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全ては八年前。ある事件についてだ。もし誰かの目に触れたとしても、この事件のことを覚えている者は多くなかろうと思う。八年前といえば都内での連続殺人事件のあったときであったし、それでなくともこの事件は今でこそありふれた小さな事件、とはいえもちろんそこには被害者と加害者が当然存在し、私はこれをその連続殺人事件と並べ立てて小さな事件と称してしまうのにいささかの抵抗があるのだが、新聞で言えばわずか十数行に収められるようなものであったのは事実である。であるから、当事者や関係者を除けば、八年もの間それを覚えていよう人間などそうそういないだろうというある種の確信めいたものさえ抱いてしまう。それほどに、もしかしたら他愛もないような話なのである。
その当時、私は地方にある実家から、大学進学を理由に無理を言って東京都内での一人暮らしへと移ったころだった。両親は古い人間であるから、その口からはしばしば「東京は恐ろしい場所だ」「隣人には愛想をよくするのだぞ」という言葉が漏らされたものであるが、そんなことはさておき、私は新生活というものに何か幻想のような魅惑的なものを感じていて、とにかく、常に心は浮き足立っていた。
新居となる地は、安さもあって、築云十年という木造のアパートだった。二階建てで各階に五部屋ずつ設けられており、たいていが私と同じような学生で埋まっていた。私は二階の角部屋、外付けの階段を上って一番奥に位置するその部屋を新たな根城とすることになった。ゆえに、散々「親しくしろ」と言い付けられた「隣人」となる相手は一人しか居らず、なんとも気楽なものだった。




