mob.b(Ⅰ)
まず初めに、なぜこんなことになってしまったのか……それを話しておかねばと思う。
では、この物語を最初から読んでくれているであろう皆が知っている時間――プロローグを終えた辺りに遡ってみよう。
@'モブ'トイウ モノガタリ
人生には、いくつもの選択肢が存在している。
……まぁ、だからと言って、その全てを気負って選ぶ人間などまずいないだろう。
例えるなら、それは川の流れのようなもの。速かったり遅かったり、支流や本流、抗ってみたり流されてみたり……とそんな感じだ。
大きな決断など数えるほどしかない。
――が、何事にも例外はあるもの。
今、俺の目の前には女が一人立っている。
その女が言うには、どうやら俺は『人生の選択肢』ってやつを間違えたらしい。
「いえ、違います」
「…………」
違ったらしい。
「今、あなたが選ぼうとしていた『選択肢』は、そもそもあなたの人生に存在していないのです」
「…………なるほど。つまり俺はA、B、Cの選択肢を提示された時、Dを選択してしまったという話なんだな?」
「違います」
「――――違うのか」
また間違えた。
どうやら俺はうっかり屋さんだったようだ。
「あなたは『Dの選択肢がある』と信じ込み、その結果、『運命の流れ』自体から外されてしまったのです」
『運命の流れ』――?
「あなたの今いっていた川の流れ――そこから外れ、陸地に打ち上げられてしまっている状態。それが現在のあなただという話です」
そいつは――……まずくないか?
「ええ。極めてまずい――というより、すでに終わっています」
「……詳しく説明を聞きたい。それは――」
俺は一瞬、その事実を口にするのを躊躇った後、
「――現在、雪が降り始めているにもかかわらず、
何故か全く寒くないこと
と関係している……のか?」
女はサムズアップして答えた。
「理解が早くて助かります」
「――で」
「……『で』とは?」
「……俺は……その……なんと言うか……『死んだ』のか?」
心中穏やかではないものの、表面上は冷静に訊ねてみる。
「――――」
女――黒髪ロングに、縁のない眼鏡をかけた理知的な雰囲気を漂わせている――『双葉 景子』と名乗った女史は、少し顎をあげて考えるそぶりを見せた。
さっきまで、即座に答えが返っていたことから考えると、もしかすると――
「いえ、違います」
「――――え? ど、どっちが?」
というか、会った時から気になっていたのだが……
「えっと――キミは度々、何故か『俺の考えていること』にまで反応してるように見えるのだけれど……」
「ですね。出来るだけきちんと」
「ああ――うん、まぁ。 ……きちんとしてるんだ」
「はい」
「…………」
「…………」
…………うん。たぶん、これは俺が『聞かなければならない』ことなんだな。
「規定ではそうなっています」
そっかぁ……規定かぁ……
「はい」
「…………」
「…………」
「じゃ、じゃあ聞くけど……キミって『何者』?」
「――――」
……あれ?
また考え込み出した……?
「……少し、大雑把な質問ですが、何となく、理解はしました」
カクンと、子供のように頷く仕草が妙に幼く見えて――そういえば年齢もなぞだな。
名前は聞いた。見た目から判断するに二十歳前後といったところか。
全身黒のパンツルックスーツ。シャツも黒。革靴も墨色。ネクタイだけは染みひとつない白。
パッと見、長髪の美男子にしか見えないのだが、肩や胸、腰つきは女性だとわかるくらい体型に出ている。
「私の容姿は大体そんな感じです」
……そうだった。彼女は『行間』が読めるんだった。
「まさしく」
また頷き、ビシッ――とサムズアップ。
……うん、なんだろ。
チョット、ウザイ。
「…………」
……うわぁ、やだなぁ……この状況。俺かなりピンチ。
「――とりあえず、どこか落ち着いて話せる場所に移動しましょうか」
言うなり、彼女は踵を返して歩き始めた。
どこか――というわりにはしっかりした足取りで。
このときになってようやく、俺は自分が『厄介な物語に巻き込まれている』んだ――と実感し始めていた。
「やっとですか?」
「……ほんっっっとに、厄介なことになってるなぁ…………」
――――。
場所は変わって近所のファミレス前。
そこは以前から「不気味な店だ」と思っていた場所だった。
名前からして、全国チェーンの人気店であるはずなのに、何故かいつも、店内に客の姿を目にすることがない。
まあ……かくいう俺も、実際に中に入るのは初めてなのだが……。
「らっしゃぃマセー。何人様デスカー。お好きなトコにドゾー」
妙にテンションの低いウェイトレスが、ガラス張りのドアの前に鎮座していた。
「…………」
目の前に、
丈の短いスカートで、
且つ体育座りをしている少女――。
……実に素晴らしい。と、感涙を禁じ得ない状況なのだが……今は只、とてつもなく邪魔なだけである。
客がいないのは、『コレ』のせいなのではないのか?
――そんな事を考えながら、いまだ潰れていないのが奇跡とも思える店内へと足を踏み入れる。と、
「……こちらに」
と先を行く双葉女史に、一番奥のテーブル席まで連れていかれた。
内装に、特別変わったところは見受けられない。ごく一般的な『ファミレス』と思うのだが……やはり見渡す限り、客の姿はなかった。
席につくなり、
「あー……」
と気だるそうな声が上がり、そちらを向くと別のウェイトレスが注文(?)をとりに来るところ。
――ん?
よくよく見ると、玄関に座っていた女の子と同じ顔をしていることに気付く。
こちらは、制服の乱れかたに妙な『色気』が含まれていたが、それ以外は顔も、両サイドで縛った髪型も、背丈までもが瓜二つ。
「……」
気になったことはとりあえず聞いてみる――というのが、佐佐木一の信条である。
「――双子?」
入口と、目の前の彼女とを交互に指差しながら聞いてみた。
すると少女は、ちらりとこちらに視線を向けた後、めんどくさそうに「……あー」と口をあけ、
「――母」
と玄関方向を指し、
「――娘……」
と、自分の顔を指しながら――そのままカウンターに去っていった。
「…………なるほど」
疑問が解消されたところで、俺は改めて双葉景子へと向き直る。
「で、詳しい話を聞きたいのだが――」
「…………」
「どうした?」
「……いえ。それでは――今現在、あなたのおかれている状況、状態について説明します」
「よろしく頼む」
――――――。
……小一時間に渡って説明されたこと、質問を繰り返して理解したこと等を、ここに記していこう。
まず、俺は『箱の中の猫』らしい。
なんとかの猫と同じ状態だと説明された。
『生きていると同時に死んでいる』
限りなく死んでいる可能性の高い生――というより、『結果』として俺は、99%あの公園で『死ぬ』らしいのだ。
では何故、俺はこんなところでのほほんと説明を受けていられるのか。
それは、俺が『死んだ』ことをまだ、誰も『観測』していないから――らしい。
その理由について、双葉女史はとんでもないことを口にした。
「神が、その事実を、誰の目にも触れぬように細工したからです」
「――――ナルホド」
神ですか。
「…………」
……神様ですか?
「……すごい話だな」
「ですね」
――――。
……あのウェイトレス、水持ってきてくれないかなぁ。手持ちぶさたで落ち着かない。
「……『モブ』――と言われる存在を知っていますか?」
「……まぁ、知識としては」
所謂『賑やかし』――くらいの認識だが……。
「あなたは『モブ』です」
「…………」
「…………。あなたは――」
「うん、聞こえてる。『モブ』ね、『モブ』。OK」
…………。
『モブ』……かぁ……。
ナルホドナルホド。
納得はできないが、なんとか理解はできる。
これまでの人生を振り返れば――確かに。何をどうしたところで、目立つことも話題になることもなかった俺は、明らかに『モブ』だった。
「例えば――テストで全教科満点をとったとしましょう。……と言っても、あなたはこれと似た条件を達成した事がある――と、こちらの資料にありますから、その結果がどうなったかは想像できるでしょう」
確かに。
俺は過去、ある全国模試において、1位をとったことがある。
6教科オール満点という結果だったから、間違いない。返ってきた順位表にも『1』の一文字しかなかった。
……にも拘らず、
成績優秀者のため特別に行われた全校集会において、俺が呼ばれることはなかった。
全国15位だった女性徒が、壇上で表彰されたにもかかわらず、だ。
素行が悪いというわけでもない。日常生活において、誰かに無視されたりすることもない。が、何故か――一定以上の衆人環視下におかれる場面では、俺の存在は『空気』と同じになってしまうのだ。
この現象を、
『モブ特性』と呼ばれるものの影響である
――というのであれば、俺はそれを有していることを、完全否定することはできない。
今日までの、不可思議だった数々の現象を思い返し無言になってしまった俺に対し、さらに双葉女史は『選択』を迫った。曰く、
「『あそこ』で終えますか?
『ここ』に留まりますか?
それとも――『さき』に進みますか?」
「――――」
「? ……どうかしましたか?」
「……いや」
俺は少し間を置いて、
「正直……驚いた。まだ、『選択肢』ってやつは残ってたんだな」
と返した。
それに対し、双葉女史は表情をわずかに暗くして、
「――……『結果』は、さほど変わりませんが」
と、まるで見てきたように――いや、きっと見てきたのだろう。
そう、俺一人な訳がない。今の俺と同じ状況に陥った人間がただの一人もいないと言うのならば、それは『特別』――この場合は『特殊』だろう――つまりそういうことになる。
だとすれば、自分と同じ立場に追いやられた人間が少ないはずはない。
そして――
おそらくだが――
『結果』は、
「もうすでに見えている」
のだ――
「…………」
俺が一定の理解を示したところで、双葉女史は「少し席をはずします」とカウンターの方へ向かっていった。
そこで、先程の愛想のなかったウェイトレスと二言三言会話をし、そのまま奥の方へ進んでいく。
「……トイレか」
何となく背中を見送った後――俺は全身の力を抜いて、深くソファーに沈み込んだ。
「――――」
……よし。まずは今の状況を簡単に整理してみよう。
双葉女史から聞いた話。その中から重要そうなキーワードを抜粋するとなると――
『限りなく死に近い生』
『神』
『モブ特性』
あたりだろう。
……ほんの数十分前までの『日常』の中に暮らしていた俺ならば、正直、「こんなこと」は与太話と一考すらしていなかったはずだ。
『主人公』という属性に憧れこそ持っていたものの、そこに見ていたものは「特別」な才であって、「特殊」な才ではなかったからだ。
俺は完全主義者であって、完璧主義者ではない。
であるから、現状に多少の不満はあったものの、
「どうにかすれば、どうにかなる」
という希望的楽観主義を、ここまで捨てきることなくやってこれたのだ。
――にも拘らず、
現状はもはや、取り返しのつかないところまできているらしい。
『神』という眉唾な存在のお陰で、『限りなく死に近い生』というギリギリのラインでなんとか留まってはいる――が、たとえ何らかの偶発的要因によりそこから脱したとしても、『モブ特性』という極めて残念な宿命が、大きく口を開けて待っているだけだ。
とどのつまりは…………
「俺のジンセー……詰んでね?」
………………。
カチャカチャ――と、静まり返っていた店内に硬質な音が響く。それが自分のすぐ傍まで近付いてきたところで……視線をそちらに向けた。
「…………」
無言だが、恐らく娘の方だろう。
その右手には、鷲掴みにされたマグカップが二つ。漂ってくる香りから、中身はコーヒーだろうと推測する。
「――――」
もう片側は、何故か銀トレイを小脇にはさんで、ミニスカートのポケットに。
(……それは、持ちにくいだろ)
だがまぁ……思ってもわざわざ口にしない――そんな優しさもあっていいと思う。
ぼぅ……と眺めていると、小さく嘆息を漏らしながらテーブルに並べられ、
「――俺に?」
ひとつをこちらに寄越し、もうひとつは彼女の口許に運ばれた。
「――……」
そして無言のまま向かいの席につくと――再び短く息を漏らし、口を開いた。
「誰でも……ここに初めて来た客は、そんな風になる」
と。
服装と、『娘』という言葉のもつ印象から年下、もしくは同年代と思っていたのだが……その達観したような口ぶりに、妙齢の女性なのでは?と認識を改める。
だがそうすると、その『母親』であるところの――
……いや、きっと気にしてはいけない事情があるに違いない。
今は、自分の現状を明確にすること――そちらを優先すべきだろう。
一度、コーヒーで口を湿らせる。
「『誰でも』とはどうい――美味いなこれ」
……言い切る前に頭の中身がすっ飛んでいった。
「――――」
目の前の無愛想ウェイトレスは、なにも言わずに再びマグカップを傾ける。
……仕切り直し。
「――で、『誰でも』とはどういう意味なんだ?」
「……そのまんま。初めてここにくる客――自分の人生がただのモブ――あー……つまり、誰かの人生の『飾り』にすぎないと知った人間ってのは、皆、諦念の情?ってやつに溺れちまう……って話」
めんどくさそうに、彼女は半身をソファに投げ出しながらも、こちらに分かりやすいよう考えながら答えてくれる。
俺はしばらく黙って言葉の意味を咀嚼し……ゆっくりと口を開いた。
「……言うほど多いのか」
「四桁には届かず――が、三桁は越えてた気がする」
言いながら、灰皿に手を伸ばす。
手慣れた様子で左ポケットからタバコとオイルライターを取り出し、そのまま火をつけて仕舞うまでを片手一本でこなしつつ――
「――フゥ……で、そいつらの3分の1は、『ここ』で諦める」
テーブルに軽く右拳をあて、ようやく……笑みらしきものを浮かべた。
……まあ、それもポジティブな感情から来たとは思えないものだったが。
「……『ここ』――ねぇ」
店内をぐるりと見渡すと――確かに、最後を迎えるには良い具合に寂れた店だ――とは思う。人生の終着点としては、なかなかドラマティックで悪くはない……が。
「一応、『さき』はあるんだろ?」
「――らしいね。まぁ自分は『ここ』にとどまったクチだから、詳細は知らないけど……ね」
灰皿にタバコの火を圧し付けながら、肺に溜まった紫煙を絞り出すように長い息を吐く。
「…………」
「……注文はコーヒーと、タバコ一本分の話し相手――」
(――?)
突然彼女が口にした言葉に、一瞬首を捻る――が、それが、双葉女史がカウンターに近付いたときにした二人の会話内容だとすぐに思い至った。
「――一応、付け加えておくけど……」
席を立ちながら、背中越しに視線を向けられる。
その瞳には――永い歳月の間に沈澱していった闇。
「『さき』に進んでも、『結果は変わらない』――らしい」
「……だろうね」
この世の中には、救いなんてものはありはしない。
だいいち、『神』が与えたもうは『許し』ではなかっただろうか?
(――ま、どっちでも良いことか……)
とりあえず、そんな不確かなものに俺自身の命を賭けたくはない。
「――決まりましたか?」
ウェイトレスを見送っていた間だろう。まるで幽鬼の染み出るが如く――双葉女史は、気配の欠片も感じさせずに対面の席でコーヒーを啜っていた。
「…………ああ。決めた」
そして、俺の目の前にあったカップが消失していたが、気にせず続ける。
「俺は――『さき』を見てみたくなった」
「……そうですか」
特に変わった様子も見せない表情。
「『ここ』に来た約半数の方はそう言いますね――」
「何もない」――と言外に含みを持たせつつ、スーツの胸ポケットからB5程度の用紙を一枚取り出――いやいや、どう仕舞っていたんだそれは。
さらにボールペンに朱肉、ウェットティッシュ(箱)を取り出しつつ、
「では、ここに氏名と拇印を」
「――あ、ああ」
ほんの少し、聞くのが怖くなった。
言われるがままに書いてはみたものの……何が書いてあるのかわからない。
文字なのかどうかすらわからない羅列が並んでいるが――見る限りでは、QRコードが近いだろうか?
「――聞いても良いだろうか?」
「――なんでしょうか」
「ここには……何て書いてあるんだ?」
「――ああ。そこにはですね――
《わたしは、神の持つ駒のひとつになることを誓います》
――と、書かれているのです」
「…………なるほど」
特にためもなく、サラリと口にされた。
「――お気づきかもしれませんが、私もまたその一人です」
「……どっちの?」
「神です」
「…………」
いつの間にか、俺は眼前におわします双葉様の下僕へと召し抱えていただけたらしい。
「――というのは冗談で、あなたと同じ立場です」
「だと思った」
神なんて存在を見ることが出来ていたら、多分、俺はここにはいないだろう。
「ですが、一応わたしはあなたの上司にあたります」
再び胸ポケットに右手を突っ込み――名刺を取り出した。
「……シワひとつないな」
まるで新品のようにしか見えない名刺を両手で受け取り、
「……」
『(有)M.O.B
学内安全課 課長
双葉景子』
――まあ、なんというか。
思っていたのと違っていたような……遠くもないような?
……いかん。かなり混乱してきた。
というか、もう、今までの話が全部ドッキリだったと言われても信じてしまいそうだ。
(…………ん?)
と、今までのパターンだったら来てもおかしくない筈のものがやって来ないことに気付く。
「……双葉女史?」
「……なんでしょうか」
「つかぬことをお聞きしますが、『行間』云々について――なのですが……」
「ああ……アレの説明をしなくてはいけませんね」
『アレの説明をしなくては――』そう言われ、すぐに理解した。
「特殊能力というやつでしょうか?」
「そうです。我々『MOB』社員には、『地の文や行間を読む』という能力が標準装備されます。従って、『聞き間違い』や『聞き逃し』はほぼあり得ません。そしておそらくですが、あなたの様子から察するに、私があなたの心情を汲む――または考えていることを読むことが出来ていなかった……という話なのでしょう」
……今更だが、この上司はもしかするとすごい人なのかもしれない。
正直、ただのキャッチくらいに考えていたのだが。
「……確かに――今も、あなたが私のことを、
「ただのキャッチごときが俺様の貴重な時間を無駄に消費してんじゃねぇ。ヒンムクゾ、ゴラァ!」
などと考えていたことを、読みとることは出来ないでいるのです」
「――(ガクガクブルブル)」
「それは――まず第一に、『ここ』が特別な場所だからです。ファミリーレストラン『MOBill』では、MOBといえども普通の人たちと変わらない――まあ、ただの影の薄い人になります」
「第二に――」と双葉様がしらうおのごときしなやかな指先を二本、するりとお立てあそばされ(ガクブルガクブル)、
「……あなたがMOB社員となったからです。社員同士の場合、有事を除きジャミングがかかる設定になっています」
セイレーンも凌ぐであろう美しき調べにわたくしは、生きとし生けるもの皆全てが感嘆の拍手を惜しまず送るべきだと涙した……(ブルブルガクガク)。
「――――では、そういうことで。細かいことも追々わかってくるでしょうから……時間も時間ですし、そろそろ職場まで案内します」
「はい、双葉様っ」
「……」「……」
わたくしはこうして、やる気なしウェイトレス二人に適当に手を振られながら、奇跡の結晶たるヴィーナスの三歩後ろを黙々とついていき――――
「……ま、今に至るわけだ」
電話ボックスより少し広い程度の箱のなか。今までの経緯を思い返していると、
「おはようございま〜すっ」
背後からかけられた、元気の有り余っていそうな女の子の声に振り返る。
(基本は笑顔。且つ声は出さずに――)
ぺこり。
(帽子を少し浮かせるのもテクニック――)
……らしい。
「ぉ――ょぅございま……」
ぺこり。
誰だろうと皆同じように。
「――おはようございます」
ガクガクブルブル――ビシッ。(敬礼)
…………。
――まあ、なかなか難しい部分もあるが。MOBの仕事というのは、こうやって周囲に溶け込んでいくところから始まる……らしい。
佐々木 一。
受験に失敗し、寿命もロスタイム。
謎の有限秘密結社――
M.O.Bに就職し、
今現在――
自宅ではない『警備員』をやっています。