第十三話・もしかしてここも弱肉強食!?
暗い。何処だろう、ここ。流石に獣といえども真昼の明るさから暗闇へと一瞬で移動させられれば、目が眩む。
夜涼の着物の端をしっかりと握り締め、短い前足を伸ばせるだけ伸ばす。結果は、予想通り宙を掻くだけだったけれど。
次第に目が慣れてくると、意外と広い空間にいることが分かった。そして地面からはカサカサといった音が漏れてくる。丁度紙と紙を擦り合わせたような音だ。
ふわりと見えない膜に包まれたような感覚がした後、 底 が 抜 け た。
何のドッキリだよ! 激しいアトラクションに乗った時のような浮遊感が私を襲う。いやまだそのほうが良かったかもしれない。なんと夜涼は空中で回転しやがったのだ。命綱も付けていないのに!
私は言ってやりたい。皆超人じゃないんだぞ、と。
結果はやはり、風音ひとつ立てずに夜涼は着地していた。うん、失敗するとは思っていなかったけど。だけどね……
じわじわと沸き上がった憤りを、夜涼に頭突きする事で発散した。絶対に力は足りてないので何度も重点的に鳩尾目掛けて攻撃する。
「夜涼か。蝿は追い払えたのだろうな?」
「当たり前でしょ。寧ろ物足りないぐらだよ。偶には血が見たい。」
「なら良いが。
して、其の毛玉は何だ? 許可もなく連れて来たからには、何かしら理由があるのであろうな?」
夢中で頭突きをしていた私は視線を感じ、ようやくその人物に気付いた。
低く威厳のある声。何重にも重ねられた着物は、所々に金の刺繍がされ、一目で高そうなのが分かる。
執筆途中だったのだろう。右手に筆を持ちつつ、(故意では無いといえ目の前に落っこちて来た筈なのに)別段驚いた様子も無く、漆黒の瞳を値踏みする様に眇めこちらを向いてていた。
びくりとして硬直した後、夜涼の着物に隠れ、隙間から意味も無く視線をさ迷わせる。緊張から挙動不審な行動をしてしまったが、お陰でここがどんな所か少し予想がついた。
多分もしかしなくても帝の執務室なのでは、と。広い部屋の一面には御簾が垂らしてあり、それ以外の三面は襖で仕切られていて、中央にはさらに小さい部屋のようなもの……確か前世で御帳台とかと呼ばれていたものに似ている。そこには先程からずっと私を見ている(い、いたたまれない……)いかにも高貴そうな御仁が鎮座していた。
下には畳が敷き詰められ、上を見れば見にくいように天井と同色系の色で魔法陣らしきものが描かれていた。もしかしてあそこから落ちてきたのか。意外と高いんだけど。
「この子兎の名前は白月。
密猟者たちに追われている間に、どうも家族とはぐれてしまったみたいでね。せっかくだし『使役獣』にしようと思って。だから今回の報酬はその許可が欲しい。」
「待て、その前にその名は真名ではないだろう。秘匿されるべきだから良いが。
しかもこの雰囲気。夜涼、御主もう『契約』してしまっているな?
はぁ、まさか御主に懐く様な変わり者が居るとは思わんかったが。分かっているだろうが、それなりの『能力』持ちで無ければ御主の部署で飼う許可は出せぬぞ。」
帝らしき人物は疲れた様子で、夜涼には諦めたような表情を、私には胡散臭そうな表情をした。
ひいぃぃ、すみません。迷惑事を増やしてしまって。獣のくせに戦闘系は何も役に立たない軟弱者です。何かあったらすぐに逃げると思われます。でもせめて、せめて治癒とか補助系だけでも頑張りますから! いざとなったら非常食にしてやるとか物騒な事は考えないで下さい!!
威圧を感じて、私はビクビクしているというのに、なおも夜涼は涼しい顔でお偉いさん相手に平然とタメ口で話を続ける。
「燐毅帝は僕が役立たずを何よりも嫌っている事分かってるでしょ。見ての通り白月はひ弱だけど、治癒の能力は強いみたいだよ。小さいとはいえ重体の魔獣二匹治したぐらいだしね。」
「まさかその淡い色といい、神力といい神獣か? 〈月兎〉では無かろうな?
いや決めるには未だ早計か……。御主のせいで頭が痛くなって来たぞ。そんな希少種をどうすれば見つけられるんだ……。」
ああっ……、やっぱりお偉いさんなのか。こんな簡単に得体の知れ無い神獣を連れて来てセキュリティは大丈夫なのだろうか。
きっと余程、夜涼を信用しているか、もしくは燐毅帝自身がとても強いかだな。どっちも……と言いたいところだけれど、夜涼の事だからなぁ。恐らく後者の比重が殆どだろう。
夜涼の微笑みに惚れたが最後、首に剣が刺さってそうだな、なんて思ってませんよ?
燐毅帝の美しい顔は物憂げに、眉間にはシワが刻まれる。溜め息さえも美しく感じるのは私の気のせいだろうか。そこには夜涼とはまた違った成人男性の色気が詰まっている様に見えた。
「採用するにも試験はせねばなるまい。近いうちに遣いをやるから、それ迄は裏宮から出すな。
――――利益になるか、波乱を呼ぶか。考え所であるな。」
試験だと……!? 前世でもろくな事にならなかった奴ではないか! どうも緊張してテンパるんだよね。
嫌な事を思い出しているうちに帝の最後の言葉を聞き逃してしまった。そんな重要な事は言ってないと思いたい。あんな威厳たっぷりの人に話しかける勇気もないしね。
「もうよいぞ。」
「失礼しましたっと。」
夜涼は何処にそんな脚力があるのか分からないが、ひょいと天井に手を掛け一回転。あっという間に天井裏に戻っていた。だから予告してってば!
私はまたしばらく酔いと戦うことになるのだった。