第7話 異端の中にいた異端の獣 ――子パンダ VS 親パンダ――
ある森にて一匹の獣が生まれた。
その獣の種族は卓越した戦闘能力を誇りながらも極めて穏やかな気性を持つという、特にその森の中では大変珍しい種族であった。
彼らは自分たちからはほとんど敵対行動をせず、無駄な争いや殺生を避け、日々のんびりと(悪く言えば怠惰に)生活を送る一族。
しかし一旦戦いの場となればその絶大なるパワーとスピードで瞬時に敵を血に沈め、圧倒的な力で障害物を蹂躙することができる驚異の一族でもあった。
彼らは日々をのんびりゆったりのびのびと好きに暮らしていきたいと考えていた。
だが彼らが暮らす森は多種多様な生き物がひしめき、種の生存圏をかけてしのぎを削りあう弱肉強食の世界。
必然的に他の生き物たちに会って、問答無用で襲われることもある。
そのような時はしょうがないから相手を瞬殺してきたが、慎ましく助けを求めるものには手を貸したりもしてあげていた。
時に敵対し、時に共生しつつも彼らはのんびり、ゆったりと暮らしていた。
だが何事にも例外というものは発生する。
★★★
その獣は一族の中で異端児とされていた。
卓越した戦闘能力は他と同じ、ただそれを鍛錬にて更に昇華しようとするところが他と違っていた。
普段穏やかな気性も他と同じ、ただ戦闘のときとなると獰猛に、必要以上に苛烈に相手を攻めた。
日々を好きに生きたいというのも他と同じ、ただそれは一箇所に留まり続けることではなく、自由奔放に戦いを求めて旅をしたいということであった。
簡単に言えば戦闘狂であった。
いつからかは分からないが常に戦いのことばかりを考え、それを親に、友達に、一族の仲間たちに力説し続けた。結果誰とも考えが合わず立派に異端認定されてしまった。
しかしその一族全員が柔軟な思考を持ち合わせ、穏やかつ優しい気性をしていたので別にいじめられたり否定されたりということもなかった。
親からは他の兄弟同様たっぷりと愛情を注がれ、友達もたくさんできた。親友と呼べるものも何人かいた。
近所のおじいさんおばあさんからも可愛がってもらい、充実した子供時代をすごした。
ただ共感はされなかった。
家族も友達も隣人も、その子供の考え方を否定こそはしなかった。
それどころか斬新だとか、面白いねだとか、目から鱗じゃとか言ってくれたが・・・決して共感はしてくれなかった。
下手に気を使ったほうが傷つくと全員が全員考え、事実その通りなので正直に言ってくれたことに獣は心の中で感謝していたがどこかもどかしかった。
このままこの一族と一緒にいても戦う機会はあまりないだろう。
いい加減一族のオス達相手に(流石にメス達相手は気が引けた)半ば強制的に鍛錬に付き合ってもらうのも心苦しい。
やりたくないけどしょうがないからやってあげるよ仕方ないなぁ的な視線が痛い。
獣は成長期を終え身体がしっかりと作り上げられると、ある日一族の長である父親に直談判した。
一族の縄張りを離れて外へ行きたい、旅をして強敵と戦いたい、と。
流石に反対された。
父は言った。外で一匹だけだと外敵が現れたときに危険ではないかと。
獣は答えた。もう自分の身は自分で守っていけると。自分は誰にも負けないと。
今の、少しでも強い外敵が襲ってきた瞬間に群全体で一気に襲い掛かり明らかなオーバーキルを叩き出すような戦闘では自分は満足できないのだと。
父は言った。もう一度聞くが、何故のんびり暮らすだけではダメなのかと。
獣は答えた。それは今まで散々言ったではないかと。
ボクは闘争を求めているのだと。
誇りと命を懸けて戦い、互いに互いを傷つけあい、苦しみながら、血を流しながら、それでも止めず立ち止まらず、死線で踊るような闘争がしたい。
血潮を沸き立たせ、精神が焼き切れるような高揚の中、命尽きるその最後のときまでただひたすらに力振るい続け、恐怖と!緊張と!快楽と!狂気が入り混じった刹那を味わいたい!!
獣の父親は獣が捲くし立てることの半分はもう理解できず、もう半分は鬼気迫る表情で早口に喋る獣に圧倒され聞こえていなかったが、しかしそれでも反対した。
そして縄張りの外の森がいかに危険で、自分たちでも負けるかもしれない敵がいるかということを伝え、逆効果と気づく。
頭を抱えた父親は、それではこの私を倒してからにしなさいと叫ぶ。もうこれぐらいしか手を思いつかなかったのだ。
聞く耳持たずに放っておくと自分の子供は勝手に旅に出てしまうと直感した。
獣は大喜びで父に感謝すると、早速戦おうと言って父を促す。
父はそれを承諾すると、向こうで戦おうと言って獣の向いていた反対の方向にある広場を指した。
獣が手の動きに釣られて広場を向く――
――そしてその隙だらけの獣の後頭部を反対側の手で全力をかけて殴りつける父。
轟音を響かせ吹っ飛ぶ獣。
周りで話の成り行きに聞き耳を立てて見守っていた他の一族の獣たちは目を疑った。
(――そこまでして行かせたくないのかこの父親――)
しかしながら縦回転しながら吹っ飛んで行く獣を誰も受け止めようとしない。
それどころか俊敏な動きで避けて吹っ飛ぶがままにさせている一族達、少なからず獣の父と同じ気持ちがあるのは明らかだった。
2回地面をバウンドした獣は完全に伸びており、少なくともその日は旅に出ることは不可能であった。
★★★
翌日も、翌々日も、またその次の日も獣は旅に出れなかった。
今まで本気で父親と戦ったことがなかった獣は、初めに父に勝てばいいといわれたとき、容易くとは言えずとも己ならば勝てると考えた。
更には父親の本気が見れると思って楽しみに思ったが、初日の不意打ちにまったく対応できず完敗。
ただでさえ獣が見たことがないほどに父がやる気なのに加え、戦闘を開始するのは父の方からのみとされ、自分から先手を取って襲い掛かることは禁じられた。
父は平気で考えることさえ恥ずべきとされるような手段で獣を奇襲しては容赦なくぼこぼこにする。
今までの父からは考えられないほど卑劣な手段を使ってくるが、それだけ獣のことを心配しているということだ。・・・たぶん、きっと。
就寝中や寝起きを襲われるなんて当たり前、生き物として避けて通ることができない食事や排泄中でさえ父は襲ってきた。
そうして身動きが取れずにいる獣を一方的に蹂躙し、去って行く。
あるときは一族を何人か集め協力させ、父親にだけ警戒していた獣を袋叩きにさせた。
あるときは家族に協力させ、攻撃してくる獣の打撃の軌道上に妹や弟達を割り込ませた。そうして攻撃に急ブレーキをかける獣の隙を突いて殴り飛ばした。
あるときには3日間、獣の背後に忍び寄るだけ忍び寄って何もせず、焦らしに焦らしてストレスで獣の精神が限界の状態のときに正面から襲い掛かってきて獣をあっさりと昏倒させた。
またあるときは今までどおりの正常な父親に戻ったかのように振る舞い、更に獣の話に深い理解を示して意気投合した・・・ように見せかけて獣が気を許した瞬間に叩きのめした。このとき、ようやく自分に共感してくれたのかと獣は錯覚していたので反動で大きなショックを受けた。
しかしいかにズタボロにされようとも不意打ちに対応できないようでは縄張りの外で生きていけないと言われてしまえば返す言葉もない。
獣は父の試練を甘んじて受け、一回一回の敗北を勝利に繋げようとがんばった。愚痴や文句は一言も吐かなかった。
・・・戦う前にそれらしい理由を説明し、旅に出ることを一旦許可したように見せかけ、喜んで感謝して下げている此方の頭を上から両手で思い切り殴りつけたのは流石に酷いと思ったが次からは気をつければいいだけの話。
獣は諦めなかった。
そして辛く苦しい毎日を歯を食いしばって耐え忍び、学び、次第に父の卑劣な不意打ちにも対応できるように成長した。
複数の人数で襲い掛かられてもうまく空間を使い、一人ずつ迅速かつ正確に倒せるようになった。
自らの身体を柔軟に、流水の如く滑らかに活用する術を身につけ、動きに一切のブレーキをかけずに一見届かないかのように見える場所にも攻撃が届くようになった。
何をしているにしても常に自分の周りの空間に意識を拡散させ、死角を作らないようにすることにも成功した。
そしていつしかそれら全てを己に教えた父とも互角に戦えるようになっていった。
★★★
ある日、獣が旅に出たいと言い出してから半年ほど経った頃、とうとう獣は父に勝利した。
流石に父は自分がした約束を破ることはしなかった。旅へ出る許可を出したのだ。
獣は実はちょっと心配だったので、心の中でほっとした。
そして今度こそ大丈夫だという確信を元に、父に感謝を表すために頭を下げる獣。
その獣の頭上に振り下ろされる父の拳。
再び獣を地面に沈めるかのように思われた一撃はしかし、頭に当たる直前に止められる。
獣の両碗でしっかりと受け止められたのだ。
父のもう片方の手がゆっくりと自分の子の頭の上に置かれ、その艶やかな頭毛を優しく撫でた。
獣の表情が歓喜に染まる。ようやく本当に認められたのだ。
これをみて獣の一族達は理解した。獣が旅に出る時がきたのだと。
獣は盛大に見送られた。皆、心配はしていなかった。長の試練に打ち勝った獣を害せるものなどそうはいない。
今なら安心して獣を見送ることができる。そう思ったからだ。
皆、別れを惜しみながらも笑顔で獣を見送った。
そして獣も笑顔で旅立って行った。
★★★
かつての自分と同じように旅立っていった獣を見送った後、一族の長はふと思う。
最後に頭を撫でたとき、もし自分が攻撃していたとしたらあの子は受け止められただろうかと。
しかしそれは今更考えても詮無きこと。
長は顔を上げて天を仰ぎ、森の緑で縁取られた晴天の空に祈りを託すように思いを綴る。
あの愛しの我が子は己のうちに凄絶たる闘争心を秘めている。
それはきっと何かの拍子に野生の本能が色濃く出てしまったことが原因で、それ故にあの子はあんなにも強くなったのだろう。
しかし同時にあの子は無邪気すぎる、それがいつか悪い方向に働かないかだけが懸念。
それでもこれ以上この場所にとどめておくことができなかったのも事実。
願わくば、愛しの我が娘の旅路に”大いなる者達”の加護があらんことを。