第37話 修羅を燃やす竜の少女 ――全力少女 VS ほぼ逝きかけた霧――
「えぇー・・・、なんかミストラルがブチ切れてるんですけど。いや、君の魔法の方がよっぽどダメージ量的にキツイって。さっきの指ブチなんか目じゃないって」
ボソリとムラサキが呟き、頭を振って遠くの自分から目を逸らす。
今は目の前のことに集中だ。
ここはネージュの島の洞窟内。
ムラサキは昼間中断された実験、すなわち『対象の自我を残したまま乗っ取ることによって対象の技術を使えるようにする』実験の成果をネージュにお披露目していた。
ドドドドドスッ!
一瞬でムラサキの胸に5本のナイフが突き刺さる。根元までグッサリと刺さったそれらが肉を叩いた音はほぼ重なっており、素人目にも早投げの技量が伺えるものだった。
ドドドドドドドドドドスッ!!
ムラサキがナイフを抜こうとするよりも早く、倍の数が腹に突き刺さる。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドスッ!!
そして更に倍が顔、胴体、手足の至る所に突き刺さり、何かを言おうとしたムラサキの口内にも飛び込んだ。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド「自害しろ」ドドスッ! ザクンッ! ブシャアアアア・・・・・・
「いってぇな・・・。クソがっ、ここぞとばかりに攻撃してきやがって」
もはや身体前面がナイフによるハリセンボンのようになったムラサキが、喉と口内に刺さった分だけを手で抜き取り、投擲者に自害を命じるまで続いたナイフの早投げ劇場。観客であるネージュは大満足だ。
「確かに本来のシムにはできそうもない芸当だね。えー・・・クラウといったか、本来の身体の持ち主である彼女の自我が残っている事によって、技量を失うことなく扱うことを可能にすることに成功したわけだ。・・・中途半端な形での憑依なんて上手くいくかも分からなかったが、何事も試していみるものだ」
「他のモルモット達でも試した感じだと、自我の残量によって技量の残り具合も変わっていくカンジだわ。コイツとかはほとんど残しているけど、9割方削った奴はほとんど人形と変わんなかったね」
足元で、自ら喉を掻き切って、本日二度目となる自身の血の海に浸るクラウ。
彼女の傍に置かれた椅子に座るネージュに実験の詳細を説明しながら、クラウを仰向けに転がして、身体に刺さったナイフを1本ずつ抜いては彼女の身体の同一部位にテンポよく差し込むムラサキ。
陰湿なことに、神経が多そうな部分にはわざと時間を掛けて挿入していた。
「自我残してると今みたく勝手に動いてめんどくせぇ所もあるンですけど~。まあ結構いいところもあってぇ、オレっちが見てなくても働かせられるし、遊びがいがあるし、」
まだ意識を残して僅かに痙攣するクラウの眼孔に、金属の光沢がゆっくりと埋まっていく。絶叫の代わりに激しくなる呼吸音が、切り裂かれた喉から漏れる。
「痛みを一方的に押し付けることも出来る」
★★★
《風砲要塞》は術者の周囲直径100mに顕現する、強風で出来た攻撃型要塞である。
空気故視認することは出来ないが、形は無数の砲塔が取り付けられた球状のドームとなっている。
竜1体すら軽々と包み込む巨大な要塞の内部には砲弾を作成する機構、作成した砲弾を射出する機構、それら機構の中枢と術者を守る装甲部分が存在しており、その本質は防御ながらも、だいぶ攻撃的な性質を持っていた。
連続する砲声の中、ミストラルは自分でもよく分からない怒りのまま、一心不乱に止めの魔法を編み続ける。耳をつんざく凄まじい音にも、微動だにしない。
工程は既に最終段階に達していた。
「《竜心激化》、【ミストラルの《息吹》から『憤怒の火炎』を、】」
砲弾の着弾音が至る所から聞こえる。シムが逃げ回っているのだろう。
「《竜技絶昇》、【荒れ狂う熱は出づる秩序に、摩擦の回避を、】」
時折、要塞を揺らす振動と轟音が聞こえる。シムの反撃だろうが、苦し紛れだ。あと少し持てばいい。
「《竜体剛貌》、【魔力体全変換より肉体へ一時無類の剛健を与えよ】」
時間にして数十秒を稼いだ要塞が、シムの連撃で軋み、崩壊してゆく。思っていたより早かったが、十分だった。
ミストラルの真後ろ、死角から魔法の発動を潰そうとシムが躍り出るが、一手遅い。
響き渡る竜の咆哮。
通常試合ではシムを気遣って使われない、効果抜群の一撃だ。本体を隈なく襲う痛みの激流に、シムの動きが止まる。
勢いで地面を転がるシム。
「食らいなさい―――」
そこにミストラルが振り返りざまに放ったのは、
《竜の息吹》を属性強化し
本来の技量を遥かに越えた域で束ね上げ
膨大な魔力をただ肉体が耐える為だけに使う必要があるほどの
―――超常の一撃。
「――《灰燼に帰す炎咆》――」
島の一角が眩いばかりの光と共に爆砕される。
★★★
「で、追加の亜人が――いっつ、ちょ、え、うおぉぃあッギ ャ ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!?」
島の洞窟内に響き渡るは悲痛な叫び。
ネージュに他実験の進捗具合を報告していたムラサキが、突然前のめりに倒れると、絶叫しながら地面を転げ回ってド派手に吐瀉物をまき散らしていた。
竜の咆哮を超える壮絶な痛みの奔流は、まるで全身余すところなく焼いた鉄くぎを打ち込まれているよう。
「いぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」
身体中の穴という穴から体液を垂れ流し、高速で洞窟内を転げ回る。
「痛 っ゛ だ あ゛あ゛あ゛あ゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ッ゛!!!」
喉が張り裂けんばかりに泣き叫ぶ彼があまりにもうるさいので何処からか取り出した耳栓をするネージュ。遠くから伝わる魔力の波動と微かな爆発音に、ムラサキのこの反応、彼女は状況を察していた。
「シ゛ヌ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ゛!!!」
苦痛に悶える僕の視界は真っ赤な炎に染まっていく。
見渡す限りに広がる火炎の世界を幻視する。
そこでは自らが鉄串に刺され、BBQされる様すら蜃気楼のように揺らめいて見えた。
「――――――~~ッッッ!!」
・・・・・・時間にして約十数秒、しかし当事者にとっては永遠かと錯覚する程に気が遠くなる時を経て、ようやく現実に戻ってくる。
★★★
「―――はぁっ・・・ふ、ぐはっ・・・ふぅ・・・」
ミストラルは息も絶え絶えに地面に伏せっていた。
荒い息遣いに苦し気な表情。
外傷はない、彼女自身が使用した魔法の反動だ。
立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。
ミストラルの正面の地面は抉り消えている。
自身に撃てる魔法の最高峰、その射線上の一切合切は塵も残さず焼滅しており、もし彼女が事前に戦う場所を選んだり、シムを誘導して魔法を発射方向を決めていなかったら、竜の里に大損害をもたらしていただろう。
絶大な破壊力は本来彼女が扱える魔法の範疇になく、一度使用したら暫くの間動けなくなることは、彼女自身よく分かっていた。そして――
「・・・僕の、勝ち、だ」
――この魔法を使っても、シムには勝てないという事も。
ミストラルの横にシムが立っていた。
おぼつかない足取りな上、左足を除いた身体の左半分が未だ再生できていないが、しっかりと2本の足で立っている。(今更パンダが垂直二足歩行していることに突っ込む者はいまい)
シムとミストラルの本気試合における勝利条件は、『相手を一定時間行動不能にすること』。
これは以前にネージュを交えた三人で決めた事だった。普段の試合とは違い、この形式で試合する場合ミストラルは魔法を駆使してシムを一定時間拘束状態にしなくてはいけない。シムが桁外れの再生能力を持っている為、ダメージを与えるだけでは『行動不能』にすることが出来ないからだ。
いくら破壊力が高くても、炎咆では食らった後にシムが身体を再生させて終わり。
仮に身体を消し飛ばしても、霧だけでも行動は可能なので意味はない。(シムが痛みで気絶する可能性には気づいていない)
だから分かっていた、この結末は。
シムがてくてくとミストラルに近づき、頭部の角にチョップした。
コツン、と軽い音が鳴る。
ミストラルは呻き声を上げて身体を起こそうとするが、出来ない。
しばらくして諦めたように目を閉じ力を抜くと、一言。
「・・・負けたわ」
未だ苛立たし気に、敗北を認めた。
★★★
「あ゛ー、死ぬかと思った」
放心したように座り込むムラサキに、耳栓を抜きつつネージュが話しかけた。
「咆哮に、炎咆か。どうやらミストラルも、相当にシムの事を気に入ったみたいだね」
「オレらを気に入ったって、それがなんであんな暴力行為に繋がるんだよ意味わかんねェ」
嫌ってるってンなら超わかるんですけど。と言葉を吐き捨てながらムラサキが立ち上がり身体を伸ばす。
「気になる相手にはちょっかいを出したくなるものだよ。わかるだろう? 今回は私がシムで遊ぶのを見て羨ましくなったのかと思うのだが、どうだろうか」
「オレっちは、ネージュが毎日のセルフ拷問タイムを設定してくれてるからそれを見て胸糞悪くなったに一票」
白銀の少女の目が細まる。
「・・・嫌かな?」
「そりゃ嫌だよ、痛いのは誰だって嫌だろうって。ま、ネージュの命令じゃなかったら、ね・・・ぃッ」
ゴキンッ、ブチィッ
ムラサキが右手で左手首を捻じり切り、目の前に放る。
すぐさま手首の断面から霧を伸ばして肉体の断面に繋げると、紫霧で出来た手首が大蛇の如く空中で伸び縮みして複雑な軌跡を描く。
「親友の為ならなんのその。こんなんで、安心できるなら幾らでもやりますよって」
涙目ながら口角を吊り上げるムラサキ。
その分断された左手が親指を立て人差し指を伸ばし、空中で少女を指し示した。
「うんうん、それなら結構。じゃあさっきの続きと行こうか・・・、おっとその前に」
ネージュが足元に転がるオーガの少女を足で小突く。
血だまりは既に消えていたが、無数のナイフが刺さったままの少女を。
ムラサキの絶叫でかき消されていたが、ネージュの近くで先程からくぐもったうめき声が上がっていた。
クラウが激痛と共に意識を取り戻し、弱々しい手つきでナイフを引き抜こうとしているのだ。
「コレ、ええと、あー、名前を忘れてしまった・・・。まあいいか、コレはもういらないから地上に返してきてくれないか」
竜の少女はゴミ捨てを頼むような気軽さでそう言った。




