生贄の羊
「行かせてよかったのかよ? ラビシュ、死ぬぜ?」
落ちていくグリアの背。それを眺めながら、シャーリは言った。
同じヴォルの名を冠する幹部といえど、ボールとグリアでは雲泥の差があるはずだ。少なくとも、シャーリはそう感じていた。
「ふふーふ」
「わかってんだろ。ラベルなんて、ただのおもちゃ箱だ。そこでいくら強くなろうと、上には上がいる。とくにあいつらみたいな中毒者じゃあ、いまのラビシュなんて見たまんま、ガキだぜ」
「知っているさ。でも、これでいいんだよ。
……頃合いというやつさ」
ゆるく口角をたわめ、ラーズは言う。
「そうかよ」
―――切り捨てるのか?
仕切り直されたジゼットとラーズの話し合い、その場で一体どのような会話がなされたのか。シャーリは知らない。締め出されたのだ。当事者である二人しか、あるいは、ラーズしか知らないことなのだろう。
―――気に食わねぇなあ……。
ぽつりとそんな感想が頭をもたげた。
具体的に何が、とは思わない。ただ、気に食わないのだ。
思えば、ペデットはよかった。凡人であるから至極単純でそういった不明に対するいら立ちがない。
その点、ラーズは違う。徹頭徹尾、誰も信じていない。本心も欺きもすべてがラーズのなかにあって、その厚顔な薄ら笑いの奥は覗けない。
「心配しないでくれ。どうあっても、キミを退屈させはしないさ」
「……っ」
それだけ言うと、ラーズはおもむろに破顔した。
「それはさておき……。折角の特等席だ。
しばらくは前座を楽しんで、それから存分に舞台で暴れてくれたまえ」
―――は、こいつは……。
受けて、シャーリ・エストーも破顔した。
視線の先には偽りの笑顔、差し出されたカラフルな糖菓子があった。
「おもしれぇ。やっぱ、あんたはおもしれぇよ」
音をたて砕けば、口内に安い甘味が広がった。しびれるような、吐き気を催すような甘ったるさだ。
「甘すぎだ」
一言で言えば、下品な甘さだ。
―――だが、この後にむせかえるような鉄血を味わうならば……。
「これも、ま、いいのかもな」