そして、服従の鐘がなる⑤
◇
上がった悲鳴に振り向けば、命がふたつ散るときだった。
「ぐぶぅう」
大地より伸びた双頭の大顎に引き裂かれる二人の男。その様をラビシュはなにもできずに見送った。
「ふふーふ、残念。四人と三人に賭けた人はこれで終了だ」
興奮した歓声の合間、拡声されたラーズの声が耳につく。
―――なぜ、その可能性を考えなかった……。
ラビシュの脳裏を悔いが走る。
だが、それも長くは続かない。戦いはまだ続いているのだ。
助けられる人がまだ二人残っている。
身を転がしてラビシュは黒獅子の腹下から離脱する。
「くそっ! 範囲が広すぎる」
黒獅子の尾が地中を行き来できる。その事実は端的に黒獅子の射程を分からなくさせた。さきの二人を襲ったときにしても、ラビシュの目測では決して届くはずはなかったのだ。それが届くということは、目測が誤っていたか、なにか仕掛けがあるということに他ならない。
「立てるか?」
結果、ラビシュは二人の子どもに駆け寄った。
ラビシュが注意を引いて逃がすことはもうできない。かといって、ただ横にはべるだけでは意味がない。足元から襲われれば、防ぐことはいまのラビシュにはできなかった。であるならば、とるべき行動はひとつだけだ。
「立てるか?」
再度ラビシュは疑問した。
問うのは、少年へだ。少女はすでに恐怖につぶされて、意識を手放し、へたり込んだ少年がなんとか支えている。
「な、なんとか……」
「その子を抱えて、あんたは出口へ歩け。あいつは俺が食い止める」
「ぼくが、抱えて……」
少年が反芻するのも無理はない。少女は少年よりも大きいのだ。いや、少年が幼すぎると言った方が正確だ。
おそらく、ラビシュと同じかそれ以下の年齢だろう。そんな少年が自分より大きな人間を抱えて歩くとは、そのまま歩みの停滞を、生存の可能性を薄めることを示唆している。
「できるな? できなきゃ、あんたら二人とも死ぬだけだ」
だが、ラビシュは問いかける。
少年は、少女を見捨てるつもりがない。そう信じたからだ。
少年の目がラビシュの先、男たちを噛み砕く黒獅子へと向けられる。黒獅子はお食事タイムの真っ最中だ。尾によって引き裂いたふたつの肉をぐちゃぐちゃと音を立ててむさぼっている。
その姿から眼をそらし、少年は抱えている少女へと眼を向けた。その眼に強さが宿るのをラビシュは見た。
「やります」
少年が少女を抱え、立ち上がる。
―――絶対、逃がしてやる。
逃げたところで、奴隷という二人の身分には変わりがない。もしかしたら、彼らはすでに餌として知らず売られているのかもしれない。
だが、それでも……。
―――いま、ここで死んでいいわけがない。
自然、柄を掴む手に力が入る。
地中から範囲不明の攻撃がやって来る。そのなかを人ひとり抱えた人間を逃がそうというのだ。
打破するには、たったひとつの方策しかラビシュには浮かばなかった。
『まだ実戦で使ってはダメ』
脳裏にシスの言葉がよみがえる。
危険は承知だ。
下手をすれば、ここで死んでしまうこともあるのだろう。
死ぬのはいやだ。
奴隷に落ちても、ラーズに土下座しても繋いだ命だ。
できるならば、生き続けたい。
―――だが、それでも。
それでも、誰かが死ぬのは見たくはなかった。
『俺は強く、強くなる』
思い出すは、かつてクラウに誓った言葉だ。
―――俺は、なんのために強くなった?
決まっている。生き残るためだ。
だが、それだけではない。
クラウを。シスを。自分と同じような境遇の人間をいつか救うために、求めた強さだ。
ならば、いまここで不可能だと逃げ出すことなど、できるはずがない。
可能性があるならば、それに賭けるだけだ。
「行くぞ!」
自身を奮い立たせる言葉とともに、ラビシュは地を蹴った。
使うは、闘術。
己の命を燃焼させて強さに変える魔法のひとつだ。
魔術を使えぬラビシュに残された唯一の選択。
それを発動させながら、ラビシュは黒獅子へと疾駆した。