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そして、服従の鐘が鳴る⑧ 

 杖代わりにした剣が震えている。視界は揺れ動き、世界が何十にも重なっているように見えた。どくどくといつもより数倍早く脈打つ拍動が耳を打つ。

 

 「あ、……」

 

 ―――いったい、なにがどうなっている。

 

 戸惑いを口にしたはずが、言葉は耳へと届かない。耳が衝撃の影響ですこしおかしくなっているようだった。

 

 とっさに防いでしまった腕からは肉を突き破って折れた骨が飛出していた。闘術をもって治せるかと思案するが、やめた。治癒にどれほどの魔力をもっていかれるか分からないのだ。治そうとして死ぬなど、本末転倒も甚だしい。

 

 傷ついているのは左腕とわき腹だ。なんとか闘術の強化が間に合った腹は、骨にひびが入っただけで済んでいそうだった。

 

 ―――ついてたな。

 

 完全に油断していた。圧倒的な優位のなか、反撃があることなど完全に考えていなかった。だが、そのおかげで直撃はしなかった。油断していたがゆえに風によって体勢を崩され、そしてそれゆえに本当の打撃は掠るだけで済んだのだ。

 

 なによりついていたのは、武器が残っていることだった。

 表面にひびが大きく入っているが、あるとないとでは大違いだ。

 

 ―――これは、タリクに感謝しないといけないのか……。

 

 そこまで考えてラビシュは頭を振った。壁にぶつかった衝撃ですこしおかしくなっているのだろう。あんな血狂いに感謝することなどありえない。

 

 揺らいでいた視界が鮮明になってくる。先には黒い霧を撒き散らして暴れまわる獅子がいた。

 

 すでにラビシュを敵とは認識していないのだろう。いや、もう理性などないのかもしれない。ラビシュに構わず、結界を壊そうと体当たりをかましていた。

 

 ―――このままなにもしなければ、助かるのかもな……。

 

 そんなことを思った。このまま黒獅子に気づかれずにいれば、自分は助かるかもしれない。

 

 「―――――ッ!!!」

 

 獅子の狂った咆哮が耳につく。聴力も回復しかかっているようだった。

 

 「きゃああああああっ!!」 「ああああああっ!!」

 

 咆哮の合間に聞こえるのは叫びだった。逃げ惑う観衆たちの絶叫がラビシュの耳をつく。

 

 ―――ああ、そうだ。そうだよな……。

 

 「……外に出すわけにはいかないよな」

 

 杖にしていた剣を抱えラビシュは言った。残った右腕へと魔力を注ぐ。片手で持つには剣はすこし重過ぎた。これからは常時強化し続けなければならないのだろう。

 

 結界の外には観衆たちがいる。人の死を楽しむクソッタレな連中だが、だからといって死んでいいわけではないだろう。それに、外にはシスが、クラウがいるのだ。

 

 「ぐぅるるるぅ……」

 

 ラビシュの発した赤い魔力に導かれ、黒獅子が唸りをあげる。剣を構えたラビシュは、めでたく敵だと認識されたようだ。

 

 「……来いよ」

 「―――――っ!!」

 

 ラビシュの呼びかけに応えるように黒獅子が疾駆する。蹴り上げた地がへこみ、大量の粉塵が舞い上がった。

 

 黒い霧の残影を残しながら、獅子の腕がラビシュめがけて飛んでくる。つられて動く視界の端、腕とは逆のほうに蛇の輝くうろこが見えた。

 

 強化した刃先で爪を流し、すぐさま後方へと半歩引く。鼻先を蛇がかすめ、その奥からもう一匹の尾が顔を出す。ラビシュが串刺した方の蛇だ。喉の奥に赤黒い穴がのぞき見える。下顎をつま先で蹴り上げ、もう一度串刺そうとして、ラビシュはその身を反転させた。広がるは牙。ラビシュの肩を食い破った牙がふたたび間近に迫っていた。身を投げ出してラビシュはよけ、それを見越したように硬質化した羽根が飛翔した。

 

 剣でなんとか弾き飛ばしながら、ラビシュは身を起こす。すでに、それを見越した獅子の黒い腕が伸びている。

 

 「チッ」

 

 ―――休むひまもないのかよ!!

 

 さきにラビシュが黒獅子を攻めたときのように、容赦ない攻撃が間断なく襲いくる。

 

 ―――もつか?

 

 ぎりぎりの防戦を演じながらラビシュはそれを心配した。

 さきとは違い、いまは右腕も足も剣も強化し続けていなければ対応できない。その上、先には使わなかった眼も強化していた。そうでなければ、数倍速くなった獅子の攻撃を見極められないのだ。

 

 ―――俺の、命はもつのか?

 

 膨れ上がった蛇の体躯が頬を掠めていく。衝撃で面の一部が欠け散った。だが、そんなことは気にしていられない。一撃でももらえば終わりだ。

 

 だが、もらわなければ必ず助かるというわけではない。

 

 いや、むしろ時が経てば経つほどにラビシュは不利になっていく。闘術は身体能力を上げるが、無尽蔵というわけではない。いつか、終わりが来るのだ。そして、それは遠い未来の話ではない。

 

 ―――どうする? このままじゃ、ジリ貧だぞ!

 

 そう問いかけながらもラビシュの答えは決まっていた。方法など元からひとつしかないのだ。ぎりぎりまで命を絞った一撃を黒獅子へとあてる。時が経てば経つほどに状況はどんどんと悪くなる。二人の奴隷を逃がしたときのように、時間を稼げばそれでいいのではない。倒さねばらないのだ。

 

 そこまで分かっていながら、ラビシュは行動を起こせないでいた。

 声が聞こえないのだ。ラビシュをいつも攻め立てる声が、今日に限って響かない。いつもうるさいくらいにラビシュを急き立てる声が響かない。それがひどくラビシュには不吉なものに思えた。

 

 「――――――ッ!!」

 「くっ!!」

 

 だが、事態は様子見を許さない。

 

 「あぁあっ!! ぼく様の剣がァア!!!」

 

 タリクの絶叫が響く。黒獅子の攻撃に耐えかねて、剣に入ったひびが柄にまで走った。おそらく、防ぐにしろ攻撃するにしろ、あと一撃しか持たないだろう。

 

 「ちっ、くしょうがッ!!」

 

 ラビシュは覚悟を決めた。声が聞こえぬことなどもう問題ではない。ここで決断しなければ、死ぬのだ。

 

 ―――覚悟を決めろッ!!

 

 自身をそう叱咤する。

 

 「ッァア、アアアアアアッ!!!」

 

 奮い立たせるように咆哮し、ラビシュが剣の全体を薄く闘術で覆っていく。ラビシュめがけて襲いかかる蛇を蹴り、伸びる爪を足場にしてラビシュは跳躍した。そのさきにはラビシュを噛み砕こうと動く獅子頭がある。狙うは眉間。斬るのではなく、稲妻のように貫くべく先端へと魔力を集中させる。

 

 ―――届く!

 

 ラビシュはそれを確信した。首はすでに伸びきって瞬時の反応は難しい。後ろに迫る蛇よりもラビシュの方がはるかに早い。ラビシュはそれを確信した。

 

 『そうじゃねぇだろう?』

 

 声が鳴る。だが、その否定を打ち消すようにラビシュは剣をいきおいよく突き出した。先には黒獅子の無防備な頭がある。

 

 「これで、終わりだっ!!」

 

 叫び、そして、ラビシュは戦慄した。

 

 「ぐるうっるる」


 まるで嗤うように獅子が呻めく。

 伸びきった首の背後、白い翼が生えていた肩甲骨の間に黒い球体が浮いていた。

 

 ―――魔術っ!!!

 

 驚きがラビシュの口から出るより早く、黒い光線が赤い光を呑みこんだ。



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