思った。
移動の為に合わせに入れ戻した時も、抗議するかの様にちょんちょん叩かれたけども、攻撃はされ無かった。獰猛な性格である獣だという事を忘れそうだった。
子兎を巣に帰しに行った時はあいつ等の話を聞いてかなり苛立ったが、同時にもう少しの間子兎と居れる事が嬉しかった。
その後、たまたま持っていたプリンをあげれば、警戒していたようなのにとてもキラキラした瞳でプリンを食べていた。そんな何気ない姿がとても可愛く見えた。
時々こちらの話が分かっているような行動を取るのが気になったが、人間の表情を読み取れるぐらいの高位の獣はいても言葉を分かる獣は居る筈が無い。ましてや、分かったとしても能力持ちの獣が自ら人間の為に行動するのはもっと有り得なかった。なのに気を利かせて薪に火を点けていたのには驚いた。
術を使えるはずの無い獣がだ。
相当知能が高いのだろう。
おまけに人間にも、獣にさえも厭われる混血児を嫌がる素振りも無かった。
食事中に撫でても攻撃されなかったのは、単に気分が良かっただけかもしれないが、寝ていた時に傍に寄ってきたのは違うだろう。
僕を完璧に信用している訳でもないのに。こんな面白いものを逃がしたら勿体無い。
「欲しいな。」
微かな声が闇夜にとける。
腕の中にある小さな温もりが暖かかった。