幕間 ラーズのコタエ
賭けの終了を告げてから、めざとくラーズはシスの姿を見出した。
―――ほう。仕事は終わったのか。一体どうやったのかな?
そんな感想を見ながら、ラーズはシスを見る。その目は舞台のラビシュに釘つけた。その顔にすこしの怯えが見えるのは、戦いに溺れつつあるラビシュへの危惧だろうか。
舞台ではラビシュによる魔物の惨殺ショーがはじまりつつある。圧倒的な光景だ。いまのままならラビシュの勝利は確実だろう。
―――ふふーふ、第一幕はこれで終わりといったところかな。
上機嫌にラーズは自身の顎をなでた。動作に揺られて、金属の擦れる音が鳴る。
手にはすでにいくつもの金貨の入った袋を抱えている。
さきの賭けはほぼすべてが奴隷四人の死に賭けた。ラベル・ワンでの突発的な賭けは場を盛り上げるだけの余興に過ぎない。賭けに勝つことなど興味はない。観衆はただ興奮のままに己が望む結果へと賭ける。胴元になるには、これ以上においしいときはなかった。
おかげで、売り上げは上々だ。奴隷たちが逃げ遅れるというのは想定外ではあったが、いい稼ぎにつながった。
「ふふーふ」
いつも通りのつくった笑声をラーズは上げた。
―――まったく、キミってやつは、よくよくぼくに儲けさせる。
ラビシュが来てからというもの、ラーズはなぜかついていた。ひどく金回りがよくなったのだ。以前はひとりでやっていた書類仕事や帳簿関係をラビシュがやるようになって仕事がスムースになったというのもあるだろう。
だが、それだけではなかった。
赤獅子の人気がよいのだ。
とにかくウケがいい。
小さな体躯、けれど苛烈な剣舞が観衆を魅了する。その上、獅子面の下は誰とも知れぬ謎がある。そこがいい。とグッズからなにやらでずいぶんと儲けさせてもらっている。
なにより違うのは、その姿勢だ。ほかのラベル参加者とは違う。真正面から、正々堂々と生きることに相対している。そこが大いにウケた。やはりエンターテイメントは王道に限る。強きものを弱きものが不屈の闘志で破るのだ。それに胸をときめかせぬものなどいないだろう。
その余波で、飼い主であるラーズへのあたりもなぜかひどくよくなった。正統なる騎士を飼う者はおなじく潔癖だとでも思っているのだろうか。あまりに愚かしい思考だが、儲けにつながるのならば、そのくらいの汚名は喜んで着、それっぽいこともしてやろう。
実際、疎遠であった貴族連中や商人連合などからも、入手困難になったチケットを求めて多くの人間がラーズへ擦り寄ってくるのだ。
―――ほんとうに、得がたい人材だよ。
ラーズは深く微笑んだ。
―――キミが悪いんだぜ? ラビシュ。
「キミがあんまり有能だから、ぼくはこんなことをするのだぜ」
眼下の戦いを見下ろしながら、ラーズはうそぶいた。
今回もふくめて三回の戦いを終えれば、ラビシュはラーズのもとを去るだろう。そして、そのさきなどは見えている。ラビシュがどれほど足掻こうが、きっとラビシュはラベルへと戻ってこざるを得ない。そのとき、ラビシュはきっとラーズの敵に回るだろう。
得がたい部下は、明日の障害となる。
それならばどうするか。そんなもの決まっている。問題となる前に処分するのだ。
それなら、できるだけ印象深い最後がいい。正統なる騎士の死は、その主人を悲劇の主人公とする機会を与えてくれる。多くの者がラビシュの死を嘆き、ラーズの気の毒を感じるだろう。
ラビシュという稼ぎ頭を失うのは痛いが、すでにローンへの売り込みは終っている。商売敵の抹殺もこの機会に行なってしまえる。それならば、いったいどこで迷う意味があるのだろうか。
「ふふーふ」
無意味に声をあげ、ラーズは眼下をのぞき見る。これがラビシュとの別れかと思ったが、心にはなんの感傷も湧いてこない。つまりは、それだけのことだと言うことだ。
「さあ、舞台は調った」
ささやくように呟いて、大きくラーズは微笑んだ。
その下で、黒獅子が大きく歪むのを見届けながら、
「第二幕をはじめよう」
楽しげにラーズはそう告げた。