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幕間

数本の管が地を這ってひとつの場所へと集積する。

 「ふふーふ」

 いつも通り作った笑みを浮かべ、ラーズはそのさきにあるものを見た。

 さきにはシスの顔がある。開け放たれた窓から入った風が、シスの銀の前髪をすこし揺らした。

 「……こうやってキミの寝顔を見るのなんて、一体いつ以来だろうね」

 言いながら、ラーズは意外を感じた。

 ―――ぼくは、こんなことを言うためにココにやって来た訳ではなかったはずだが?

 いや、そもそもそれ以前にラーズがココにやってくる理由などはすでにないのだ。

 シスの役目は、もう終ったのだ。ラーズを高みへと羽ばたかせるはずだった翼はすでに折れ、見守るべき雛≪ラビシュ≫はすでにシスを必要としていない。

 ―――これ以上の、庇護はラビシュにとって毒でしかない。

 脳裏に鮮明に浮かぶ姿があった。

 墜落する銀の鳥―――シスが敗北した瞬間だ。

 「うん、思い出せる。いまでも克明に思い出せるよ」

 ラーズはひとり頷いた。

 そのたったひとつの敗北が、思えば最後のときだった。

 決定的な敗北だった。それ以降シスが空を自由に飛ぶことはなくなった。

 ラーズは思い出す。

 ―――あのとき、自分は何を感じたのだったか。

 悲しみだったろうか、絶望だったろうか。

 これでシスとの旅は終わりなのだという、悲しみだったのだろうか。

 「ふふーふ。いや、本格的にぼくはダメになったものだ。なにも思い出せはしない」

 哀しみなど微塵も感じさせぬ声でラーズは言った。

 いったい、いつからのことだったのだろう。

 まだかろうじて残っていたはずの感情が、すべてすりきれてしまったのは。

 思えど、答えは一向思いつかない。感情などというものはもう過去のものだ。

 「覚えているかい? シス」

 ラーズは言葉を続けた。

 吐き出すのは感情ではない。ただの事実だ。自分自身に内蔵された記憶だけだ。そこに感情などはひとかけらもない。記憶と呼ぶのもおこがましい無味乾燥な記録の波だ。

 「ぼくはキミに救われたね。流されてココにやってきて、空腹で死んでしまいそうなときだった。いま思い出しても笑ってしまうよ。ぼくは自分の食べていたパンがどのようにして、ぼくの前に運ばれてきていたかすら知らなかったのだから」

 覚えている。

 『あの、パン。……食べる?』

 救われたと思った。

金のため、名誉のためならば、血族すらも殺そうとするこの世界のなかで、見知らぬ誰かのために、己の数少ない食べものを分け与えることのできる人間がいる事実に救われた。

その後に見知ったはじめての連続で、ラーズは決心した。

『彼らを救いたい』

それは純粋で、偽りなどない思いだった。そのはずだ。

 ―――だが、

 「いまは、なにも感じない」

 言いながら、ラーズはシスを見た。

 目蓋は深く閉じられ、もう目覚めることはないだろう。

 ―――ぼくが、やったのだ。

 そう責めてはみたが、なんの感傷も湧いてはこない。

 「ふふーふ」

 ラーズは深く息を吐いた。

 『王になるならば、すべてを捨てよ』

 よみがえる。すでに抱いた感情などはない。だというのに、あの怒りだけは忘れない。擦り切れた感情ではない。ただひとつだけあるラーズの生きる目的だ。

 王になる。

 かつて玉座からこぼれた自身の持つ最後の目的だ。自分のすべてを奪った一族がもっとも大切にする玉座を簒奪し、ぶち壊し、世界を変える。それが、か弱くも優しかった彼らを救うことのできるたったひとつの目的だ。

 ―――それをかなえるためならば……。

 「たとえ世界中の人間が死んだってかまいやしない」

 間違えていることはわかっている。だが、もうそれしか思いつかないのだ。長いときの中で情熱は屈折し、それでも意志だけが原初の願いへと手を伸ばす。すでに思いはなく、名目の目的しかない。

 『間違っている』 

 シスならば、そう言うだろう。

 だが、それが一体なんだというのだ。

 「間違っているなら、止めてみろよ。止めてみてくれよ」

 変わらずシスは動かない。もう話すこともないのだろう。

 「ふふーふ。ぼくはいくよ。キミの大切なラビシュを売って、ぼくはまた一歩進む。それが、キミとの約束だ」

 擦り切った心のまま、はき違えた約束を目指す男はそう言った。

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