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人のいのち

 「で。それを見ようとして一撃くれてやったら、ああも見事に一撃で終わったと。フフーふ、キミはそういう訳だ。ラビシュ」


 控え室に戻るなり、そんな言葉がラビシュを出迎えた。

 

 「……」

 「おいおい。無視するなんてちょっとひどくないか? 結構似てただろう? オレ、こういうの得意なんだぜ」

 

 自慢げにそう言って、シャーリ・エストーは微笑んだ。その顔は、ラーズの薄ら笑いとは似ても似つかない獣のような笑みだった。

 

 「あーた、なにやってんのよ? ラーズのまねなんて、バッカじゃないの?」

 

 ラビシュの代わりに答えたのは、リリー・ダングスだった。

 

 ―――またか。

 

 呆れたようにため息を吐き、ラビシュは(ダングス)をシャーリと相対するように立て歩き出す。

 

 「あ? バカはあんたのほうだろう? リリー・ダングス」

 「はぁ? あーた、なに言ってんの? あーしはバカじゃないわよ」

 「は。どうだか? バカは自分じゃ気づかないからなぁ」

 

 シャーリが応じ、いつも通りの罵り合いがはじまる。このふたりは会えば、文句ばかりを言い合っている。どちらも無性に相手が気に食わない、ということらしかった。

 

 言い合う横を無言で通り過ぎ、ラビシュは珍しく黙り込んでいるタリクのほうへとむかっていった。

 

 「……やあ、らびっしゅクンか。お疲れ様だヨ」

 

 目の前に立ったラビシュに向かい、力なくタリクが言う。

 その様は、いつも五月蝿すぎるくらいに煩いタリクには珍しい姿だった。

 

 「あ? なんだよ」

 

 無言でシャーリのほうを振り返るが、答えはもらえない。ただいつも通り、乱暴にダングスを振り回しているシャーリがいるだけだった。

 

 「どうしたんだ? いつもはもっと……、うるさいだろ?」

 

 一応、気を遣いながら、ラビシュは異変を口にした。

 

 「そうかナ。……そうかもシれないネ」

 

 言いながら、タリクは道具を広げていく。いつも通り、剣を研ぐための道具だ。いつもならば、嬉々として行うものだが、今日はその動作もどこか緩慢だった。

 

 「タリク?」

 「らびっしゅクン。剣をくれ給エ」

 「あ、ああ……」

 「ちょ、ラビシュ! あーしはまだこのバカに言いたいことがあんのよ!」

 

 言われ、ラビシュはシャーリと言い争う剣を手に取り、渡す。途中、ダングスの抗議の声が聞こえたが無視だ。魔力を流してダングスを強制的に一時眠らせた。

 

 武器としては文句はない。よく喋るというのが、この剣のたったひとつの欠点だ。ラビシュはそう考えている。

 

 そこから先は無言だ。

 一言も漏らすことなく、タリクは剣を研ぎ上げる。その様を見るともなく見ながら、ラビシュは鎧を脱いでいく。いつものように下に着たシャツは血で赤く濡れていた。

 

 ―――また、新しくしないといけないのか……。

 

 ため息混じりにそんなことを思考する。

 洗ったところで薄く血の色は残ってしまう。それがイヤで、ラビシュは毎度新しく購入することにしていた。

 

 借金もなく、ラベルからラルーファへと格も上がった。少なくとも、生きていく上で金の心配はほとんどなくなっていたのは事実だった。

 

 「ボク様はサ、らびっしゅクン」

 

 呼ばれ振り向くが、タリクはラビシュを見ていない。

 ただ額に汗を滲ませながら、一心に剣を研いでいた。

 

 「キシッ。キしし、しし」

 

 途切れることなく研ぎの音の合間、タリクの奇怪な笑い声が響く。

 

 「今日はよい日ダ。よい日ダヨ、らびっしゅクン。

ホラ。見たまエ……成功ダ」

 

 言って、タリクが剣を掲げて振り返る。その顔は、先ほどまでとは打って変わり狂ったような笑みがあった。

 

 「なにが成功したって? 変態武器職人」

 

 タリクの様子が気になったのだろう。シャーリが問うた。

 

 「ぼく様は変態ではないヨ。天才殺人武器職人タリク・ペイズリー、その人サ」

 「へぇ、そうかよ。で、一体なにが成功したんだ? 変態(天才)

 「きしし。マ、よいヨ。

 天才ダ、天才だとおもっていたけれド、やはりぼく様は天才だっタ……いや、大天才だったヨ。見たまエ……美しいダロウ?」

 

 青黒い鋼の上に刻まれた波紋形。

 流れるように明滅する紫の文様を見せつけながら、タリクは言う。だが、ラビシュの記憶によると、その剣は刃物など有してはいなかったはずだった。

 

 ―――そうか。コレが……。

 

 「へぇ」

 

 一言、シャーリはそれだけ言って立ち上がる。

 その横顔を見れば、タリクの差し出した波紋がなにか理解したことが容易に見て取れた。

 それゆえだろう。すでにシャーリの興味はタリクにはない。その証拠に一度大きく伸びをすると、

 

 「じゃ。オレこの後あるから行くぜ」

 

 それだけ言ってシャーリは部屋を出て行った。

 

 「きし、しし。こういうのはエストー氏の好みではなかったようだネ。

 キミはどうだイ? らびっしゅクン。コレがシス氏を救うのだヨ。美しいダロウ? 美しカロウ? ヒトの命というヤツはサ」

 

 ―――ヒトノイノチ。

 

 目の前で明滅する光は、タリクの言う人の命の残滓で出来ている。そう、先ほどラビシュが斬捨てた黒犬(ガウ)の命が明滅しているのだ。

 

 「それが、そうなんだな……」

 「ソウサ。コレが人の命―――その半分ダ。美しいダロウ?」

 

 にこりとタリクが微笑んだ。いつもの幼さなど感じさせない恍惚とした女の笑みだ。

 

 「どんな感じだ? ダングス」

 

 笑いかけるタリクを無視して、ラビシュはダングスへと問うた。ラビシュの魔力から解放された(ダングス)はすでに覚醒しているはずだ。

 

 べつに、本気で気になったわけではない。ただ今の状態のタリクとはあまり言葉を交わしたくなかった。それ故だ。

 

 「きしし。ツレナイネ……」

 「そうね。べつにどうってことないわよ。普通に魔術を行使するときと同じ感覚かしら」

 

 ラビシュの声に応じて、剣の柄に刻まれた獅子(ダングス)が言う。


 「きし、さすがだネ。やはり、キミを素材に選んだのは正解だったヨ」

 「ま、あーし天才だし」

 

 タリクとダングスが笑いあう。

 だが、ラビシュは到底笑う気分になれはしなかった。

 目の前で嬉々として命をあつかうふたりに辟易したのも確かだ。だが、それ以上に人の命をあつかうことをダングスに頼んだのは、ラビシュ自身だった。

 

 仕方のないことだったとはいえ、そのことがラビシュに思わせる。

 己の無力さを。自分を含めたこのクソッタレな世界のことを。どうしようもなく、思わせる。

 

 だが、それは自分勝手な感情だ。

 ダングスはラビシュのためではない。シスのために選択したのだ。同情は、ダングスの心意気をも踏みにじることに他ならない。

 

 ―――割り切ったはずだろう? 

 

 「それで。コレでどうやってシスを救えるんだ?」

 

 心のなかに浮かんだ疑問を振り払いラビシュは問うた。


 そのことだけを思って二年を過ごしたのだ。ダングスを剣にしたのもそのためだった。

 

 「それは簡単サ。リリ氏、固定化させる感じで頼むよ」

 「絞る感じでいいんでしょ? 結構、簡単なのね」

 

 言って、(ダングス)が発光する。

 波紋に沿うように紫の光が流れ、柄に彫り込まれた獅子の彫刻までやってくると吸い込まれるように光が消え、二度ほど強く瞬いた。

 

 「やっぱり、一人分じゃずいぶん少ないわね。もって一月くらいかしら?」

 

 発光し終えたダングスがつまらなそうに言う。それはまるでひとつの実験を終えたあとのような淡々とした冷静さだった。

 

 「フム。マ、そんなものだろうネ。人の命といっても闘術ほど効率よく出来るわけでもないし、ソモソモ人様のものだからネ。それにパスが通っているとはいえ、シス氏へ飛ばすのでムダがあるネ。想定の範囲よりはよいヨ。……慣れればもう少しはいくカナ?」

 

 通行券(パス)

 それは、シスとダングスを繋ぐ魔力の流れだ。ダングスの得た魔力は、シスへと流れていくように形成されている。誰あろう、目の前の自称天才(タリク・ペイズリー)の手によって、だ。


 「でも、マ。よかったネ、らびっしゅクン。これでもう毎日ぎりぎりまで命を削らなくても済むようになったヨ」


 言われ、ラビシュは思い出していた。

 

 あの鐘が鳴った日―――ラーズと新たな契約を結んだ日のことを。


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