生贄の羊 4
「一体、これはどういうことよっ! ラビシュ」
「知るかっ! いきなり襲われたんだっ!!」
ラビシュは乱暴にそう返した。
眼前は黒と赤の人間で埋まっている。
十人の黒づくめが、ラビシュの行く手を阻んでいた。
「っと、にっ! 意味が分からないっ、意味が分からないわ」
リリー・ダングスが混乱を口にする。
―――俺にも意味が分からねぇよっ!
フィッタ・フィーロの構成員―――ヴォル・ボールが自死してからすでにかなりの時が経った。
厄介に巻き込まれた。
ラビシュは直観した。故にこそ、すぐさまダングスを取りに戻ったのだ。
その判断が過ちであったとは思わない。
けれど、ラビシュは自身の迂闊を恨んだ。
武器をとっても、構わずに逃走するべきだったのだ。
「ハ、ハハ! どうした、どうした。赤獅子!
動きが鈍くなってきているぜ」
そう叫んだヴォルの顔面を両断する。
赤い血潮が巻き散って、砂岩の路を汚した。
だが、それだけだ。
「ふはは、学習しねぇなぁ。赤獅子ィィイ」
両断された顔面を喜色で歪めながら、ヴォルは叫ぶ。なぜかその姿は二重に重なっていた。
「ひぃ! なんなのよ、こいつ。なんなのよ、こいつらッ!!」
――― 一体、どうなっている!
珍しいダングスの悲鳴を背景に、ラビシュは繰り返される異常を目にしていた。
切っても、斬っても、ヴォル・ボールは死なないのだ。
「ち、また増えやがった」
それどころか、斬撃を与えるたびにヴォル・ボールは二つに分裂する。
文字通り分裂するのだ。斬られた傷を起点に、ヴォルの体からもうひとつの体が生まれてくる。
悪夢のような、けれど実際に目の前で展開され続ける光景だった。
「ハハ、赤獅子。お前は何人まで耐えれるかな?」
ひとりが云うなり、すでに十を超えたヴォルが一斉に笑んだ。
「ラビシュ、あーた、これどうすんのよ。ありえないでしょ。ありえないでしょ、あーた!」
「いま考えてる」
「そんな、余裕こいてる場合じゃないでしょっ!」
「俺も、そう思うぜ、赤獅子ィ」
四方からヴォルが突っ込んでくる。
「くっ」
一閃しようとして、ラビシュはためらった。
これ以上増えられても困るからだ。
「ハ、ためらったな。赤獅子」
四方から手が伸びる。逆刃でそれを打ち払い、ラビシュは後退した。
「下がるのはよくないと思うぜ?」
言われ、ラビシュが後ろを気にするがもう遅い。背後ではすでに二人のヴォルが詠唱をかけていた。横を見ればルートを限定するかのように、雷撃の柱が撃ち込まれている。
「死にな」
短いヴォルの声。それに続くふたつの同声が寸分の狂いもなく、必滅の魔術を口にした。