第十二話・そこは何口ですか?
人間よりも優れた嗅覚が磯の香りを捉える。宿場町と言うのだろうか。古風な木造建築が建ち並び、前世よりも低い町並みの隙間から青い水平線が見えた。
碁盤の目の様に広く区切られた大通りは人力車や牛車がゆったりと通り抜ける。大通りから二本隣の通りでは運河が流れ、なだらかな坂の先にある水路に一部が流れ込んでいた。その水路の中央には“豪華絢爛”といった文字が似合う巨大な城が見えた。
「ここが蒼碧國の首都『青龍』だよ。今でこそ他国とも貿易をして異国の文化も取り入れているけど、十年ぐらい前に条約を結ぶまでは隣国と戦争ばかりしていたんだ。……もう面影はないけどね。
指定の港町で他国と取引された貿易品は、この大きな運河を使ってここまで運ばれて来てるんだ。だから水の都とも言われてる。」
ふ~ん。じゃあ異国の珍しいものが沢山ここに集まって来るのかぁ。
うんうんと私は夜涼の話に相槌をうった。
すると、体が揺れる。というか厳密には私が触れている夜涼の体が揺れていた。
「くくっ。いや、隠しきれてないからね? さっきから月代、話聞いてないでしょ。そんなに着物から身を乗り出すと落ちちゃうよ。」
夜涼が堪え切れずといった様子で笑っていたのだ。
なんでバレたしっ。前世の大人の余裕はどこに行った!? 確かに焼き魚の美味しい匂いがするなとか、あの団子黒蜜かも、とか見てたけど。一応夜涼の話も聞いてるつもりだったのに。子ウサギになってから幼児化が進んでる気がするよー。
「何で気付かれたの、って顔してるね。簡単だよ。鼻をピクピクさせながら、耳が明後日の方向向いてたからね。
興味深々なのは分かってるけど、今日はまだ帝に報告とかがあるから、城下町にはまた今度来ようね。」
「ぷきゅ……(そっか、分かった……)。」
忙しいのは知っていたけれど、やはり面と向かって断られてしまい、ついつい耳が垂れる。
その様子を見兼ねた夜涼に、頭から尻尾まで撫でられ、仕上げとばかりにポンポンと頭をつつかれた。
むぅ。撫でられたのは気持ち良かったが、子供扱いされたようで私としては複雑だった。
夜涼が歩く振動が止まり、重くなっていたまぶたを開ける。堀に囲まれた城は、近くで見ると想像以上に大きい事が分かった。見上げている私の首の方がつりそうだ。
運河から堀に水が流れており、その間を繋ぐ水路には柵・壁・柵とサンドイッチの様になっている水門があった。水量調整と外敵対策だろう。ところで城へはどう行くのだろうか。
そんなに身じろぎしたつもりは無いのだけれど、夜涼はその僅かな振動に気付いたようで、視線だけでこちらを向いた。ボソリと私でもギリギリ聞こえるような声で話す。
「起きた? もしかして城が気になるの?
ここの城は珍しく見た目よりも実用性重視なんだよ。堀で囲んで、普段は橋を釣り上げておく事で不審侵入を妨げているんだ。
まぁ無理をすれば行けないこともないけど。普通の人なら細切れになってるかもね。」
どんなホラーハウスだよっ!? 怖っ。
夜涼は私がビクビクしている間にも、門に立つ緑系の着物を着た剣士の一人に親しそうに二言三言話すと橋を下げてもらっていた。
そう言えば、これで剣士の着物の色も三色目だ。どの着物も型は同じなのだが色の系統が違う。何基準で分けているのか気になる。
えぇ。分かっています。こんなのは現実逃避です。いくら前足を突っ張り、後ろに踏ん張ろうとも前には進むものです。
淡々と進む夜涼のせいで、目の前には件の橋が迫っていた。
「ぷぎぃっっ(ひぃぃぃ)。」
「ちゃんと門番に(僕が)認証されたから大丈夫だよ。それに僕はそんな簡単に殺られない。」
何か言葉の間に間があった気がするが、言えるはずも無かった。夜涼は誰もが見つめるような美しい顔で、こそりと深みのある笑みを浮かべている。橋も怖いがこっちも怖い。
「ぷぎぃっ(ひぃ)。」
「ちょっと静かにしててね。あまり見つかりたくないんだ。すぐ終わるから。」
あ、はい。すみません。
一度深呼吸し、気持ちを落ち着かせた。
ここには任務とやらの報告をしに来たはずだ。しかし夜涼は剣部の長であるはず。となると、その上は……帝? いやいや、まさかね。こんな会って数日の不審生物をそんな所に連れて行くわけではないだろう。
夜涼は私をどこかに置いて行くんじゃないかなぁ。
「ちょっと待ってて。ええっと……あった。」
意外にあっさりと城の土地内に入った夜涼(と私)は、庭園で素早く親指ほどの小さな白い花を探し取る。夜涼はそれを持ち、城に入ってすぐの廊下のちょっとした袋小路の壁に、右手に花を、左手に札を持ちいっせいにそれらを壁に擦り付けたのだ。
私は、壁にあらかじめ模様が描かれていたがそれだけだと思っていたのだが。
次の瞬間、私達は空間を移動していたのだった。
遅くなって申し訳ないです。
先月更新できなかった分、今月もう一度何かしら更新出来るように頑張ります。