第十一話・可能性(夜涼side)
夜涼自身は元々獣が嫌いだという訳では無かったが、能力持ちの獣だけでなく、一般的な獣にも嫌われていた。
だからと言って関係を良くしようと思わなかったし、自身も自分よりも弱く足でまといになるものは必要としていなかったので、いままでは必要最低限しか関わりが無かった。これからもそうだと思っていた。
自分の懐で警戒心が欠け過ぎて、野生で暮らしていたとはつゆ程も思えない子兎を見る。
何時も無意識につくり笑顔を浮かべている筈なのに、この時ばかりは口元が緩むかのように勝手に自然な笑みが出来ていた。
――――月代。
自分の使役獣の名であり、生涯変えることの出来ない魂の名である。それを知っているのは自分だけだ、という事を考えると滅多な事では揺れ動かないはずの気分が高揚する。
だからなのか。すんなり月代に自分の真名を教えていた事に後から驚いた。けれど不思議と不快感はなかった。むしろ知っていて欲しいとさえ感じていたかもしれない。
夜涼は地に足を付けることなく都へと森の中を移動する。次から次へと幹に手を伸ばし、時には身体全体を使い回転しながら遠い位置にある幹へと飛び移る。枝を折り証拠を残す事も無い。
朝焼けの様に夕日が煌めく。
眠りの浅い夜涼は、今朝月代がいなくなったことに気付いていた。そう、わざと最後に逃げる隙を作ったのだ。
やはり、どんな奴も一緒かと思った。けれど月代は予想に反し、帰って来た。
(気まぐれの筈だったのに。)
どうしても離し難い。
能力持ちの獣は人間よりも上位に立っていることを忘れてはならない、常に脅威に晒されていることを忘れるな。死にたくなければ、敬う事を忘れてはならない。それが能力持ちの獣と関わる事の出来る、特別な者達の常識だ。
だが夜涼にはそんな常識など通じない。『能力』を使わせる前に喉を掻き切ってしまえばいいのだ。夜涼にはそれが出来た。
だから自分でも何故月代に話しかけたのか分からなかった。偶然か。はたまた運命か。
余程知能が高くとも、獣は獣。人間の表情は読めても、言葉を理解する事は出来ない。それ以前に自尊心が高く協調性がほとんど無い。
分かっていて話しかけたのは無意識の内に月代が予想を裏切ってくれる事を期待していたのだろうか。
真名の話の時など頷いていたことから、やはり月代は言葉を分かっているようだった。
(面白いなぁ~、月代は。)
怪我をしていた獣を治したときも驚いた。治癒術をかけたこともだが、その治癒術の強さにだ。
絶対にあそこまで強い治癒術を使える者はこの世界のどこにも居ない。あの小さい躰の何処にそんな『能力』が有るのだろうか。
伝説の〈月兎〉。
白い体躯に翼、惹き込まれるような月に似た金色の瞳を持つという。それは神の眷属でありながら、闇に属する月に恋した哀れな兎。天から堕とされ、愛しき月とも逢えず地へと真っ逆さま。
よく似た漆黒の瞳を持つ子兎は何処からやって来て何処へと向かうのか。
恐らく月代は〈月兎〉でないにしても、希少な神獣だろう。でなければあの治癒術の強さに説明がつかない。
魔力は自然の力を借りた術に長け、妖力は催眠等の精神攻撃や空間操作に長ける。そして、最も珍しい神力は治癒や修復等の術に長けている事が知られていた。
ばれる訳にはいかない。あんな面白いものを國に盗られるわけには行かないのだ。
(帝に何て報告しようかなぁ~。ま、あの人は実力主義だからやりようは沢山あるか。)
これからどんな嵐が吹き荒れるのだろう。
夜涼は、口角を僅かに上げるとぺろりと赤い唇を舐めた。
今回量が少ないのでもう一話投稿します。1/2話。