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強さをのぞむ

 ―――弱い。

 

 思わずラビシュはそう毒づいた。

 

 「……弱すぎる」

 「誰が、弱すぎるって?」

 

 言葉とともに、剣が高速で突かれる。

 鋭利な剣先、突くことに特化した刃はラビシュの頬をかすめ、定位置へと瞬時に帰還する。頬の傷がなければ、移動などしていないかのような俊敏さだった。

 

 「気ぃぬいてんじゃねぇよ、ラビシュ。

お前はいま、オレの相手をしてるんだぜ?」

 

 遊ぶように口端をゆがめ、シャーリ・エストーはそう言った。

 

 「―――っ」

 

 大剣を滑らせすように横なぎにし、ラビシュは距離を取った。

 

 ―――べつに気を抜いたわけではない。

 

 言葉にしない反論をラビシュは思った。

 模擬とはいえ、シャーリとの闘いだ。神経はどこまでも張り巡らせていた。

 だが、それをいとも容易くすり抜けられた。防ぎきれなかった一撃が容易に教えてくれる。

 ラビシュとシャーリ、その彼我の差を。

 

 ―――弱い、弱い。俺は、弱すぎる……。

 

 認めたくはない。だが、どうしても認めなければならないものだ。

 弱さを越えて、より強くなるために、それは認めなければならない現実だった。

 

 「は、いい顔だぜ、ラビシュ。

強さに飢えた、オレ好みのいい顔だ」

 

 言って、飢えた狼のようにシャーリが突進する。

 上体を揺らし、挙動をつかませない突進だ。瞳も剣先も一点に留まることなく、ラビシュのどこを狙っているのかを悟らせない。

 

 ―――試してみるか。

 

 「ダングス、頼む」

 「分かってる。制御は任せて。いくわよ」

 「アインス」

 

 早口のダングスの回答を得、ラビシュは短く術式を口にする。

 紫の閃光が脚先を覆い、ラビシュの脚力を強化する。ダングスお手製の加速術式だ。

 

 「シッ」

 

 空気を裂く音を響かせて、シャーリの高速の連撃が空を突く。

 

 「ハ、まあまあの速さだな。もっと上げていくぜ、ラビシュ」

 

 言って、シャーリの身体から白い光があふれ出す。闘術だ。

 金属の打ち合う音がなる。

 ダングスからの補助を受けながら、ラビシュはシャーリの剣のすべてを避けることはできなかった。刃身の大きな剣を楯にしながら、ただひたすらにその身に穴があくのを防ぐので手一杯だ。

 死にはしないが、勝てはしない。

 そういう領域の打ち合いだった。

 

 「チ」

 

 軽い舌打ち。

 わかってはいたことだ。

 剣でも、肉体でもラビシュはまだシャーリに勝てない。

 ダングスを介した魔術で、なんとか遊びのシャーリと均衡が保てるのが、やっと。それがラビシュの現状だ。

 

 「いいぜ、ラビシュ。オレの攻撃をここまで防いだヤツは、久々だ。誉めてやるよ」

 

 荒く、けれど確実に上からの台詞。それはシャーリにとっては誉め言葉だったろう。嬉々とした口調と、輝く瞳がそれを教えてくれる。まるで新たなおもちゃを手に入れた子どものような顔だった。

 

 ―――くそ、くそくそっ!!

 

 だが、反面ラビシュの心中には悔しさしかなかった。

 ダングスの魔術を通すことだけでも十分危険なのだ。元々許容量の足りないラビシュにとって、多量の魔力は毒だ。

 受け入れることのできない異形の力を受け続けた器はいつか変質することになる。それをすら覚悟した力の行使でさえも、シャーリに本気を出させることすらできない。

 その事実が、ただ無性に悔しかった。

 

 「ダングス。もうひとつ試す」

 「はあっ? 試すってなにをっ!!」

 

 剣戟の合間、いらついたダングスの声が鳴る。

 ラビシュに与える魔術の管理とともに、打ち合いで傷ついた剣の回復をダングスはこなしているのだ。ダングスの持つ魔力が消失するか、その処理能力を超す行使が行われない限り、ダングスという名の剣が折れることはない。

 

 「お、まだ手があるのか? いいね、すげぇいいよ。

 なら、オレももう少し本気でいくぜ」

 言って、シャーリが短く術式を唱えた。瞬間、シャーリの剣先がおぼろにかすむ。

 

 「チ、ダングスッ!」 

 

 短く叫ぶ。

 

 「ぐうっ」

 

 だが、間に合わない。

 防いだはずの刃が、ラビシュの剣を突き抜けて、見事にラビシュの左上腕を穿っていた。

 

 「消え……」

 

 呆然とラビシュはその言葉を口にした。

 たしかに防いだはずだ。だが、剣先はじっくりとラビシュの肉に突き刺さっていた。かろうじて貫通は免れたが、腕から力がぬける。思わず、ラビシュの手から剣が滑り落ちた。

 

 「あ、あーた、なにやってんのよ! 戦いの最中に剣を落とすなんて、バカじゃないの!」

 「まったくだぜ、ラビシュ。腕が引きちぎれても握ってろよな、それが剣士ってもんだぞ」

 

 ダングスが金きり声をあげ、それにシャーリの呆れた声が追従した。

 

 「なんで……。防いだ、だろう」

 「ハ、驚いたか? 驚いたろ」

 

 ラビシュの驚愕にシャーリは得意そうにそう答えた。

 シャーリと過ごして二年が経つが、この赤髪の麗人がじつはかなり子どもらしい一面をもつことをラビシュは知っていた。

 いたずらに成功したこどもが浮かべる満足げな顔に近しい笑顔だ。してやった、というのがいまのシャーリの心持だろう。

 

 「これで今日のは終了だな。

いままで一番楽しかったけどよ、まだまだだぜ、ラビシュ。精進しろよ」

 

 にやりと笑みを浮かべ、ラビシュの髪をくしゃくしゃにして去っていく。息ひとつ、汗一筋かかないその涼やかさがラビシュのココロを刺激する。

 

 ―――俺は、弱い。

 

 週に一度のシャーリとの立会い。いままでずっと行ってきたが、それが終わるたびに思い知らされるのは己の無力さばかりだ。追いついているのか、いないのか。実感を伴わない焦慮がラビシュをいらだたせ、更に強く焦がれさせる。

 

 ―――つよく、つよく。はやく強くなりたい。

 

 「ま、今日は一番よかったんじゃない? 魔術もうまくいったし」

 「……」

 

 ダングスの慰めを無言で受ける。

 

 ―――こんなんじゃ、ダメなんだ。

 

 反論はあったが、口に出すことはしなかった。弱いのは誰のせいでもない、ラビシュ自身の問題だ。

 実際ダングスはよくやってくれている。そのダングスに感情のまま、反論することなどラビシュにはできなかった。

 

 「そういや、あーた、もうひとつ試すってなによ?」

 

 急な話題転換。それはダングスなりの気遣いだ。

 言われ、ラビシュは思い出す。

 戦いの最中で思いついたことだ。だが、いまとなってはバカらしく思えてくる。そんな類いの思いつきだった。

 

 「いや、なんでもない」

 

 それだけ言って、ラビシュは穴の開いた左腕に布を巻きつけた。

 闘術をつかってもよかったが、今日に限っては問題ない。

 

 「よし、行くか」

 

 つぶれそうになる思いを吐き出すように、ラビシュはそれだけ口にした。

 ラビシュの望むつよさは、まだ遠い。


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