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おんなのヨロコビ

 「「ヒュンフッ」」


 簡易呪文を唱える二つの言葉が重ね鳴る。

 その呼び出しに応じて、空には幾多の火玉が現出し、足元では大きな土の氷柱がラビシュめがけて飛んでくる。


 「―――」


 慌てることもなく、ラビシュは土柱を避け、飛来する火球を一刀のままに切り伏せた。


 「―――――――ッ!!」


 派手に飛び散った火の玉に観衆の歓声がなる。


 「チッ、くしょっ」


 発したのは、小柄な男だ。吊りあがった目に特徴的なとんがり頭をした男は、言って、そのまま後退する。


 「ギードッ、下がれ!!」

 「ウ、ウウン、わかった、デジュ」


 鈍重な返答とは裏腹なすばやい動作で、ギードも身を下げる。煙幕になるよう簡易呪文で砂の幕を張るあたりは流石に手馴れている。


 ―――これで、少しはもつか? 


 ねっとりと浮かんだ額の汗を拭いながら、デジュは合流してくるギードを待った。


 「で、デジュ。つ、次は」

 「どうするってかッ! いま考えてんだっ!! おめぇは前をしっかり睨んでろっ!!」


 ―――どうする? どうするよ? 


 思考と同じくデジュの視線がせわしくなく舞台上を駆け巡る。(ラビシュ)がどこから来るのか、どこにいるのかソレすらデジュには分からなかった。


 「こっちにも、あっちにもっ!! ああ、いらいらさせやがる!!」


 思わず苛立ちが口をつく。

 原因は簡単だ。砂幕に覆われたはずの舞台上のそこかしこに、砂の色ではないド派手な赤が散っていた。


 ―――ちっくしょうがぁ。一体何人やられたんだよ……。


 この変則的な催しものが開かれたとき、少なく見積もっても二十人近い剣闘士がいたはずだ。そのなかには、少しは見覚えのあるやつもいた。


 ―――乱打戦(バトル・ロワイヤル)でもやらかすつもりか?


 ラルーファを含めた剣闘士の舞台が変質したのは、守銭奴と名高いラーズが興行の責任者になってからのことだ。

 ラベルでは魔物との興行も行われるようになったし、一対多などの変則的な見世物も多くなった。一言で言って、より見世物としての性格が強くなったのだ。

 儲けは上がった。だが、その分命の危険も跳ね上がった。


 「で、デジュ……。な、なんか空気ヘン」

 「チ、まじかよ。これはしくったか?」


 ギードの予感はよく当る。それも、悪いほうのことばかりだ。

 その予感のおかげで、これまでやばい対戦カードは断り続けてきたのだが、今回は特別だ。払いのよさに目がくらんだデジュが独断で申し込んだのだ。


 ―――目先の小金で大金(いのち)を売る。なんて金言があるが……。


 「こりゃあ、ほんとうしくったぜ」


 眼前の脅威に目を向けながら、デジュはひとりごつ。もし仮に生きのびることができたなら、こんな間違いはもう絶対に起さない。


 「――――――――っ!!!」


 思考を切り裂くように、観衆の声が鳴る。


 「で、デジュ……」


 響く歓声は、誰かの死の知らせだ。

 おそらくデジュたちと同じ不幸な人間が死んだに違いなかった。

 おびえきったギードの声が耳に届くが、返事をする暇はない。

 赤い、血とは違う紅い光が茶色い砂煙の向こう側で揺らめいた。


 「っ!! ギードッ!」


 叫び、デジュはそれを見た。


 「あっ」


 向けた視線の先、赤黒いひとつの獣が、人間の開きを作っているところだった。


 「ギードッ!!」


 断末魔を上げる間もなく絶命した相棒。その名を再度呼びながら、足は自然距離を取ろうと動こうとしていた。


 「―――がっ!」


 だが、次にデジュが感じたのは、顎をしこたま打ちつけた感覚とそれに起因する理不尽な痛みだった。


 ―――足でも滑らせたのか? 


 ありえない。こんな絶対の場面で、足を滑らせるなどという馬鹿げたミスだ。

 だが、と思考して、デジュはそれに気がついた。足の先から上ってくる火のような熱さ。それは、斬られたことを教えてくれる感覚だった。


 ―――足を斬られたのか……。


 その事実を感得したデジュは、けれど傷を見ることはしなかった。足を動かそうとしても動けなかったからだ。それは、自分の足がすでに失われていること示していた。


 ―――見えなかったぞ。化け物かよ。


 諦観をもってデジュは視線を上げた。相棒(ギード)を殺し、自分の足を一瞬で奪ったものを見上げるためだ。


 「…………」


 無言で、そこに獅子は立っていた。


 「……あんたで最後だ」


 短く、獅子はそう告げる。


 ―――ガキ、かよ? そういや、そうだった。


 少年特有のソプラノに触れ、デジュはようやくそのことを思い出した。

 赤獅子というリング・コードで呼ばれるそいつは、まだ年端もいかないガキだというのは有名な話だ。


 「は、まってくれよ」


 ―――ガキが、こんなガキが……。この惨状をつくったって言うのかよ……。


 すでに砂の幕はない。

 死の間際、眼前に広がった光景がデジュを一息で飲み干した。

 広がるは、死体、死体、死体、また死体だ。

 すべて一刀のもとに切り伏せられたことが分かる死体の山。それは、目の前の少年の異常さを教えてくれる。


 「ダングス。これで、どれくらい保つ?」

 「四月ほどじゃない?」


 目の前で剣と交わす言葉の意味は分からない。

 だが、デジュにもこれだけは分かった。


 「じゃあ、悪いけど。死んでくれ」


 ―――俺は、死ぬ。


 紅い光が瞬いて、血が空を汚す。

 デジュにとって幸いだったことは、自身の命を奪う白刃が見えなかった、ただそれぐらいのことだった。


 ―――赤い光が瞬いた。

 

そのことをクラウが認識したのはすべてが終わったあとのことだ。

 ラビシュの背に収まる大剣と、宙を無常に舞う生首。それはひとつの絵のように、クラウの目に焼きついて、しばらくの間離れなかった。

 

―――父も、ああいう風に死んだのだろうか?

 

 ふと浮いた疑問に大した意味はない。感傷とは、無意味なものであることをすでにクラウは知っていた。

 

 ふっ、とクラウは微笑んだ。

 

 自分の思考がおかしかったわけではない。ただ、眼前の光景を作り出したのがラビシュだという事実がうれしかった。笑みはそれゆえの副産物だ。

 赤い。舞台はどこまでも赤で染められている。二十を越す死体の山だ。そのひとつひとつが、雑魚ではない。剣闘士として生きた経験のある者たちだ。

 それを、ラビシュが、斬ったのだ。

 それが、それだけが、クラウを満足させた。

 

 ―――つよくなった。

 

 「つよくなったね、ラビシュくん」

 

 自分ではどうしようもない強い衝動が、己が身体を駆け抜ける。それは、ひとつの快楽だ。

 すでに不感の域にたどり着きつつあった自己の感受が、このときだけは色鮮やかに復活する。

 つよく。ラビシュが強くなるたびに、クラウのヨロコビは強くなる。

 

 ―――もっと。もっと、もっともっとつよく……。

 

 「つよくなってね、ラビシュくん」

 

 言う顔に幼さなどはすでにない。

 そこにあるのは、人生に疲れたひとりの女の顔だった。


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