第35話 深層役割演技 ――釘 VS トンカチ二刀流――
天高く浮かぶ白の竜の里、浮遊する大小の島々の一つに一体の竜、二体のオーガが居た。
島の淵近くに生えている大樹の下、木漏れ日の陽光の中で朗らかに話すドラゴンと大柄なオーガ。
普通、ドラゴンの方が大きそうなものだが今はオーガの方がドラゴンより視点が高い。
こう書くと巨人の如き大きさのオーガが連想されるがそうではない。
ドラゴンが白銀の少女の姿をしているのだ。
最後の一人は小柄な少女のオーガだった。
傍で話す二人とは違い、大樹に寄りかかる様にして眠っている。
大柄なオーガに白銀の少女が何かを指示した。
彼は満面の笑みを浮かべ頷くと眠る少女のオーガに近づき、屈んでそっとその手を取る。
眠る彼女は微動だにせず。
大柄なオーガ、――ムラサキはクラウの手をガッシリと握り立ち上がり腕を伸ばし腰をひねり、ぶら下がる彼女に遠心力を存分に乗せたまま大きな弧を描くようにして―――その矮躯を地面に叩きつけた。
★★★
「――ァガッ!?」
突如、全身が打ち付けられたような衝撃と共にクラウの意識は強制的に覚醒させられた。
衝撃に遅れて身体を襲う痛みに歯を食いしばる彼女。その耳に誰かのうめき声が聞こえ、一瞬遅れてそれが自身のものだと理解する。
(う、ぐはッ! 何が起きて・・・っ!?)
刺すような日光が彼女を照らしていた。
時刻は昼頃だろうか、空がやけに近く感じられた。
周りには草木、しかし見慣れないものが多く、クラウの知る森近辺の植生ではない。
うつ伏せで倒れ伏した彼女は周囲の景色を脳内で処理しつつ痛みに耐え、身体を起こそうとする。
物理的なダメージとは別に、何故か吐きそうなほどに最悪な気分だった。
(ずっと、悪い夢を見ていたような気がする―――)
しかし、彼女はそれが現実だったと思い知ることとなる。
ドゴンッ!
地面に手を突き身体を起こそうとした彼女の後頭部を、再度地面に叩き沈め踏みしめる足の感触と――
「やっとお目覚めですねぇ~? 全くクラウちゃんはお寝坊さんだなぁ。ほらほらオレっちのご主人様にご挨拶して、」
――聞き慣れ親しんだはずだったのに、今はひどく耳障りな声によって。
折れた鼻骨の痛みと共に、意識を失った直前の記憶が脳内を駆け巡る。
オーガの英傑、ギザン・ギオリギの姿形を持ちながら『ムラサキ』を名乗る男。おそらくだが、他者の肉体を乗っ取る術を持ったその男に、クラウは戦いを挑み、敗北し、傷めつけられ、そして・・・。
悪寒がクラウの全身を支配した。
本能がそれ以上の記憶を思い出すことを拒んでいるようだった。逃げなくては、ここから、この男から逃げ―――
『ムラサキ、その体勢では彼女が口を開いても声が聞こえないだろう。地面に顔がめり込んでるようではな』
知らない第三者の声が聞こえ、クラウは顔を上げようと・・・思うだけで身体が動かない。
頭を踏みつけられているからではない、そもそも全身がピクリとも動かせない。
(―――ッ!?)
いや、正確に言うとそれも違う。
不可解ながら・・・彼女自身が身体を動かさない事を選択していた。何故かは彼女自身、分からない。ただ今自分が動こうとすることに強い違和感を感じていた。
「・・・・・・あっ、確かに! オレっちとしたことが失念しておりましたぁ。いや、ごめんごめん・・・っとォ!」
ドカッ!
「うぐっ!?」
クラウを抑えつけていた圧力が消え、代わりとばかりに彼女の脇腹に衝撃。
うつ伏せの状態から身体が宙を舞った。
地面にバウンドし、仰向けに転がる。
「うぅ・・・」
しかし身体は今だ脱力したまま。
視界に眩しい太陽が映り目が眩むが、手で顔を覆うこともできない。
「ほい、サッサと自己紹介ぷり~ず」
ムラサキに言われた瞬間、身体の違和感が消える。
気が付くと彼女は身体を起こし、状況も把握できないまま、フラフラと立ち上がって目の前の人影に話しかけていた。
「ゲホッ、うぅ・・・。わ、私の名前はクラウ・シャン、グラン・シャンの娘。大森林の西の集落〈穿つ針葉〉の集落で長を―――」
『あーいいよそういうのは、名前だけわかれば十分なのでね』
彼女の声を遮って凛とした声が響き、思わず口を噤む。
クラウの真正面に立つ人物、白銀の髪に白のワンピース姿の少女が興味なさげに彼女を眺めていた。
『詳細情報は必要ないし興味もない、名前も命令する際に呼ぶだけだ。それじゃあ早速「お、長をして、い、るッ」・・・ん?』
今度はクラウが少女の話を遮る。
しかしそれは彼女自身、意図したところではなく。
「つ、使う武器は、投げナイフだ。二冬前から、長の座に、」
困惑、そして混乱。
起き抜けに起こる連続した出来事は彼女の理解を越えていた。
『・・・ムラサキ、これは?』
自身の行動に戸惑い、目をパチパチさせるクラウ。
彼女自身、何故今このタイミングで少女の話を遮る必要があったのかが分からない。
ただ、そうすべきだと思ったのだ。
そうでないと・・・違和感が。
「シャンの血族であり、二つ名は〈飛刃〉、」
違和感。
そうでないと、こうしないとおかしいという感覚が。
クラウの全身を浸す圧倒的不一致の感覚が、彼女に行動を強制する。
―――止められないのだ。自己紹介を。
「父母と弟の4人暮らゴボゴプッ」
「あ~ごめんネージュ、ちょっちまだ調整が上手くできないんだわ」
彼女の肺を背後から貫いた手が胸元から眼前に伸びようとも、
「ゴホッ、く゛ら゛オゲェッし゛オ゛ォッ、・・・ガッ!?」
ブチィッ
「命令の加減がなかなかムズクッテネー。こんな事してもほら、」
自身の心臓が熟れた果実のようにもぎ取られようとも、
「ゴプッ・・・ゴポッ、」
ベチャ・・・ドサッ
「命令解釈の柔軟性に欠けるっつーかなんつうか、命令の仕方とある程度の慣れで何とかなりはするんだけどもねぇ~」
自分の作り出した血だまりに膝をつき、再度うつ伏せに倒れようとも、
「・・・ヒュッ、ヒュー・・・ヒュー・・・」
『・・・即死の傷を負っても自己紹介を止めない・・・か、確かに柔軟性に欠けるな。この状態ではろくに喋れないのだから、目的達成の為にもまず自身の傷を治すことが先決のはずだ。彼女も霧を操れるのだろう?』
死に瀕する彼女はそれでもなお自身の情報を、目の前の白い少女・・・人間形態の竜、ネージュに伝えようとする。
胸を貫かれ心臓を引き抜かれ血だまりに沈むクラウには、どう考えてもそれが正しいことだとしか考えられなかった。
無論そのような状態では喋ること叶わず、ネージュの耳に届くのはか細い呼吸音のみ。そしてその呼吸音も段々と掠れ、身体の痙攣さえも徐々に消えゆくようだった。
「コイツを皮切りにやった他の実験の中では、できている奴が居たんで可能なはず。まあクラウちゃんは最初に洗脳&ブッ殺してから1ヵ月は放置しっぱなしだったからぁ?今いきなり起こされて混乱してるんじゃないかなぁー」
『それじゃあ、何が何だか分からないはずだ・・・・。技能が分かりやすい個体を連れてこいとは言ったが、もう少し融通の利くやつはいなかったのか? あと何故今殺す必要が?』
「えークラウちゃんは見た目レアだからオレっちのお気に入りだったのに~」
ムラサキと呼ばれるオーガが顔を手で覆い、身体をくねくねと動かす。
それを呆れた目で見るネージュ。
両者の足元に転がるクラウはもうピクリとも動いていない。
「コロコロしたのは命令に慣らす為でぇす! 間違えた時にちゃんと『メッ!』ってすると慣れが早くなるのよ、経験則的に」
『・・・いちいち下から持ってくるのも面倒だろうから今回はこれでもいいが、次回からはもっと慣らしておいてくれよ?』
「りょーかいっ!」
大げさな動作で敬礼するムラサキ。
ネージュも苦笑いしながら鷹揚に手を振って笑う。
と、ネージュが不意に島の外に視線をやった。
「んじゃ、実験の続きといきますかァ」
ムラサキがクラウに手を翳す。途端、ガクガクと痙攣しだすクラウ。
地面の赤い液体が紫を伴って彼女の身体に巻き戻しのように帰っていく。地面に落ちた心臓が吸い込まれるように胸の空洞に収まり、地面に叩きつけられた時の擦過傷も瞬時に消える。
再生が終わると共に収まる痙攣。
クラウは数秒前の惨状が嘘の様な綺麗な容姿で地面に横たわっていた。
「それじゃー、もっかい起こすところからだね~」
ムラサキが屈み、ニヤニヤしながら彼女の手を取る。
『いいや、中断だ』
ムラサキの動きが止まった。
もう一度クラウを叩きつけようと彼女を振りかぶった所で静止したムラサキは、何故かを問う前に理由を察する。
突如として大きな影が彼等を覆ったからだ。
巻きあがる風に、煌めく鱗、太陽を遮る銀色の巨体。
ネージュと同じ白の竜であるミストラルが、ムラサキ達の前に降り立った。
「遊びに来たわよっ!」
ムラサキの顔が渋く染まる。
★★★
―――ズドンッ!!
超高度から射出された物体が地面を砕く鈍い轟音。
「ふっ、ぐぅぅッッッ!!!!」
地面を人型に陥没させながら轟音と共に盛大に叩きつけられたムラサキは苦悶の声を上げざるを得なかった。オーガのスキル【剛体】、そして霧によって大幅に強化された身体をもってしても耐え切れないインパクトを伴って背中から落ちたことにより、脊椎が複数個所一遍に骨折する感触を味わう。無論その他の骨もバッキバキである。
ここはネージュの住処とは別の場所、子供の竜たちがじゃれ合ったり遊びに使ったりする公園のような島の一つで、ひたすらだだっ広い荒野が広がっているだけの場所。分類としてはかつてシムとミストラルが戦った島と同じく公共の場だ。
ズドドドドドドドドドドドドドドッッ!!!
そして身を起こす間もなく上から絨毯爆撃のように叩き込まれる怒涛の連撃に、逃げること叶わずどんどん地面にめり込んでいく。
舞い上がる土煙に混じる赤飛沫が、昼過ぎの日光に反射して光る。
「おりゃあァッ! これでッ!! どうよッッ!!! オラァ!!!!」
地面に四つん這いになって高速で前足の連撃を叩き込むミストラルは、遠目に見ると子猫が両手で猫パンチを繰り返しているようで微笑ましい。だが、ただでさえ強靭な竜の身体に身体強化の魔法を重ねがけしたその威力は、まるで笑えない破壊力をもって相手を蹂躙していることは想像に難くなかった。
というか実際ヤバイくらいの威力だし、手も足も出ない。肉叩きで調理されている食材の気分だ。
「大変そうだねぇ」
空中に浮いた魔法陣の縁に座り、離れた場所から高みの見物をしているネージュが呑気に言う。
「島に着いたら即開始と言っておいて、ムラサキが地面に着地する寸前、まだ空中で油断している時に風の魔法で空中に巻き上げ足場を封印。そしてそのまま魔法を連続でかけ続けつつ上昇し、風の拘束魔法で空中に固定。魔法で固定している間に限界まで身体強化魔法を自身に発動。最後にムラサキを高速射出して地面に叩きつけた所を追撃してガードの上から途切れない攻撃、か。どうやらアレで最後まで押し切るつもりのようだね。ムラサキは逃げられるかな? どうだいシム」
「うーん、これは・・・ぃッ! これは無理かなあ」
渋い顔を作りながら僕は答えた。
ネージュと一緒に魔法陣の上にはいるが、気楽に見物している彼女と違い、現在進行形でオレが死にかけなので必死である。意識も戦闘9割会話1割で僕は心ここに在らずといった状態だ。ネージュの後ろに立ち遠くの戦闘に集中する。くっ、どうしても抜け出せない。
「普段の状態なら逃げられると思う。でも今は気を抜くと一瞬で完全にミンチにされるから全力で霧を再生に回さないと――いてっ、いけないし、そうすると身体を強化して反撃なり脱出なりする隙が――うぐっ・・・、隙がないんだよね。ちょうど受けるダメージと回復量が――いぎッ! 同じくらい・・・いや受けるダメージの方が若干上かな。どっかで勝負をかけないと、このままじゃジリ貧に―――グハァッ!? イったいンだよ糞がァァアアあああぁッ!!!! 」
半ギレで天を仰ぎ咆哮するパンダ。
オレのガードをすり抜けたミストラルの打撃が度々クリティカルヒットするからネージュとまともに話せやしねえ!
一秒でも隙があれば最低限の回復を済ませ、次いで霧を身体強化に集中して地面を砕きながら脱出or一撃をパリィして反撃するものを、ミストラルもそれは承知しているのでそんな隙は絶対作らない。そして最低限の回復なしでは霧で身体強化してもミストラルの連撃から逃れることは不可能、端的に言って詰んでいた。
最終的に、『一瞬だけ霧を身体強化に集中させ全力でなんとか一撃をパリィし体勢を崩したミストラルの次撃を根性で避ける間に足を重点回復&強化集中大跳躍により脱出』作戦を敢行したムラサキは根性が足りず次撃で胴体を竜の手形に寸断され、グシャアッッ!! という水っぽい音を立てて地面のシミとなった。
そこでネージュによって勝負アリとされ試合終了、オレは負けた。
★★★
「これでミストラルの戦績は50戦25勝25敗か、丁度切りが良い数字になったな。それにしても最後の方はシム相手に大分負け越していたのに、結局互角まで追い上げるとは流石ミストラルだ」
「ふんっ、当たり前でしょ! この私がシム如きに負け続けるなんて、土台有り得ないのよっ!」
「・・・ミストラル最後の方、ムラサキとじゃなきゃ試合しないって駄々こねてたくせに」
「シムの本体は霧なんだから、ネージュが作った『役』だか何だか知らないけど、あいつもシムには変わりないじゃない。負けたのに言い訳するのは竜・・・じゃないけど、雄として情けないわよ?」
「ぐっ」
ミストラルが試合に勝って大喜びし、毎度の如く祝勝祝いをしたいと言い出したので僕達はネージュの島に帰ってきた。
まず島の洞窟へ、
そして<百間の扉>により作り出された空間、ネージュの私室にて紅茶パーティーが開かれた。ネージュとミストラルの二人は椅子に座り、僕はいつものように床に直座りでテーブルを囲む。
「いやちょっと待て、それを言うなら一番最初、ミストラルの不意打ち戦法の方もだいぶ戦い方としては情けなくないか!? なんだよ『島の上空まで来たら後は降りるだけだから実質着いてる』って! いやそれ地面に着いてないじゃん!」
「あれは立派な戦術よ。それに不意打ちっていうけどシムが油断していただけでしょう? ちゃんと事前に言ったはずよ。島に着いたら即開始ってね! それともシムは行く場所からたかだか十数歩程度の距離が空いただけで『まだ目的地には着いてない』とでも言うの? そこまで厳密な取り決めはしてなかったと思うんだけど?」
「今までの試合では同様の文言を述べていても、一旦相手が戦闘態勢になるまで待っていた事を考えると、ミストラルのそれはやっぱり不意打ちに入ると思うがね。しかし事前の取り決めを破ったわけでもないことを考えると、ルール違反とまではいかないとも私は思うよ」
勝ち誇った笑みを浮かべるミストラル。
最高にいい笑顔でこちらを挑発しにきている。
猛烈に悔しいが向こうの言い分にも一理ある。これ以上ゴネるのも非常に見苦しいため、ここは矛を収めるしかないだろう。
「やっぱり試合に勝った後のお茶は最高ね!」
ミストラルが幸せそうに紅茶を啜る。
この部屋に入るにはミストラルもネージュの魔法で人間形態に変えて貰わないといけないため、最初は嫌な顔をしていたものだ。
「くうぅ・・・、次は絶対に負けない!」
最近?
完全に真逆とも言えるくらいには変貌を遂げた。
もはや自分で人間の姿になる魔法を勉強するレベルである。
まあ、ネージュ曰く人間化の魔法は複雑なので、まだまだ時間はかかるそうだが。
「まったく、ミストラルも変わったものだな」
楽し気なミストラルを見て、どうやらネージュも僕と同様のことを思ったらしい。
僕と戦うのが楽しいのか、ネージュの部屋に入れるのが嬉しいのか、それとも余程紅茶や菓子類等の嗜好品が気に入ったのかは知らないが、最近ではミストラルが頻繁にネージュの島に遊びに来る。むしろもうミストラルが来ない日の方が稀だ。だいたい1日2回程、試合形式で戦闘→ネージュの部屋で休憩や食事という流れが、そろそろ習慣づいてきた。僕としてもミストラルと戦うのは訓練になるし、ネージュの実験の息抜きが出来るので望む所である。
しばらく全員で先ほどの試合を振り返り、反省点や改善点について話し合ったりしつつ他愛のない雑談をする。
小一時間程話した辺りで、ネージュがふと思い出したように僕に告げた。
「シム、自分の指を噛みちぎれ」
僕は間髪入れずに従った。
役割演技。英語で言うとロール・プレイングですね(´∀`)




