第34話 晴天下の外敵 ――<潰撃> VS <飛刃>――
今回VSが凄いそれらしい
時はシムとミストラルがオーガの集落を犠牲に仲を深めることになった事件、その三日前に遡る。
その日の空は眩しいほどに晴れ渡っており、草木が鬱蒼と茂る大森林に空いた広い空間、あるオーガの集落にも燦々(さんさん)とした太陽の光が降り注いでいた。
★★★
彼女は袖に隠してある短剣を握り、静かに前方を見つめていた。
身体を覆う緩やかなローブを着た、年若き少女である。
褐色の肌。片口で切り揃えられた濃い茶髪。見かけ上は華奢な肩。鋭い眼。薄い唇。平均より大分小柄な体格。
一見あまり荒事に慣れているようには見えないだろう。しかし、彼女はここ一帯における集落の長である。オーガの集落においては通常、部族最強の戦士が族長となる。僅かな例外はあれど、彼女はそれに当てはまらない。彼女の見目と年齢、性別で油断し突っかかるような粗暴者には、例外なく苦渋を味あわせてきた。
クラウ・シャンは油断なく相手を注視する。彼女には果たすべき役割があった。
十歩の間合いにて、一人の男と対峙している。
他種族と比べて大柄な体躯を持つオーガの中においても群を抜く巨体。互いの年はそう変わらぬはずが、小柄なシャンと見比べればまるで大人と子供のようだ。
身体に忍ばせる多数の武器を隠すためにゆったりとした衣を着ているシャンと対照的に、上半身にはなにも着けず、下半身も黒いショートパンツを着けるのみ。浅黒く分厚い肌越しに隆々とした筋肉が見て取れた。全身にちりばめられた赤と黒の入れ墨が対峙するものを威圧している。
そして傷跡の見える凄みのある顔・・・だが、今はその顔つきから威圧感は感じられない。
何故なら、
男が満面の笑みを浮かべているからだ。
男は、笑顔だった。晴れ晴れとした表情で屈託なく笑みを浮かべている。
シャンが疑念と警戒から声を出そうとした時、いきなりビシッと指さされる。
「どもども、キミがクラウ・シャン?」
素っ頓狂な声。
場違いなほどに軽い調子で質問される。
「・・・そういうあなたは<潰撃>のギザン・ギオリギ殿か?」
「おっ、知ってんのか! こりゃあぁ~ラッキー! 話が早い!」
大げさにガッツポーズをとる男。
ギザン・ギオリギ。
その名はクラウも知っていた。恐らく、ここいら一帯の集落で知らぬ者はおるまい。
噂に聞こえるその武勇のうち半分が事実無根のものだとして――正真正銘の化け物と呼ぶに相応しい戦士である。
かつての集落間における大抗争にて思うがままにその暴を振るい、対立陣営をたびたび恐怖のどん底に叩き落した益荒男、一帯における最大集落の若き長。しかし同時にその戦士としての高潔さから敵味方問わず彼を尊敬しているものも多かった。力を持ちながらも無益な争いを好まず、大抗争後は積極的に他集落と友好関係を結ぶことに尽力した彼にはクラウも心底から敬意を表している。
最大集落の誇りであり、象徴。
彼が居たからこそ彼の集落は最大の集落になりえたとさえ言えるだろう。
集落間の抗争がなく比較的平和なここ数年だけで見ても、ギザンが積み上げた伝説的所業の数々はオーガ達の間で語り草となっていた。
「いやぁ、小さいねぇクラウちゃん。・・・いやいや、そんなに小さくはないと思うんだけど今まで会うやつ見るやつ全員バカでかいのばっかでさぁ。何が言いたいかって言うと、新鮮でとてもいいっ!つーことよ。 ・・・てか初対面でいきなりクラウちゃんとか言っちゃってるけど馴れ馴れしい? でも親しみを込めたいからクラウちゃんでいいかな? いいよね? OK? OK!? OK!! ――っていうことでぇー、改めてよろしくクラウちゃん!」
クラウは定期的に行われる集落間の交流で度々彼と会っており、彼をよく知っている。意外にも穏やかで、優し気で、しかし群を抜いて力強いその大樹の様な有り様を知っていて、だからはっきりと分かる。
「そして本題! 単刀直入に言っちゃうと、君たちにちょっと実験に付き合ってほしい! そんだけ! はい終わり!」
ギランはこんなふざけた喋り方をしない。
「あっと、言い忘れ。・・・ちょっと痛くて危険で死ぬかもだけどもぉ? 優しくやるから勘弁してちょ~~?? 的な!?」
こんな気持ち悪い笑みを浮かべることもない。
「んんーよく考えたらちょっとつーか激痛で、死ぬかもっていうか死んだほうがマシかもで、優しくやるのはその時の気分によるかもだけどー、言うこと聞かなきゃ皆殺しだしー君たちに選択肢ないしー?」
何より
「このお願いあっちゃこっちゃで頼みまくってんだけど~、もーみんな話聞かずに襲ってくるわ、聞いてもその後襲ってくるわで大変でさぁ・・・ボカァ争いごとキライなのによぉー? んで、嫌だったけど、本当に嫌だったけどその度しょうがなくぶっ殺してきましたけれども?? いやもう悲しくて心折れそうだよホントッッッッ! ・・・まあ、ぶっちゃけ君らも無駄にテーコーすンでしょう? ハァァァァァァァァァ・・・・・・っっっんとに骨折り損すんの好きだよねぇっ! 君たちはさあぁッ!? コイツとか全身の骨折るまで抵抗してきましたからねマジどんなどマゾだよって話だったよあの時は! でもボクはやめないあきらめない。なぜなら人と人は分かり合えると信じているから。笑顔で話して握手してハグすりゃ多少のカルチャーギャップなんざ乗り越えられるさってそんな感じ? ではハグしようぜクラウちゃん!」
他集落にいきなり訪れ会うもの片っ端から惨殺していくなんてことは、彼なら絶対にしないだろう。
「おまえ、」
低く、振り絞るような声で吐き捨てる。
クラウは自身のこめかみに血管が浮き出てくるのを感じていた。
「誰だ・・・ッ」
「ってあれ? そうや言ってなかったね、わたくしコイツをぶっ殺したものでぇ」
男は指でトントンと自らの頭をつつき、クラウに向けてVサインを決める。
「『ムラサキ』って言います! よろぴくねー♪」
クラウの手元が霞んだかと思うとギャァアンッという硬いもの同士がこすれるような音と共にムラサキの顔面から逸れたナイフが明後日の方向に飛んで行った。
「《剛体》・・・。それはギザン殿のスキル、・・・身体は本当にギザン殿のものなのか?」
「ちょいちょーい、偽物かって思われてたん? 心外な、ちゃんとモノホンの英雄様だって。強いって有名だったんでしょ? じゃあコイツを倒したオレ様の方がもっとツヨイってことでさっさと降参(ガガガガギン!!)・・・うーん、ままならない」
「(堅いっ)」
何事もないように歩み寄るムラサキの身体に次々とナイフが吸い込まれるがまるで刺さらず、逆にナイフの幾つかは欠けて地面に転がり落ちている。【剛体】は身体が強靭になる効果を持つが、これはクラウの知っているそれを超えてた。近づいてくる相手に距離を取るべく左後方に飛びのくと同時、ムラサキが消える。
瞬間。
ムラサキの右足が唸りを上げてクラウの左足首の関節を後ろから粉砕した。
「ギャッ!?」
白い骨の切っ先が皮膚を破って露出した。
あまりの激痛にバランスが崩れ、右膝を着けるように地面に伏せる。
直後にムラサキの巨大な手がクラウのうなじから首周りをがっしりと掴んで万力のように締め上げた。
一瞬の浮遊感と共に視界いっぱいに広がる青にまばらな白、強制的に仰向けに掲げられ空を仰がされる。
「せっかく会えたのに逃げるのはナシっしょー」
クラウの身体が驚くほど捻じれ、両手と右足に仕込んだ短刀がムラサキを切りつけるが、硬質な音を残すだけにとどまる。次の瞬間に両腕の肘関節も破壊された。
「ガァァアッ!」
右足の短刀を何度も脇腹に叩きつけるが、まるで意味をなさない。
ぶんっ
グルリと視界が反転し、クラウは自分が右足を掴まれ吊り下げられていることに気づいた。
真上から気持ち悪い笑顔が自分を見下ろす。反射的に左膝の仕込みナイフで攻撃を試みるが、ムラサキのデコピンでナイフごと膝関節を壊される。歪な方向に曲がる左足。
「グッ・・・ア゛ッッッ!!」
「もう手足ほとんど使いものにならなくなっちゃったけど~、まだ大丈夫よ!右足残ってるから!ダイジョブダイジョブ!っとでもー?」
ムラサキがクラウをぶら下げたまま、右足の小指に手をやった。そのまま人差し指と親指で摘まむ。
「このままだと無事じゃなくなっちゃうね~~? そうならないためにぃ、おとなしくお話聞いてくれるかな? はいお返事は!?」
「誰g(ゴリッ)アアアアアアアアアッッッ!!?」
ムラサキがギュッと力を入れて摘まむとシャンの身体に信じがたいほどの激痛が走った。骨が折れたわけでもない、出血もない、怪我をしていない、なにより今は痛みに身構えていたにもかかわらず歴戦の戦士であるシャンが思わず声を上げるほどの痛みの奔流が右足の小指から全身へと迸る。
「ぐうッ!」
「おおっ?」
ドサッ
吊るされて逆さ状態のまま身体を丸めるようにし腹筋に力を入れ、ムラサキの腹部に噛みつこうとすると何故か放り出された。がむしゃらな行動でなぜ脱出できたか考えるより先に、右足一本で獣のごとく森に逃げようと草むらに飛び込み顔面を蹴り上げられ木々よりも高く打ち上げられた。
真上直角90度に打ち上げられたクラウ。おお、きれいに飛んだなーと言いつつ一歩下がってそれを眺めるムラサキ。
・・・そしてクラウの上昇の速度は緩くなり、空中で一瞬止まると今度はどんどんと速度を増して落下し始めた。回転しながら受け身も取れずに落下する。
それを見ながらムラサキは位置を調整し始めた。
「ほいっと、」
そしてクラウが地面に激突する寸前に、腹から見事彼女を受け止めた。―――右足で。
一瞬で高所からの落下エネルギーその全てがクラウの腹部に集中する。
ドズンベキバキンッと柔らかいものと硬いものが同時に潰される音が響きクラウの身体がくの字に曲がり折れた。見開かれた彼女の目からは涙が、口からは血の泡がブクブクと地面に零れ落ちていく。
ムラサキが軽く右足を上げてクラウを浮かすと、彼女は軽い音と共に彼の腕の中に落ちた。
「いやークラウちゃんの顔がキモすぎて思わず放しちゃったじゃんよぉ~お。かりにも女子としてあーゆー狂犬みたいな顔つきはだめで・・・ってあらあら? これ気ィ失ってんの? 意識不明?」
クラウは目を見開いたまま気絶していた。口から血を流しながらぴくぴくと弱々しく痙攣するのみである。
「んーこれいけるかなー」
ぽつりと呟くムラサキは左手でクラウを抱きなおし、開いた右手の人差し指を彼女に向けた。すると指から紫色の霧が立ち上り、ゆらゆらと揺れながらクラウの口に吸い込まれるように入っていった。
一拍の間。
ビクリとクラウの身体が反応する。途端に痙攣が激しくなり、ガクガクと震え始めた。
「あー、まー、これならいけるかしらん」
ムラサキは構わず霧をどんどん口に入れ続ける。途中から追加で耳、鼻、目にも霧の触手がねじ込まれた。
「・・・ん。はいはいネージュ。・・・いやまだなんスけど、でももうすぐ終わりかなぁ~? リーダーはもう片付いてハイ、いま実験中で。前の集落のリーダーで色々試したおかげで今度こそ上手くいくかもてなカンジかなー?」
ふとムラサキが虚空を眺めてしゃべり始めた。腕の中で全身を引き攣らせ悶えるクラウをぼんやり眺めながら話を続ける。
「あとはコイツが囮になって逃がそうとしていた集落の奴らでも練習したら大体、大丈夫っスかね~。・・・いえもう別のオレが全員生け捕ってるんで、あとは・・・」
チラリと腕の中のクラウを見るムラサキ。
「前回みたく集落のリーダーと他のまとめ役を強い順に公開処刑し続ければ早めに全員屈伏出来るっしょメイビー。・・・おっ、これはできたかな」
クラウに注がれていた霧が逆流し、彼女の全身を包む。
分解、再生。
トン、と軽い音が響く。
クラウがムラサキの胸板を蹴りその反動で数メートル先の地面に飛び降りた。その身体に既に怪我はなく、衣服に血の跡もない。
「おはよークラウちゃん、調子はどうですかぁ?」
ムラサキは何事もなかったように問いかける。
それに対しクラウは目じりを吊り上げ――普通に応答した。
「・・・いい気分だ。力が、張る」
ムラサキを攻撃することなく、声を荒げることもなく、臨戦態勢に入るでもなく、クラウは落ち着いた様子で応答した。
身構えもせず、無防備に突っ立っている。
「そりゃあよかった! ところでぇ、怪我が治って調子もOKならさっきみたくオレ様に攻撃しなくていいん?」
片手を腰に、片手の親指で自分をびしりと指しながらムラサキが問う。
「私の攻撃はお前には通らない、やみくもに攻撃しても無駄だろう。時間は稼いだのだから、ここは引くべきだ」
「じゃあ引けば?」
「そうだ、引くべきだ。・・・引くべきだ。・・・・・・動かない、身体が・・・動かない、なぜ動かない? 違うこの場から離れられない。いや何故私は、なんで私は、私・・・は。私はなんでこんなことを口に出している? お前、・・・私に何をした」
クラウは戸惑ったように自分の手を口に当て・・・すぐさま下ろす。
目を白黒させる。
素早く幾度か手の開閉を繰り返して動作を止めると、自分を観察するように眺めているムラサキを睨みつけた。
「ハイおk~。次はオレっちに向かって1回だけ全力で攻撃」
――ヒュザグンッッ
クラウとムラサキの手元が霞んだかと思うと、風切り音と共にムラサキの右手の指が数本宙を舞っていた。
「・・・ゴフッ」
そしてムラサキの左胸には半ばまで刺さった3本の投げナイフ。
軽い咳には血が混じるが、地面に落ちた血はじわじわと紫の霞に還元されていった。
「ゴホッ、ペッ! ――うん、いいね。めちゃくちゃ速かったから防御できなかったし、成功でしょこりゃ。・・・でも痛かったから仕返しするわ、クラウちゃん避けんなよ・・・・・・いややっぱ自分からあたりに来い」
――ドドゴンッ
ムラサキは自分の胸から3本のナイフを引き抜くとまとめてクラウに全力投球。投げ方もなにもない投球にナイフは全てバラバラの方向に飛び、うち2本は地面に埋まって轟音を立てる。
そして残った一本はクラウの腹部に大穴を空けていた。
「・・・ブハッッ!?」
クラウは血塊を吐き、自分の身体を見下ろした。
痛みはない。もしかしたら痛すぎて痛覚が麻痺しているのかもしれない。
ただただ喪失感を感じるだけだった。
信じられないものを見たかのようにぺたぺたと自分の腹部の穴を触る。
そして己の背後を振り向き、そこに自らの臓物がまき散らされているのを見た。地面に血と肉が放射状に赤を描いている。中にところどころ混じる白は骨の残骸か。
ドサッ
放心したのか、膝を突き仰向けに崩れ落ちる。目は虚ろに、意識は散漫になり、身体が弛緩していくのを感じた。クラウは本能でこれから訪れる死を予感する。
・・・彼女には何が起こったのかわからなかった。一連の出来事は急すぎて、頭は理解を諦めた。ただ分かることは自分が死ぬということだけ・・・・・・。
「うわクラウちゃん泣いてんの? マジ泣いちゃってんの? 涙ポロポロこぼしちゃってそんな痛かった? ちょっとちょっと大げさすぎっしょー! ダサすぎー、群れのリーダーならしゃんとしなさいよしゃんと・・・クラウ・シャンだけに? ぶっは! 流石に寒いかこれは!」
「・・・・・・ゴプッ」
ムラサキがオレ様はおやじギャグのセンスねーなー、と呟きながらいつの間にかクラウの傍で彼女を見下ろしている。クラウは何かを言おうとして口を開くも血が溢れただけだった。何を言おうとしたのかも、わからない。
「てか、再生遅すぎて笑っちまうわ。霧の量増やすか」
途切れつつある思考の中で、そんな言葉を聞いた。
理解できない内容。
しかしもう彼女には関係ないのだろう。
突如現れた敵に手も足も出ずに殺された彼女には。
クラウの脳裏にそんな思いが瞬き、彼女の意識は暗闇に落ちていった。
クラウは知らない。
彼女の苦難はまだ始まってすらいないということを。
最近Twitter始めまして、そこで物書きの人たちに刺激を受け、自分も書かなくては!思い立ったが吉日。(思い立ってから幾日か経っている模様)




