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足りない覚悟 2

 赤々と炉の火が燃える。


 「それで、どうしてこうなる?」


 火の入った工房の片隅で、ラビシュはそう詰問した。

 『シスを救ける方法を』とラビシュは言ったのだったが、タリクは何も答えることもなく、鍛冶の準備を始めたのだ。


 「んー、なんだい、わがままだネェ。キミが余計なことをしゃべるなというから、こうして行動に起しているのではないカ」


 「だから。なぜ、それが剣を打つという行為につながるんだ、と聞いてるんだ」


 ラビシュは再び質問を重ねた。


 「あのネー、らびっしゅクン。ぼく様は殺人武器職人だヨ? そのぼく様にできることなど剣を打つことくらいしかないダロウ?」


 手一杯に担いでいた炭ダツを地へおくと、タリクはそうラビシュに言った。鼻頭が炭で黒く汚れているのはご愛嬌なのだろうが、本人の口調も顔色も明らかに呆れている人間のそれだった。


 「あんたにできるとかできないとかじゃなくて、俺はここにシスを救ける方法を聞きにきたんだ」

 「あはぁ、分かっているサ。

だからこうして武器を打つのだヨ。キミにいま一番必要なものダ」


 満面の笑みでタリクは答えるが、ラビシュには分からない。


 ―――なぜ、いま剣を打つのがシスを救うことになる?


 「……俺にはいま武器は必要ない」

 「いいや。あーたには武器が必要よ、ラビシュ」


 否定を拒否する言葉は、ラビシュたちの後ろから鳴った。


 見れば、|殺人武器屋ヒッグ・ホッグ《タリクの店》の門口に、見慣れない少女がひとり立っていた。


 豊富な金の髪を左右で二筋にまとめて垂らした独特の髪をした人形のような少女だ。


 この界隈では見ることのないドレスに身を包んだ少女は、断りもなく店内へと入り、ラビシュの目の前に立った。


 少年であり、小柄なラビシュよりも更に小ささの目立つ少女だ。だが、その姿にはどこか威圧じみたものがあった。


 「……だれだ? あんた」

 「やあねぇ、あーしよ、あーし」


 ラビシュの誰何に笑って少女は答え、ラビシュの対面に腰掛けた。

 その最中、ラビシュは少女を見続けたがダメだ。まったく記憶のなかには存在していなかった。


 「やあ、来てくれたんだね。リリ氏。手間が省けて助かるヨ」


 困惑の間、タリクからの歓迎の言葉が少女に向けられる。


 「リリ氏? 知り合いか、タリク」


 「ふへ? なにを言っているのだヨ。リリ氏のことはキミのほうがよく知っているダロウ?」


 ―――俺のほうが、よく知っている?


 「あーた、まだ分かんないの? あーしよ、あーし。リリー・ダングス」


 言って、少女は自分自身を指差した。


 「ダ、ダングス? いや、だって」


 ―――ダングス……?


 ラビシュは困惑した。


 ラビシュの知るリリー・ダングスは一言で言って、『家』だ。

 ラーズの元隠れ家、現在のラビシュの住まいの家に居ついた幽霊。もとい、家の管理をする魔法生物、それがリリー・ダングスという存在であったはずだ。

 すくなくとも、目の前の金色の少女ではなかった。


 「あーし、元は人なのよ。肉体の劣化に耐えられなくてね、自分自身をひとつの魔術にしたの。それが、あーし、魔法生物の名を冠するリリー・ダングスよ」


 さらりとダングスは自身の顛末を告げた。


 いま、金の髪色をした少女がダングスの本当の姿であり、かつての姿だと、そういうことなのだろう。


 「きしし。さっき言ってた不可能だが可能の一例だヨ、らびっしゅクン。リリ氏はニンゲンでなくなる代わりに、劣化を免れタ。そういうわけサ」


 「ま、失敗したんだけどね。お陰でなにか媒介がなくちゃ長時間自分の姿も維持できなくなっちゃったし……。ほんと、この姿で居続けるために選んだはずなのに、結局この姿で居られることはほとんどなくなったんだから、本末転倒とはこのことよね」


 ラビシュは言葉を呑んだ。言うべき言葉が見つからない。

 告げられた事実もそうだが、なによりそうした事実をあっさりと白状してしまえるダングスの意図が分からなかった。


 「サテ、リリ氏も来たことだし、作業を続けようカ」

 「作業って……」

 「決まっていル。剣を創るのだヨ。リリ氏を素材にしたシス氏を救う剣をネ」


 あっさり頷いて、タリクは言葉を続けた。

 タリクのなかではすべて片付いていることなのだろう。だが、ラビシュには納得いかないことばかりだった。


 「ダングスを材料に……、シスを救う?」

 「そうだヨ。シス氏はもう自分でタマシイの維持ができない。だから、ラーズは魔石を使ってシス氏に直接魔力を注いでいるけれど、それももたないヨ。魔石ってのはものすっごく高いんダ。キミと新たな契約を結ぶことに成功したいま、ラーズがそれをいつまでも使ってくれるなんて思うかイ?」


 言われ、ラーズの顔が思い浮かぶ。


 ―――使ってくれることなど、ないだろうな。


 少しの疑問もさしはさむことができずに、ラビシュはそのことに思い至った。

 それは、シスの状態を説明する際に魔石の説明などしなかったラーズの意向から明らかだ。ラーズには、もうシスを救うつもりなど毛頭ない。


 だが、その事実とダングスが必要なことの関係は分からなかった。


 「思わない。でも、それとこれがどう関係するんだ」

 「あーしがシスに魔力を送るパイプになるのよ。あーたの集めた魔力をシスへと送るパイプ。それがあーしの役目ってわけ」


 ラビシュの質問に答えたのはタリクではなく、ダングスだった。

 パイプ。

 その言葉で、ダングスがシスと魔力を仲立ちする役目を担うのだということは理解した。だが、それがなぜダングスであり、そして、なぜ剣というかたちを取るのかが分からない。


 「俺が魔力を集めるのはいい。でも、なんでそれにダングスが関わるんだ。必要ないだろう」

 「きしし、そうは問屋が卸さないのだヨ。この方法にはどうしてもリリ氏のようなえきすぱーとが必要なんダ。他人の命を魔力へと変換するのは並みの術者ではできないからネ」

 「そういうこと。ま、仕方ないのよ。あーし天才だし」


 言って二人は笑う。タリクとダングス、ふたりの少女はいま同じような笑みを浮かべていた。

 なんとなくだが、このふたりは似ているのかもしれない。そんなことをラビシュは思った。

 だが、そんなこととは無関係に、聞き逃せない言葉があった。


 「ちょっと待て。いま、なんて言った?」

 「え? あーし、天才」

 「そうじゃない。他人の命を魔力へって、そう言ったな?」


 ダングスの間のぬけた返しを否定して、ラビシュはタリクへと問う。


 『他人の命を』


 聞き違いでなければ、たしかにタリクはそう言った。

 それが事実ならば、『他人の命を』どうにかする方法など、ひとつしかラビシュには思いつかない。


 ―――殺すことだ。


 ようやくそこまで来てラビシュの理解は追いついた。

 が、同時にラビシュはその理解を拒絶する。

 人を殺して、シスを救うなど許されるはずのないクソッタレな考えだからだ。


 「そうだヨ。だから剣なんじゃないカ。キミが殺して、リリ氏が送ル。とってもしんぷるでわっかりやすい構造ダロウ?」


 ラビシュの思考など歯牙にもかけず、タリクはすべてを肯定する。

 人を殺す。

 それゆえの剣なのだと、この殺人武器職人を自称する少女は笑って言うのだ。


 「ダングス」


 すがるような目で―――おそらく自分はそんな目をしているのだろう―――ラビシュはダングスを見た。


 「そんな目で見るんじゃないわよ。分かってるわよ。決まってるじゃない。でも、だからなに? あーしはね、ラビシュ。シスを救うの。そのためなら別に他人の命なんてどうでもいいわ。簡単で分かりやすいじゃない。誰かを殺して、誰かが生きる。この世界の縮図のようで、とても分かりやすいわ」


 ダングスの答えは悪い意味で予想通りだった。

 シスのために誰かを殺す。

 そのことに多少の罪悪感はあれど、迷うことなどはない。ダングスはそう言ったのだ。

 それは、この世界の小さな真実ではあったが、すくなくともラビシュの望んでいた言葉ではなかった。


 ―――でも、それしか方法はないのだろう。


 「でも、シスは」


 否定の言葉を続けようとしてラビシュは止めた。

 答えはわかりきっており、選択肢などもはやない。だというのに、それを否定しようと言葉を吐き続けることは、あまりに無責任ではないか、ラビシュは思った。


 事実、すでに自分の理性は答えを決めている。


 『それしかないのだ』と、体のいい言い訳を捜し求めているだけだ。


 ―――俺は、なんて、卑怯だ。


 「望まないでしょうね。でも、あーしにはそんなことは関係ない。あーしはリリー・ダングス。自分のしたいことをしたい時にする。そうやって生きてきた。それがあーし、リリー・ダングスなの。いい? あーしはシスを救うわ。あーたが、シスが、なにを言おうと関係ない。あーしは救う。それがあーしの覚悟よ」


 ラビシュの答えなど必要ない。そう言うようにダングスは言葉を続けた。

 それはひとつの宣言であり、同時にラビシュにとっての逃げ道だ。


 『あーたは悪くない。あーたはあーしに利用されて振舞うだけ。悪いのは、すべてあーしよ』


 ダングスはそう言っている。


 「ダングス、俺は」


 その言葉を受けても、ラビシュはなにも言えなかった。卑怯にも、言葉にならない言葉を口にしようとするだけだ。

 その事実はラビシュを打ちのめす。強さを求めながら、ラビシュには覚悟すらできていなかったのだと思い知らされる。


 ―――俺は、あのとき誓ったはずだ。


 「勘違いしてもらっちゃ困るわ。あーたに手を貸すわけじゃない。あーたがあーしに手を貸すのよ。あーしはもうこの世界のものを害せない。シスのために他人の命を奪うことすら、あーたに頼らなきゃいけない存在なの。だけど、それでもあーしはシスを救けたい。生きていて欲しいと思う。だから、あーしはあーたを使う。それだけの話なの。あーたがいやなら別にほかの誰かで構わない」


 ラビシュの後悔など気にも留めず、ダングスは自身の思いを口にする。


 それだけで、ダングスがシスを、そしてラビシュをどう思っているのかがよく分かった。


 「きしし。ということサ、らびっしゅクン。悪いけど、ぼく様はリリ氏を剣にするヨ。その結果、キミが欲しいならキミに譲ろウ。欲しくなければ、それでイイ。ぼく様はべつの誰かに譲るだけサ」


 笑いながらタリクもダングスの言葉を肯定する。

 そしてなにより、自分自身のためだけに生きていることをまざまざとラビシュに見せつける。

 そのふたりのあり方との歴然とした自分のあり方が、ラビシュにひとつのことを思わせた。思わせられずにはいられなかった。


 「俺は」

 「いいのよ、ラビシュ。あーたが普通。あーしたちがおかしいの。あーたはもう自由なんだから、忘れて生きることも考えるべきなのよ」


 ―――違う。俺は……。


 うらやましいのだ。

 正直に浮かんだのは、ただそれだけの感情だった。

 善悪の彼岸なく、己の決めた道を突き進もうとするふたりの意志が、その強さがラビシュに羨望という感情を抱かせる。


 ラビシュに己はない。


 ただ生きるためだけに、強くなりたかった。そのための努力もした。いまはシスを心の底から救いたいと思っている。


 だが、それは、同時にひとつの諦観も含んでいる感情だ。

 ゆえに、ラビシュは躊躇った。


 現実的に不可能なこの世界の限界を―――正確には、己の倫理の限界を知ったとき―――ラビシュは負けたのだ。

 シスを救うという願望から、現実的な困難にラビシュは負けたのだ。

 『絶対に』シスを救うという心が自分には足りていない。そのことを、いま強烈にラビシュは意識させられていた。


 「ふむ。マ、出来てから結論を出せばよいと思うヨ。結構かかるからネ」


 ラビシュの覚悟のあいまいさを見抜いたのだろう。

 タリクはそう言ってひとまずの時間をラビシュにくれた。


 「……」


 ラビシュは無言で首を縦に振った。振ることしかできなかった。


 「その間だがネ、らびっしゅクンは毎日通って闘術でぎりぎりまで魔力を補給してほしいのだヨ。ひとり、ぼく様の知り合いがいるから手伝ってくれるはずサ」

 「ああ、分かった」


 すでにタリクがなにを言っているのかあいまいなまま、ラビシュは首肯する。

 覚悟もない自分にできることなど、ただ肯うことくらいしかできないのだという、やけぱっちな気持ちもあった。


 「気をつけなさいよ。あーた自身病み上がりだし、あーしたちの準備が整う前に死んじゃ、元も子もないんだから」

 「きしし。でも、あの子のことだから、きっとこってり絞られると思うけどネ」


 言って、タリクが笑う。

 その笑い声も、ダングスの心配する言葉も、いまのラビシュには大して意味などない。


 ―――覚悟だ。覚悟がいる。


 与えられるこの空白の時間のなかで、それを見つけることが必要だ。

 心を鋼のように鍛え上げ、簡単には動揺しない確固とした覚悟を持つこと。

 それが、この期間にラビシュがなさなければならない、もっとも重要な事柄だ。


 ―――シスを救う。そのために、俺は鬼にでも死神にでも、人殺しにでもならなければならない。


 それが、おさない考えであったことを、ラビシュが知るのは、もっとずっと後のことだ。


なんとか今日中。

そろそろ会話あきたので戦闘へいきたい。

一週間くらい目標で。

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