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第三者  作者: 枕木きのこ
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「あなたは僕のこの手のことを、見て知っていたのでしょう。それを警察に言わなかったことは、聞いております。そのほうが僕には都合がよかった。仮にあなたが『彼には右手がないのだから右手による扼殺は不可能だ』などと警察にしつこく言うような人間であったなら、僕の言い分もすんなりとは通らなかったのではないかと、そう思うのです。

 どういうことか、やはりわかりませんよね。きっとあなたには僕のこの心中を察することなどできないのだと思います。ああ、気分を悪くされたならば申し訳ありません。ですが、これは大半の人間には理解されないのでは、と思っていることなので、何もあなたが悪いわけではないのです。

 結論から言いましょう。あなたもそれを知りたいと思っているでしょうし。

 僕は、彼女を殺した本当の犯人ではありません。彼女を殺した犯人は、あるいはあなたならばその人物を見たことがあるかもしれませんが、高松という僕の学友で、図体ばかりがでかい知能の低い男です。

 順を追って説明していきましょうか。僕と彼女が付き合い始めたのは梅雨の時期のことでした。もとより彼女とは親しくしていたのですが、僕はそれを男女の関係として結びたかった。だから、飲み会のとき、ああ、これも周囲の賛同によってわざわざそのために用意されたものだったのですが、思い切って彼女に告白をしたのです。彼女はそれに快く応じてくれました。飲み会のあと、彼女の家で祝賀会と称してみんなで騒いだのも懐かしいことです。

 彼女との交際は順調であるように思われました。いまだに、僕にとってはそのときの幸福はほかでは得がたい特別なものであったのですが、彼女にとってそうでなかったということは、もはやここまで話を聞けば自明のことでしょう。彼女は先の高松という男と浮気の関係を結んでしまっていたのです。僕がそれを知ったのは彼女を驚かせようと彼女には内緒にして家まで押しかけたときでした。あのアパートに住んでいた方ならわかると思いますが、あの古いアパートのことですから、玄関前まで立てば、なおかつ深夜の森閑とした中でなら、部屋の中の音なんて外にだだ漏れなんですよ。僕はそこで彼女の、僕だけのものと思っていた喘ぎを聞いてしまったのです。しかし押しかけていく勇気などなく、すごすごとアパートの階段を降り、しかし恋人としてそこで何も確かめずに大人しく帰るわけには行かず、陰に隠れて出てくる人陰を待っていました。そして、そこに高松の姿を認めたのです。

 僕がどれほど高松を憎んだか、あなたにはわかるでしょうか。あえて言葉にするならば殺してしまいたい、そう思ってしかるべきほどです。ですが現場に突入する勇気もない僕に、人一人を殺す勇気など到底ありませんでした。

 そうやって鬱々とした日々をすごしているうちに、事件が起こりました。僕には犯人は高松以外にありえないと確信めいたものがありました。動機などわかりませんでしたが、それこそ何かこの三角関係においてのもつれ、であったのでしょう。今でこそ、そんなに珍しいことでもありません。僕はこのときほど怒りに震えたことはありません。それこそ、本当に殺してしまおうと思ったほどなのです。

 ですが僕は、そうはできなかった。高松のことをいくら憎んでいても、彼を叱責し罵倒し、あまつさえ殺害してしまうことが、できなかった。再三言いますが、そんな度胸は僕の中には存在しなかった。そこで僕は、復讐の形を変えようと、そう思ったのです。自分が彼よりも先に捕まって、彼に公的な裁きを受けさせる機会を奪ってしまおうと。

 狂っていると、そう思われても仕方のないことですね。そんなことをして何になるのかと、そうお思いかもしれません。ですがこれが当時の僕にできた最大限の行動だったのです。そうと決まってしまえば、僕はすぐに警察に身を預けました。幸いというのか、あるいはこれは高松の狙いだったのかもしれませんが、状況証拠として僕はもっとも疑われるべき人間であったのですし、彼らもこんな些細な痴話による殺人に時間をかけていられるほど暇ではありません。任意同行の末に『私がやりました』と一言おいてやれば、彼らは喜んでそれを受け入れました。その後僕の右手を見て一度は驚いたようですが『彼女の右手を持ってそれで絞めたのです』といったら、仕方なくという風ではありましたが、納得しました。それにあの頃はあの都内での連続殺人のほうが大々的にあったでしょう、あちらに人員を割くために、あっさりと区切りをつけられたのです。僕は彼らのこの行動を杜撰だというつもりは一切ありません。むしろこれも、僕にとって幸運だったといっていいでしょう。

 八年、僕は刑務所の中で様々なことを考えました。もし僕の刑期中に高松が自首してきたのならば、僕は冤罪を被った人間として放免されることであろうと思い、それを少しでも期待した時期もありました。ですがそのようなことは待てど暮らせど、ついには訪れませんでした。そうしてここに、再び外の世界に戻ってきたところで、ようやく、決心がついたのです。いや、あえて重ねていうなれば、勇気を持てたのです。

 僕はこれから、この足でもって、高松を殺しに行こうと思います。人を一人殺し、学友が何の打ち合わせもなく身代わりになったにも関わらず反省の少しも見えないような人間はむしろ殺さなければならないとさえ思ってしまったのです。両親や友人には誠に申し訳の立たないことだという思いもありますが、もう僕には僕自身を止められません。

 こうしてあなたのような第三者に話を聞いてもらえて、むしろよかったです。高松に対する憎悪を、僕の中でしっかり整理した形で、再認識することができました。

 煙草とコーヒー、ありがとうございました、かつての隣人さん」

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