第十話・何処までも転がる桜饅頭②
パニックに陥った私の脳内では、数少ない獣としての本能がやられる前に倒せと訴えている。それに身を任せるように崩れた体勢を直し、二人を見据えた。
「ゔ~ゔ~。」
剛輝長官と翔流青年は作業の手を止め、目を白黒させていた。何だ、やるのか!
私は恐怖を押し殺し、後ろ足をダンダンと鳴らした。そこで回復が早かったのは剛輝長官だった。
「何だ、それ。攫って来たのか? まさかお前が?契約違反じゃねぇか。」
「そうですよ!
どうしたんだよ、その小さな子兎! 能力持ちとかじゃないよな? 牢に入れられるぞ!?」
「しかも、そいつ白色だぞ。」
さも重要そうな雰囲気で剛輝長官が相槌をうった。
「白じゃなくて薄紅なんだけど。」
細かっ! 夜涼、今それはどうでもいいことだよ。それより助けて!
私は戦闘態勢のまま、じっと話の先行きを見守る。横目度見た夜涼は笑顔のまましれっとしていやがった。
「それはどうでもいいッ!
……いや良く無い、良く無かった……。
白だか薄紅だか分からないが、体毛は明るい色で、翼持ち。と言う事は確実に能力持ちで、まさかの“神獣様”!?
瞳は黒いけど、翼のある神獣の兎ということは伝説の〈月兎〉?」
「どうだかな。滅多にねぇが、明るい色の魔獣とか妖獣も居るから確実とは言い切れねぇ。」
剛輝長官の話が余りにも信じれないのだろう。こっちの方に翔流青年が近づいて来た。何なのだ!
「おいっ、止めろっ!」
剛輝長官が焦った様子で静止の声を上げたのが聞こえた時には、既に確かめるかのように翔流青年に抱かれていた。
咄嗟に噛み付くか、魔力改め神力?を振るおうかと思ったのだが、擦り切れかかっていた理性が人としての常識を訴えていたので、相手を傷つけるということに気が引けて結局出来なかった。私威嚇してたのにそんなに迫力無かったのだろうか。
「どうしたんすか? こんな小さな子兎ぐらいオレでも軽くあしらえますよ。嗚呼、それとも神獣様に失礼だとか。
すみません、神獣様。ご無礼をお許し下さい。初めて実物の能力持ちである獣を見たもので。」
そう言いつつ翔流青年は好奇心丸出しで私の身体を撫でている。気持ち悪い訳でも無く、むしろ気持ちいい筈なのに、夜涼に撫でられた時と違い安心しない。
むむ~。私がまだ気を許していないからだろうか。居心地の悪さが付きまとう。ご機嫌斜めである。
反対に剛輝長官は大きく息を吸い、噴火する寸前だ。
「有り得ねぇ。翔流、てめぇ馬鹿かっ! 死ぬぞ!
たまたまその神獣が比較的寛大で人間にも友好的だったから良かったものの、今頃お前は消し炭になってたかも知んねぇんだぞ!!
獣相手だからって手を抜くなと何時も言ってんだろ! 人間並みに知能が高ぇ奴だって居るし、人間なんて虫螻同然なんだからな。
何時でも上にいる人よりも獣に敬意を払え。」
「何言ってるんですか。仮にこの子兎の知能が高くてオレが負けたとしても、剛輝長官が負ける訳が無いですよ。」
剛輝長官の怒声にビクビクしつつも、翔流青年はそこまで危険視している意味が分からない様で身をすくめている。
私はと言うと少し興奮した気分が落ち着いてきて、大人気無かったかなと思った。痛め付ける気満々だったしね。
「気付かなかったか? 現にそこの神獣の身体はかなり濃い色の金色の光がまとわりついていた。元々体毛が明るい色で分かりづらかったが。いずれ長官になるつもりだったんなら気付けたはずだ。
その溜めていた神力を開放してたら、ここら辺三十間が下手してたら吹き飛んでた。俺等は今死んでてもおかしくなかったんだ。」
翔流青年は口をぽかんと開け、これでもかと言う程険しく真剣な表情をした剛輝長官を見ていた。
あれれ? 何かおかしな台詞が聞こえたような……。死ンデテモオカシクナカッタ
、だと? 確かにやり過ぎたなとは思ったけど。
思っていたよりもやばかった事が分かり、さーと血の気が引いていった。三十間がどのくらい広いのかは想像つかないが、人を殺そうとするまで『能力』を使う筈では無かったのに。それこそ威嚇程度で。
考えていたよりも力の加減ができていないのかもしれない。早急にコントロールの練習をしなければ。
「良かったねぇ、僕の使役獣が変わり者で。こんなに友好的な能力持ちの獣なんて遭ったことが無いよ。
それで何時まで撫でているつもり? 任務も終わったし早く帰りたいんだけど。」
唯ならぬ雰囲気が夜涼のいる方角から流れて来る。可笑しい。いつの間にか、夜涼は神も見蕩れるぐらい美しい微笑で目の前に居た。また一瞬の間に音も無く移動してたようである。
自分に直接自分に向けられていないとはいえ、先程ポロッと衣から転げ落ちた時よりも背筋がゾワゾワとした。怖っ。
翔流青年も撫でていた手を、というか全身を石像のように固め、震えている。夜涼はその隙に私を掠めるように奪い取った。
「な、なぁ。そんなに怒んなよ、戒。どうしたんだ? 何時も、来る者拒まず去る者追わずで、気味悪い程笑みを崩さなかったのに。……殺気ただ漏れで死ぬかと思った。」
強気に振舞っているが、未だに震えが止まらない翔流青年を背中に隠すかのように剛輝長官が前に出て来た。
「翔流、お前事情を知らないとはいえ、結構命知らずだなぁ~。俺でも出来ればこいつに関わりたくねぇのに。
戒、その神獣どうするつもりだ? あんなに使役獣に嫌われ、自分も嫌ってた奴が。どういう成り行きでそうなったかは知らねぇが、双方同意の上で『契約』したんだろうな?
ああ、くそ! 本人同士が解約の意思がねぇと解約出来ねぇし。勝手に厄介事増やしやがって。
先に行ってるつもりなんだろ? 報告ついでにそいつの事も御上に伝えておけよ。」
おう……、何かすみません。御迷惑をおかけします。
「ぷきゅ……。」
しゅんとなった私は身体を縮こませた。長い耳はぺたりと垂れてしまっている。
「……か、可愛い。」
ボソッと聞こえた声に夜涼が悪魔の笑みを浮かべた事に、俯いていた私は気付かなかった。
「はいはい。分かってるよ。
白月行こう。」
優しく撫でられた時に違和感を感じ、無意識に翼が出ていた事にようやく気付いた。邪魔なので引っ込める。感情的になり過ぎて全然分からなかったよ。
それで白月って誰? ってこのくだり前もやったな、と思いつつ辺りを見渡して首を傾げる。
誰も増えてないじゃん、って私か! 呪い防止のために真名禁止ってやつ。成程、私の偽名になるのか。
ああっ! 待って! まだ帰っちゃダメ! 猫又と八咫烏の傷治してない。この世界なら治癒術とか使えるはず。
待っての合図という事で、夜涼の手をペシペシ叩き、反対の手で密猟者達の腰に付く檻を指さす。
「何? どうしたの? 檻が気になるの?
剛輝、それ取ってよ。」
「それって檻か? まぁいいが。
おい翔流、てめぇはもう一人のやつ取れ。」
「あ、え、はいっ。分かりました。」
剛輝長官と翔流青年はがさごそと檻を取り外し、私の所に持ってきた。
よしっ。気合を入れる。
額に力を集め、ほわほわ安らぐ感じで。
む~と頑張ると、金色の光が集まり、檻というか檻を持つ二人にまで降りかかった。
じわじわと獣と二人の傷が治っていく。一分ぐらいしてから傷が無いのを確認し、満足する。
やっぱ、やれば出来るもんだね。ぷきゅ、と一つ溜息をついた。
「はぁ!? 嘘だろ? 傷が治ってる。」
「結構深い傷まで治ってんぞ。おい、本気で何処でそんなの見つけて来たんだよ。俺でも見たこたねぇ。最高位にも入んじゃねぇか?」
あれ? も、もしかしてやり過ぎた?
二人とも仲良くしようよ、ねぇ。頼むから捕まえて利用してやるとか考えてないよね?
また懐に戻されたが、いたたまれない気持ちになっていたので助かった。隙間からそっと夜涼の顔を窺う。心なしか、瞬きの回数が増えている気がした。
「さあね。でもこれは僕のだから。
先に都まで行ってるよ。」
ふわっと内蔵が浮き上がるような感覚がした後、二人の姿は消えていた。
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「「「はぁ、はぁ……。」」」
夜涼が木をつたい姿を消した後、総勢八人の黄色い衣を着た男達が息を切らし、剛輝長官と翔流の元へと集まっていた。
「何処に行ってたんですか! 剛輝長官は速すぎます! 見付けるのに苦労したんですから。」
「翔流次長官も早いですね。流石です。」
平剣士達は口々に称賛を述べるが、もはや二人の耳には入らなかった。
「戒が感情を出すとはな。今度ちょっかい出してみっか。」
「程々にして下さい。命が幾つあっても足りません。オレだって我慢してるんですから。
でも白月ちゃん、小さな綿毛みたいで可愛かったです。お菓子とか食べますかね?」
「普通ならありえないが、あれならどうだろうな。
如何にもひ弱そうで戦闘には向いてないだろうなあ。」
2人はこれから起きる日々に想いを馳せていた。
もうそろそろ第一章の終わりも見えてきましたっ!
という事で、第二章に入る前に話のまとめを今後投稿する予定です。