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そう言い終わると彼は穏やかな笑みをこちらに投げかけ、一言「初対面にも関わらずご馳走になります」と言い足して席を立ち、店を出て行った。
私は彼に何か言葉をかけることもできずに、ただ呆然とその場に座って彼の背中を見送ることしかできなかった。私の漫然と抱えていた隣人への愛や、殺人犯への憎しみなど、遠く及ばないところに彼はいたのだ。私は急激に自分を恥ずかしく思った。あんな、私の恥部のみを晒しただけの手記に、いったい何の意味があったであろう。私には何もできない、と思った。
会計を済ませて家に帰ると、早々に手記を燃やした。それからはもはや部屋も変わっているというのにいつかのように呆然と壁を見つめるばかりでテレビも見なかった。
この八年を全く無駄とは思わないが、私はここであの文学青年を追うことをやめたのだ。彼がその後真に復讐を為しえたのかは、だから私にはもうわからないことである。




