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そして、服従の鐘がなる④ 

 いつも以上の盛り上がりを感じながら、ラビシュは花道を歩いていた。

 

 「なんだ、これ」

 

 思わず、そんな言葉が口をつく。

 広がる光景はいつものラベルのそれではない。

 赤く、崩れている。

 シャーリの赤さなど非ではない。まるで血の雨が空から降ったかのように、ラベル全体がびっしりと血で赤く塗れ、大地はえぐれ、壁のそちこちが欠けている。

 

 ――― 一体、なにがあったんだ……。

 

 脳裏にはさきほど会ったシャーリ・エストーの姿が浮かぶ。

 

 『遊びすぎちまってよ。一発もらっちまった』

 

 「一体、どんなやつと戦ったんだ」

 

 普通ではない。通常ではない。

 赤いまだらの舞台を見ながら、ラビシュは息を呑んだ。

 今回に限って、ラビシュは相手を知らされていない。

 背に冷たいものを感じながらもラビシュは花道を行き、舞台へ降りた。

 

 「んん、来た来た来たっ!! 来たぜぃ、野郎ども!! 本日二回目のメィインンイベントだっ!! あの稲妻が赤く染めた大地に、いま我らが赤獅子が舞い降りた」

 

 いい加減耳になじんだジゼットの声が鳴り、ソレに答えて異常な興奮が舞台へ落ちてくる。

 

 「稲妻に巨人! では、赤獅子にはなんだ! その答えを知る箱がやってくるぅぅううぅ!」

 

 目の前に箱がやってくる。ラビシュの三倍ほどの大きさもある黒布で覆われた檻だった。

 

 ―――なんだ。一体、なにが始まる。

 

 ラビシュの動揺などかまわずに事態は進んでいく。

 

 「おおおおおおおっ」

 

 ひときわ大きな歓声がなり、みなの視線が上がった。

 そのさきを追えば、ラーズだ。

 いつも通り薄ら笑いを浮かべ、高みから観衆を見渡している。

 

 「ふふーふ。やあ、みんな、ごきげんかい? 赤獅子の飼い主、ラーズだ」

 「おおおおおおおおお」

 

 拡声されたラーズの声が鳴り、歓声が応答する。まるで、この場のすべてがラーズに支配されているような、そんなおかしな錯覚をラビシュは覚えた。

 

 「それはよかった。ぼくも苦労した甲斐があったよ。さて、長い話は嫌いだろう」

 

 「嫌いだ!」などと追随する声が鳴る。誰もがなにかを期待している声だった。

 

 その様をゆるりと見下して、ラーズが言葉を継いでいく。

 

 「ふふーふ。ぼくもだ。だから、簡単に説明だけしよう。赤獅子が戦うのは、君らを苦しめてきた魔物だ。強く、獰猛で、多くの同胞がこいつに喰われた。その無念を今日赤獅子が払ってくれるだろう。さあ、赤獅子」

 

 ―――魔物、だと?

 

ラーズの吐いた言葉に、ラビシュの思考が一瞬止まる。魔物と戦うことがあるなど、まったくの想定外だった。


 ラーズがラビシュの姿を見咎める。

 その眼の語るは簡潔だ。


 「ちっ」


 ラビシュは剣を掲げ、空に十字を斬った。


 「おおおおおおおおおおっ!!!」


 くだらないパフォーマンスだ。御伽噺に出てくるひとりの英雄騎士が魔物を殺すとき、このようにしていたという話はすでにラーズに幾度も聞かされていた。


 ―――こういう狙いがあるのだとは、思わなかったけどな……。


 「……ラーズ」


 呪うように呟いて、ラビシュはラーズを睨みあげる。すべてが不満だった。


 「ふふーふ。対戦相手を紹介しよう。君の相手はコイツだよ」


 ラビシュの感情など気にもせず、ラーズは言葉を続けた。ラーズに促され、奴隷たちが黒布を剥がしていく。

 

 「獅子……」

 

 黒布の奥にさらされた姿は、まさしく獅子だった。紫のたてがみに、黒く輝く体躯。背にある翼と尾についた二頭の大蛇、そしてその巨大さが、眼前の獅子が魔なるものであることを強烈に教えてくれる。

 

 「名をシャンクスという。魔なる獅子と赤い獅子。果たしてどちらが強いか、楽しみだ」

 

 ラーズの言葉が終わるなり、シャンクスを囲っていた檻が崩れ落ちていく。魔法で作り出していたのだろう。霞のような魔力の残滓を残して消えていく。

 

 「な、待てっ!!」

 

 思わずラビシュは制止の言葉を口にした。

 まだ、奴隷が残っているのだ。さきに檻にかかる黒幕を外した四人の奴隷が、まだ舞台から出ていなかった。

 

 「―――――ッ!!!」

 

 咆哮。黒獅子が、怒りを開放するように一声吼えた。

 

 「ひゃあっ!」

 

 至近で魔物の雄たけびを受けたのだ。四人が四人とも腰を抜かして、その場に経たり込んだ。

 

 「チィイッ!!」

 

 黒獅子の右腕が奴隷に向かう。その様を見咎めて、ラビシュは走った。

 金属的な音が鳴り、土煙が舞う。

 

 ―――なんて、力だよっ!!

 

 「なにやってんだっ!! 立てっ!! 走れっ!!!」

 

 ぎりぎりと押してくる獅子の手を防ぎながら、ラビシュが叫ぶ。後ろなど向いている余裕はない。

 

 「あ、あああ……」

 

 聞こえてくるのは了解の声ではない。ただ事態を受け入れない人間の錯乱した声だけだ。

 

 「ふ、ふふーふ!! これは面白い展開だっ!! さて、みんな賭けを始めよう!! 赤獅子は一体何人の奴隷を救えるかっ!! さあ、一口金貨一枚からだっ」

 

 上からそんなラーズの言葉が響く。

 

 ―――クソッタレがっ!!

 

 「ふっ!」

 

 生じた怒りを吐き出すように、ラビシュは剣を薙いだ。

 受け流され、黒獅子の腕が横へと流れていく。その腕に乗り、ラビシュは腰に挿していたショートダガーを投擲する。

 

 狙いは、眼だ。

 

 だが、刺さらない。盾のように翼が黒い顔を覆い剣を受け止めた。

 

 「ぐるうぁあ」

 

 小さく呻り、はじめてラビシュを見咎めた。

 

 ―――知恵が、あるのか……。

 

 真紅の瞳には警戒が色があった。事実、用心するように黒獅子はラビシュと距離をとっていく。

 

 ―――いまのうちに……。

 

 「おい、立てるな?」

 

 いまだ視線は黒獅子へとやったままラビシュは言った。後ろにいる奴隷たちも黒獅子が離れたことで少し落ち着いたのだろう。

 

 「ああ……。なんとか」

 

 男の声で返答がやってくる。

 ちらりと見れば、立っているのは三人だ。二人の中年奴隷に、二人の子ども奴隷。そのうちの少女がいまだショックから抜け出せていなかった。ぺたりと座り込み、それを少年奴隷が必死に立たせようと格闘している。

 

 「出口まで行けるか……」

 

 疑問とも呟きとも取れる声をラビシュが発す。出口まではあと十数歩を数えるだけだ。それくらいならば、走りきることもできるだろう。

 

 その事実を確認して、ラビシュはほっと安堵した。

 

 ―――助けられる……。

 

 「あんたら三人で抱えて行けっ! アイツは俺が引き受ける」

 

 中年二人に少年ひとりだ。少女ひとりを抱えていったところで、容易に出口にたどり着ける。そのはずだ。

 

 「……あ、ああ。わ、分かった」

 

 男のひとりの承諾の声が鳴る。

 それを聞き届け、ラビシュは走り出す。

 

 「おおおっ!!」

 

 ―――出口には絶対に近づけさせない!!

 

 覚悟を咆哮に変えて突貫する。

 

 「赤獅子の突貫だっ!! 黒獅子へと真っ向から勝負を挑むつもりだぜ、ありゃあ!!」

 「―――っ!」

 

 短く黒獅子が吼え、腕を出す。それをわざと受け止め、ラビシュは叫んだ。

 

 「いまだっ! 行けっ!!」

 

 ラビシュは黒獅子を足止めるためにわざと剣で受けたのだ。これで確実に奴隷たちが逃げる時間を稼ぐことができた。ラビシュが確信したときだった。

 

 「あーん。なんだアリャ……」

 

 いつものうるさい実況ではない。気の抜けたようなジゼットの声が鳴る。

 声に導かれ、ラビシュはそちらを眺め見た。

 

 「はっ! だれがっ!! 助けてなんていられるかよっ!!」


  そんな切れ切れの言葉を吐きながら、男が二人走っている。抱えて逃げても余裕で全員が助かるはずなのに―――了解したはずの男二人が子ども奴隷を見捨てて逃げている。

 

 「……なんでだ」

 

 ふっと力が抜けるのをラビシュは感じた。

 瞬間、衝撃が体を突き抜ける。

 

 「ぐうっ」

 

 なにかにぶつかった感覚がして、見れば壁が間近に迫っている。

 

 ―――蛇か!

 

 防いでいた前脚の代わりに伸びた尾の大蛇がラビシュの体を弾き飛ばしたのだ。

 

 「くっ!!」

 

 体勢を立て直し、壁を蹴って激突を免れる。

 

 ―――どこだ!

 

 見失った黒獅子の姿を追い、そして簡単にその姿を見出した。

 動いたことで獲物と判断したのだろう。二人の中年に向かって黒獅子が歩き出している。

 

 「あ、ああ、ああああ……」

 

 声に鳴らぬ叫びを出して、男二人が固まっている。

 

 「くそっ!!」

 

 ラビシュが駆ける。

 

 ―――助けるのか? 

 

 可能ではなく、そう問いかける声をラビシュは聞いた。

 立てぬ子ども奴隷を捨てて、自分たちだけが助かろうとした人間たちだ。それを果たして助ける意味があるのか。そんな思考がラビシュの脳裏をかすめ、そして捨てられた。

 

 ―――知るかよっ!!

 

 言葉にならぬ叫びを上げて、ラビシュは黒獅子の振るう前肢を受けた。

 

 「ぐううっ」

 

 身をひねりながら受けたからだろう。完全でない姿勢のため、ぐっと右ひざが折れ曲がる。

 

 ―――押し切られる。

 

 「走れっ!」

 

 考えるよりも先に言葉が口をつく。

 固まっていた男たちが、声で覚醒し走り出す。

 

 その様を見た瞬間、ラビシュは脱力し、柄を一度手放した。

 急激な脱力に翻弄された黒獅子の手が過ぎていくのを見ながら、ラビシュは姿勢を直し、黒獅子の腹の下へと回り込む。すでに手は剣の柄を握りなおしている。

 

 ほんの数秒でいい。

 

 あと、ほんの数秒気をそらせれば、彼ら二人はまず間違いなく出口へとたどり着く。

 

 ―――終わったら、一発殴ってもいいよな?

 

 生きているのだ。それくらいの暴挙なら許されよう。

 ラビシュがそう考え、腹を割くべく剣を構えたときだった。

 

 ―――蛇が……埋まっている?

 

 腹の先、二本の太い尾が地面に埋まっているのをラビシュは見咎めた。

 

 ―――なんだ?

 

 ラビシュが疑問を口にしようとした瞬間だった。

 

 「ぐうぎゃあああああああっ!!」

 「わあああああああっ!!」

 

 二つの絶叫と、特大の歓声が大地を震わせた。



 

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