生贄の羊 4
肉の焼けた匂いが、鼻を衝く。
直撃を受けた腹は焼け、いやな色を見せていた。
「ラビシュ、大丈夫っ!」
―――生きている……。
燃えるような痛みを感じながら、ラビシュが最初にいだいたのは安堵だった。
直撃だったはずだ。
「いや、……弱い?」
先ほどまでのヴォルの雷撃を食らえば、腹が焼け焦げるなんてものではなかっただろう。そも雷撃は速さと鋭さで、貫く技なのだ。それがラビシュの薄い腹を貫けないなど、不十分にもほどがある。
本来ならば、ラビシュの腹は根こそぎ食いちぎられているはずなのだ。
「チッ」
憎々しげに、ヴォル・ボールは舌打ちした。
増えていないのだ。
斬れば切るほどに増えていたはずの、ヴォルたちが増えていない。たしかに先ほど逆刃で叩き飛ばしたというのに、彼らは増えていなかった。
「―――試してみるか。ダングス、言うとおりに魔力の制御を頼む」
小さくラビシュはダングスにささやいた。
ラビシュの思っている通りならば、あっさりとカタをつけることができるだろう。
「はぁ? あーた、それして何の意味があんのよ」
「いいから。やってくれ」
「……いいけど。これ以上、増やされても困るわよ、あーし。気持ち悪いから」
「大丈夫。もう、増やさない」
光がラビシュを包む。闘術ではない。ダングスの補助による魔術の残光だ。
「ハ。ほんとう、学習しねぇガキだ」
「それは、どうだか?」
言って、ラビシュは逆刃で殴りつけた。
「ぐぅ、ふっ」
紙のように数体のヴォルが舞った。
―――やっぱり、打撃は効くのか。
「……思ったより早かったな」
吹き飛ばされた分身を見ながら、ヴォルは言う。
言葉とは裏腹に、悔しさなどはみじんもない。じつにあっさりとした口調だった。
「分裂。気づいたように、それが俺の力だ。斬られれば斬られるほどに増えていく。まさにお前のような剣士相手にはぴったりの能力だろう?
お前の考えているように、割れれば割れるほど、俺の魔力も割れていく。ま、つまり、一は二にはならんと言うわけだ」
つらつらとヴォルは自身の能力について語っていく。そのさまは観念した敗者のものではない。泰然と話すそのさまは、敗者に敗因を語る勝者の姿そのものだ。
―――どういう……。
「じゃあ、そこを踏まえて第二ラウンドだ」
言葉と同時にヴォルが動き出す。
連動するように分裂体も動き、ラビシュを囲みながら円を縮めていく。
「もう無駄だろうっ」
一閃。
言ってラビシュは乱暴に剣を薙ぐ。
いくら囲まれようとも、もうラビシュは知っているのだ。
斬らなければ、ヴォルが分裂することはない。
「やっぱ、お前、甘いぜ」
あざけるようにヴォルが口にする。
瞬間、視線の先―――剣で薙ぎ払った分裂の体が大きく膨らんだ。