第38話 スキルアップ ――妖精 VS ダイダラボッチ―
私はムラサキに用済みの実験体の処分を命じ、先程の亜人種に関する報告を脳内で反芻しつつ、並行して別の計画の構想を練り始めた。
<百間の扉>内の私室からカップを召喚して一口啜る。最近実験がとんとん拍子に進むものだから、紅茶が実に美味い。
「りょーかい、ネージュってば本当にモルモット達の名前覚えようとしないんだから」
「いや努力はしているんだよ・・・。ただ下等生物・・・失礼、興味ない相手の情報は、どうも記憶の風化が早くってね」
あきれ顔のムラサキがパンと手を鳴らす。
足元でオーガの少女がビクッ、と震えた。
「んじゃ、クラウちゃん。レッツスカイダイビング、Without、パラシュ~ト。途中で他の竜達に見つからないようにシクヨロ」
引き抜こうとしていたナイフから手を離し、
絶望した表情でムラサキに顔を向け声を出そうとして失敗し、(ナイフがのどに刺さっている)
ナイフを引き抜「ほら早く早く」再度絶望した表情で泣きそうにしながらふらふらと立ち上がると洞窟の外へ出ていくクラウを見て、ネージュの口角が意図せず上がった。
「ふふ、・・・確か最近、憑依した肉体の痛覚軽減が出来るようになったんじゃなかったかな? 彼女には使ってあげないのかい?」
分かり切った事を敢えて聞いてしまう。
「んん? アレは乗っ取る時に使う手段で別に・・・あ~、いや気を遣うほどでもないでしょ。下等生物、なんだからさぁ」
ムラサキが嗜虐の笑みを浮かべる。
そうだ、その答えが欲しかった。
清々しい、胸がすくような思いだ。
相手と思考を共有できるということは、ああ、斯くも素晴らしい。
「まあ、取るに足らないものとはいえ、無為に痛めつけるのもどうかとは思うけど」
「そこは、オレっちの趣味だから、まあ、大目に見てくだせぇ。じゃあ続きから?」
「ああ」
了承の意を示し、紅茶をまた啜る。
シム達が返ってくる前までに、ひと段落ついておきたい。
室内に戻り、獲得した亜人種の事や、ムラサキが地上で広げたテリトリー内の事柄、霧を使った他の実験の様子等について報告を受ける。それぞれについて追加の指示を言い渡し、余った時間で地上から新たに採取してきて欲しい素材や実験体の詳細を言付けた。
「運ぶのに時間はかかるけど、明日明後日には揃えられるかァ?」
地上の景色が見えるのだろう、一瞬ムラサキの視線が何もない虚空に向けられる。
しかしすぐに戻された。
テーブルに手を伸ばすと、クッキーをまとめて噛み砕き、紅茶を流し込む。
雑な食べ方だが、零れカスや跳ねる液体は虚空で霧に消え、床やテーブルを汚すことはない。
「ああ、頼んだよ。まあ、別に急ぐ必要もない・・・。それより、そろそろシム達が戻ってくる。外してくれるかな」
「へいへい、仲間外れは慣れてますよっと。ミストラルはオレっちが嫌いですからね。にしてもこれ美味いっスね~。ちょっと追加で貰いますよ」
大袈裟に肩を竦め、手を伸ばし、霧を伸ばして皿においてあったクッキーを全て掻っ攫うムラサキ。
「個人的には、そのオーバーリアクションで軽薄な態度が要因の一つじゃないかとも思っているよ。あとそれは持っていき過ぎだから戻しなさい」
「っと~これはうっかり、ごめんごめん。オレっちの霧は五感を兼ねてるからもう唾液でベッタベタも同然だけど、戻させてもら「持っていきたまえ。ただし、今後3日間はおやつ抜きだ。命令」・・・ほ~い」
霧でクッキーを貪りつつゆるりと席を立ち、<百間の扉>のドアノブに手を掛けたムラサキは、しかしそれを回すことなく背中越しに声を発した。
「でも、ネージュはミストラルのこと、好きなんですかあ?」
・・・何?
「オレっちを使った後の魔力消費量云々、ウソでしょ。ミストラルに今以上に余計な口出させない為の嘘」
ふふ、なんだ。
「本当にネージュが警戒してるならァ、警戒対象であるオレらの前で話すわけがない」
そんなことか。
「再調整だって既にしょっちゅうしてるし。ま、どうでもいいンですけど~」
――バタン
本当に心底どうでもよさそうに言い残し、ムラサキは部屋を出ていった。
・・・・・・。
シムは、どうも勘違いしているな。
もちろんミストラルのことは好きだよ。繋がりが希薄な竜同士において、貴重な友人だ。嫌いなわけがない。
君もミストラルも大好きだ。
確かに言う通りミストラルには事実を明かしてないが、それを言うならシムにだって、いや誰にだって秘密にしていることもある・・・。私は少々疑り深いのでね。
「例えば《尊き我が友愛の刻印》には、まだ隠された機能が幾つかあるとか?」
パチン
指を鳴らすと周囲の空間に複数の魔法陣が浮かび、そこに描かれる複雑な波形や模様、波紋や文字が先ほどまでのシム=ミストの精神体の動向を示した。
手を振って魔法陣を追加。
3人でお茶会をしていた時間の情報も参照する。
「両方いつも通り、変調はなし。安定しているな、よしよし」
あの言葉はミストラルをあしらう嘘でもあるが、同時にシムへのカマかけでもあった。精神体を観測しているため、仮にシムがあの会話から焦りや動揺、敵意を抱いたら、それは一発でバレるのだ。
「流石にこれ以上は神経質すぎるかな。安全措置も取ってあることだし・・・」
私は再度手を振って魔法陣を消す。さてシム達が戻ってくるまでに、サンプルの様子でも見ておくか。
★★★
「・・・ってことで、ネージュは必要だからやってんだって。ついつい愚痴は言っちゃうけど、僕もそれに同意してるの。それに痛くなるにつれてどんどん感覚が鈍くなるし、極端に痛いと感覚遮断されるからさ。ミストラルが思うほど気にしなくていいんだよ。ただ咆哮とか魔法系は別格に痛いからむしろそっちを控えてくださいお願いしますホント」
僕はミストラルに一部憑依した状態で彼女の傷を治しつつ、ミストラル曰く『殺したくなるほど情けない(直喩)』僕の態度について弁解していた。途中からネージュに対する愚痴も混ざってきたのでついでにそっちのフォローもしといた。
「別に私はあんたが死ぬほど痛くっても全然構わないけど、ナヨナヨしているのを見るとヘドが出そうになるの。それに確認が必要っていっても限度があるわ! まさか心の底から毎日痛い思いするのに賛同しているわけじゃないでしょうね」
身体を動かせず、視線だけで凄むミストラル。
「だから~そこは友達の為なら火の中水の仲っていう~」
彼女の主張は、僕がやせ我慢しているのが気にくわない、といったところだけど、この身体は痛みに強いので別に僕はそんな我慢していない。
無論不必要に痛めつけられるのは嫌だが、親友の為なら喜んで焼死体にでも水死体にでもなれる。ミストラルの為にだって・・・うん、まあこの話は少し置いておこう。うん。
思うに彼女も理屈は分かっているのだろうけど、感情面で納得し難いのだと思う。
それでも壊れたレコードのように話を繰り返していたら、8ループくらいで諦めてくれた。
身体を動かしてある程度ストレス発散出来ていたのも大きいだろう。
「というか、完全にストレス解消目的で戦ってたよね。勝つためではなく。それとも気絶狙いだった?」
「気絶・・・? ・・・ええ、勿論気絶狙いに決まってるじゃない。勝負は勝たなきゃ意味ないわ」
なるほど明らかに気絶狙いではなかったが、実際かなり危なかった。
初めて竜の咆哮を聞いた時同様に気絶しててもおかしくはなかっただろう。
パンダも完全に塵と化したので、事前に切り落とされて(風の刃的な奴に)岩下に埋まっていた左腕から再生した。
現時点で最も使い勝手のいい身体を失うところだった。
危ねぇ。
にしてもド派手魔法な魔法だった。島の一角が抉れている。
カッコイイので僕も使ってみたい。
ミストラルに聞くと疲れるからやりたくないと返ってくきたが、拝み倒して今後1回だけ付き合ってもらうことに。
現在全身筋肉痛状態の彼女を前にして、ちょっと治療疲れてきたな~、もう帰ろっかな~。と思わず口を滑らせ続けたのが効いたのかもしれない。怒りで顔を真っ赤にしていたようにも見えたが、ちょうど夕日が眩しかったのできっと光の反射とかそんなん。
その後ミストラルが回復するまで休み、元気になった彼女の攻撃を避けつつ、ネージュの島に帰った。
洞窟まで逃げると観念したのか竜パンチが止んだので、3人で再びとりとめのないことを話したりして一日を終える。(ネージュは途中から別室で研究をしていた。)
★★★
真夜中。
白の竜の里からおよそ50km程離れた森の中。
かつて僕がいた森の場所から大分離れた場所で、僕は探索を進めていた。
寝ようと思えば寝られるが、起きようと思えば起きていられる。便利な体になったものだ。
ちなみに現在はパンダに入っている分(おおよそ全体の50%)を除いて、全ての自分が広範囲に散って活動中である。
現在進行中の実験内容の一つが『遠距離で何処まで己を分割して操作できるか』だからだ。環境によって操作にタイムラグが生じるかどうかを魔法で測っているとか言ってたが、それがわかったとして何だというのか。ようわからん。
「まあ全てって言ってもね、操作人数は現状パンダ除いて3人が限界なんだけど」
でも最初はパンダ含めて2人が限界だったから大分成長したと言える。
ビルのように高くそびえ立つ巨木を踏みつぶしながら独り言を言う。
話す相手が居ないというのは暇だ。ネージュもミストラルも寝てしまったし、どうしたものか。
探索と言っても概ね歩くだけなので楽だが退屈になりがちで嫌だ。
現在僕は超巨大な人型の形を取り、眼下の森を踏破している最中だ。月光を受けて透ける半透明のスライムボディが神秘的で美しい。
身長は凡そ1km。スカイツリーの約1.5倍だ。
全スライム製のこの巨人はのっぺらぼうのような見た目をしており、色は大半が透き通った水色。顕微鏡で見ると気のせいかも分からんレベルで微妙に紫が微粒子レベルで存在する可能性がシュレディンガーの猫。
最初は湖で釣って(掬いあげて?)一部取っておいたスライムを人型に変え普通に探索を開始したのだが、途中で見つけたスライム共を片っ端から乗っ取って合併していたらいつの間にかこんなサイズにまでなってしまっていた。進撃するスライム巨人。全スライム製ダイダラボッチ。
本来ならスライムはほぼ液体というか粘菌なのでとてもじゃないけどこんな巨体を支えることは出来ないが、霧によって強化されたスライムの硬度と強度は既に岩をも粉砕する域に達している。まだまだデカくなれるぞ。
「お、なんだあれ」
ふと足元が明るいなと思い、足元に視点を移すと虫にしてはかなり大きいが蛍のように淡い光が混乱したように飛び回っていた。
流石に異世界の蛍はデカいな。
しかしよく目を凝らすと虫ではなく、小さな人形のような恰好をしている。
「うおっ! これもしかしなくても妖精じゃん! 初めて見た!」
感動で思わず声を出すると、妖精達が悲鳴を上げて逃げ出した。
「ちょっと待って、お話したいんだけど!」
目もくれず一目散に逃げる発行体達。
スライムで捕まえようとするもすばしっこくて中々捕まらない。
全力で叩けば打ち落とせそうだが仮に虫と同程度の脆さだとしたら当たったら即死する危険性が。
うーむ。
少し考えて、思いついた次善の策を実行に移す。
「白水ノ凶砲・・・だっけ」
妖精たちが衝撃の瞬間に記憶したのは輝く光の奔流。
闇夜の森に刹那の光が瞬く。
同時に流水の音も響き渡った。
―――そして、嘘のような静寂が訪れる。




