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生贄の羊 3


◇ 

 「お前が赤獅子か……」

 人の少ない路地の真ん中、ラビシュはそう呼び止める声を聴いた。

 発したのは黒い団服を着た人間―――フィッタ・フィーロの人間だ。

 ラビシュも幾度となく見た団服だった。

 「あんた、誰だよ……」

 応えながら、ラビシュは自分の腰へと手をやった。背中にあるはずのダングスは、今はない。あんな目立つ大剣を持って街を歩くことなどはない。持っているものといえば、腰の辺りに備えた肉切り用のナイフくらいのものだ。

 「ヴォル。ヴォル・ボールだ」

 男は言うなり、魔砲杖を一発放った。

 杖先から光線のように雷撃が走り、杖が音もなく霧散する。

 魔砲杖は簡易術式では扱えない類の魔術を放つために加工された武器だ。良質なものでも三発持てば砕けてしまう使い捨ての武器だが、値は高い。

 腰のナイフを抜いて道端に積まれた鉄棒を寸断し、地へ差し魔力を流す。赤い光が覆って避雷針に化けていく。

 「ほう」

 短いヴォルの感嘆が聞こえたが、ラビシュは無視した。

 避雷針に雷撃が直撃し、じりりという特異な音を上げ焼いていく。

 青白くスパークする電磁の名残を背景に、ラビシュはヴォルにと接近した。

 「やるじゃないか。追撃仕様だとどうやって見破った?」

 ラビシュのナイフを捌きながらヴォルはそう聞いた。その顔には焦りはない。

 「べつに。そういうのもあるって話を聞いてただけだ」

 憮然とした口調でラビシュは応えた。さも余裕ありげに捌かれたことが不満だった。

 魔砲杖の一番利点は簡易術式とは違い、なにか対象に当たるまで魔術が継続するということだ。なかでも追撃仕様のものは、披対象者の魔力を追ってくる。

 「そうか。じゃあ、次だ」

 言って、ラビシュの突いた手を取ってぶん投げた。

 「チ」

 投げ出された中空で反転しながらラビシュは舌打ちした。

 「アインス」

 ヴォルが術式を唱えると同時、ラビシュを囲むように電気の檻が現出する。

 「くっ」

 身をよじり、檻を切り裂きながら着地する。

 「まだだ」

 ラビシュの着地と同時に、高速で電撃の十字杭が乱立する。獲物を囲み誘い込むように、ラビシュの足場を制限して展開していく。

 「ほう、足は速いな。ほんとうに獣のようだ」

 次から次に空から落ちてくる檻を交わしラビシュはヴォルへと向かう。

 ―――面倒な。

 乱れ立つ檻のさき、密集する電気のさきに、ヴォルの姿が見え、ラビシュは一気に闘術を足先に展開させた。

 「一撃で片づける」

 赤い残光を残しラビシュの姿が一瞬で消え、ヴォルの目の前にぽっかり空いた空間に現れた。

 「ふん」

 瞬間、ヴォルの顔に嘲りが浮かんだ。

 ラビシュが通ってきた道は、ヴォルが意図的に用意した路だ。

 雷撃の一番の特性は、なんといってもその速さだ。風と火を混合して生まれるだけに、消費は激しいがその分有り余る速さがある。

 「ツヴァイ」

 言うが速いか、雷光が一直線にひた走る。速いがゆえに調整が難しく、直線の動きしかありえない。けれどすでにルートは出来上がっていた。

 ラビシュを引き込むための檻の路、制限された路のなか、雷光が炸裂する。

 「こんなものかよ、ボスのお気に入りは……」

 つまらなそうにそう言って、ヴォルは言葉を呑んだ。

 「ボスって、フィッタのボスか?」

 ヴォルの背後、それも首筋にナイフを添えた格好でラビシュはそう尋ねた。

 「へぇ、アレより速いのか」

 質問に答えることなく、ヴォルは言う。その口調には緊張も驚愕もない。ただ目の前で起きたことを冷静に受け止めているようだった。

 「雷なら見慣れてる」

 「ああ……、稲妻(シャーリ)か。なら聞くまでもないな」

 ひとり納得したようにヴォルは言う。

 ―――シャーリの知り合いか?

 その口調からラビシュはそう予想した。シャーリの知り合いであれば、問答無用の強襲も納得のいくものだった。おそらく赤獅子の正体についてばらしたのもシャーリなのだろう。

 「あんた、なんなんだ。なんでフィッタの人間が俺を襲う」

 「べつに襲っちゃいねぇさ。言付けを預かってるんだが、その前に噂の赤獅子がどんなものか、見てみたかったんだ」

 「そうかよ」

 納得できる答えではなかったが、ラビシュはそう応じた。

 聞いたところでヴォルがまじめに答えるつもりがないのが分かったからだ。あとのことは、おそらく元凶であろうシャーリかラーズに問えばいい。そう考えた。

 「それで、いつ殺すんだ?」

 「は?」

 「だからよ、いつ俺を殺すんだ? 赤獅子」

 笑い、ヴォルは言う。小ばかにしたような顔だった。

 ―――馬鹿か、こいつは……。

 ラビシュはヴォルを嘲った。

 フィッタ・フィーロはこの街で最大手の組織だ。仮に正当防衛だとしても、その構成員を殺せばどうなるか。想像できないラビシュではない。

 ―――確実に面倒なことになる。

 いくら挑発されようと、その愚を行うラビシュではない。

 「殺すわけないだろう。面倒だ」

 故にラビシュの答えは決まっている。

 「ほう」

 あっさりと不殺の返答をヴォルはそう言って受け取った。拍子抜けのように嘲って、直後ヴォルは愉快そうに微笑んだ。

 「稲妻とは違うんだな。あいつなら間違いなく殺していたぜ。

それで、ウチとの戦争だ。血の海のなか嗤ってわらって悦ぶだろうな」

 「俺はあいつとは違う。でも、そこまであまいわけでもない」

 「そうか? あまいと思うぜ、お前……」

 言うが早いかヴォル・ボールはラビシュの構えていたナイフを奪い取り、自分自身の首元をかき切った。肉が勢いよく裂け、ぱくりと気道が口を出した。

 「なっ! なにを」

 「が、はっ! だから、あまいと言ったろう?」

 赤い血潮をあたり一面にまき散らし、ヴォルは呵々大笑した。

 「ははははははっ! これが、フィッタ!! フィッタ・フィーロのやり方だっ!!!」

 思わず離れたラビシュの手から逃れ、ヴォル・ボールは歩き出す。血が絶え間なく噴き出して、ふらりふらりと揺れていく。

 もう助からない。致命傷だった。

 ぐるり、となにかを思い出したようにヴォルが反転し、ラビシュを見る。焦点はすでに定かではない。どこを見ているか分からぬ瞳をラビシュに向け、ヴォルは言う。

 「よかったな、赤獅子ィイ……。死ぬ前に地獄が見れるぜぇ」

 その言葉を最後に、ヴォル・ボールは息絶えた。

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