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紫霧転生 ――その身体は霧――  作者: ビーバーの尻尾
第三章 深淵の霧蝕 傀儡の傀儡師編
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第32話 七転八倒 ――青髪少女 VS インパクト――




「ミストラル!逃げるぞ!」


「え、ちょ、待っ」


二本目の槍を叩き落したシムはそう叫ぶと私の手を取り、槍が飛んできたのとは反対の方向に返事も聞かずに走り出した。熊のくせに、なんで二息歩行で走るんだろう。今更な疑問が脳裏を駆け巡るが、今は転ばないように必死にバランスをとるので精一杯だ。しかし幾らも行かないうちにシムが立ち止まる。ミストラルはシムの背中にボスンと音を立ててぶつかる。毛皮とそこから出ている霧のせいか、衝撃はあまり感じなかった。


「ッ! こっちにも!」


文句を言う前にシムの焦った声が聞こえ、黙る。同時、シムがまた打ち払ったのか何本かの槍が足元に転がり、先端の鋭利な部分が月明りに妖しく反射する。光沢から何かが塗ってあるのが分かった。毒だろうか。


「ミストラル! 背中につかまって!」


シムがそう言って這いつくばり、本来の獣のように四足になる。霧が動いてミストラルを背中に勝手に乗っけた。ミストラルも気の動転から言われるがままに素直に毛皮にしがみつく。


「って、これでどうすんのよ!」


このままでは槍が飛んで来たらミストラルに刺さるではないか。

というか、目の前に新たな槍が飛んでくるのが見えた。

あ、死んだ。ミストラルはそう思った。


「飛ぶ」


「ヘ、あ゛んッ!!?」


身体に急激なGが掛かり、ミストラルから奇声が発せられる。顔面を毛皮に押し付けられ、ミストラルは何も見えなくなった。一瞬の浮遊感。ミストラルが顔を上げると、彼女は再び空中にいた。真横では紫の翼が大きく羽ばたいている。


「なに、なんなの。何が起こったの」


一気に色々起こりすぎて頭の中がメチャクチャだ。とりあえず、何に襲われたのか。


「オーガだ、オーガに襲われた。ほら見て」


思考を読んだようにシムが返答した。今シムは円を描くように先ほどまでミストラル達がいた場所の上空を飛んでいる。下に何か見えるのだろうか。


「・・・あんたの背中からじゃ何も見えないんだけど」


「ああ、そうだね。・・・よっと」


「え、きゃっ・・・んんんっ!」


突然シムの霧がミストラルを上空に放り出した。そして頭上を越したミストラルを前足でキャッチする。途中から意図を察したミストラルは辛うじて悲鳴を上げることを抑えた。パンダシムにお姫様抱っこされるミストラル。


「ふ、ふざけんな馬鹿! なんてことするのよ!」


「いやだって見えないだろうし、こうするのが早いし」


「~~~ッ」


もっとやりようを考えろとか、先に言えとか言いたい!が、それはまた後にすべきか。思考を切り替えろ私。

下を見る。魔力で目を強化すると、月明りの下でも相手がよく見えた。


「確かに・・・、オーガみたいね」


先ほどまでいた開けた場所に2,3体の人型が見える。大柄で、浅い土色のオーガ達がこちらを見上げていた。向こうの視力も相当いいのか、視線が合ったような気がする。


「ちっ、少しは移動すべきだったかしら」


他に個体は見えないが、森の陰にまだ幾らか潜んでいるだろう。全部で10体くらいはいるかもしれない。戦闘になった際、この身体では危ない。しょうがない、距離をとるべきか。


「シム、あの湖の向こう側に行ける?」


「あの大きい湖か・・・向こう側のほうがいいよね、たぶん」


「ええ、向こう側の方が空間が広いし、あそこまで行けばオーガ達は来ないと思う」


「だいぶギリギリかもだけど、いけると思う。うん、行ける」


シムが一度大きく羽ばたいて滑空を始めた。ミストラルはふぅ、と一息つく。

とりあえず、ミストラル達は目に入った湖向こうの開けた空間に向かうことにした。




★★★




「・・・どうやら、ひとまずは大丈夫そうね」


湖の近くの開けた空間。

の中にある茂み。

のそばに横たわる大きな獣。

その下から這い出てきたミストラルはそう結論づけた。


「だから必要ないって言ったのよ」


身体を思いっきり伸ばすミストラル。

さっきまでシムの下にいたので窮屈だったのだ。


シムが念のためにと言うので、ミストラルはシムに覆われるような形でしばらく隠れていた。シムが霧でパンダの体格を大きく偽装すれば、ミストラルを覆ってうずくまるくらい容易い。


「まあ、結構距離あるから諦めた・・・と思いたい」


霧の偽装を解きながらシムがポツリと言う。


「大丈夫でしょう。オーガの事は詳しく知らないけど、無茶な狩りはしないはずよ。未知の獣がいきなり翼生やして飛んで逃げたらどんな狩人でも深追いはしないわ。それよりネージュにもう本当に危険だから封印を解いてって言ってくれない?」


「・・・魔法での会話はネージュが魔法を使ってくれないと出来なくて、僕の方からネージュに連絡とることは出来ないんだよね。飽きたのか、昼過ぎくらいから一回も連絡してこない」


「ッ・・・! ネージュはなんで本当にもうっ!」


「ってか、これぐらいの時間だともう普通に寝てそう。・・・ッ!」


シムが唐突に顔を歪める。不機嫌そうにシムを見るミストラル。


「どうかしたの?」


「いや、さっきちょっと槍が刺さったところが痛くて」


「見せて」


差し出されたシムパンダの左腕を見ると、紫の霧が不自然に渦巻いている所があった。霧が収束しては拡散してを繰り返している。ミストラルはオーガ達が投げた槍に何かが塗ってあったことを思い返した。


「毒かもしれないわね。あんた、毒は治せないの?」


ミストラルは疑問を呈する。自分があれほど刻んだ際には瞬く間に治ったのに、槍ごときの傷が治らないというのは信じられない思いだ。しかし、よく考えてみれば自分はこの魔物の事をよく知らない。知りたくもなかったから当然ではあるが。ネージュに聞かされたのは霧が本体であること、再生力が高いこと、竜を傷つけられる程度には強いこと、自分が人間であると主張しているということくらいだ。


「毒は今のところ治せない。まあ、今はまだ大丈夫・・・大丈夫だけど、ミストラル魔法でこれ治せない?」


ミストラルは考える。

今の身体では魔法が自分本来の威力で使えない。だがそれでも《回復ヒール》なら治せる・・・、か、治せないまでも少しは良くなるだろう。

しかし、これはせっかく見つけたこの魔物の弱点だ。コイツは今自分が知る限り、今初めて弱っている。それにある程度弱っていたほうが自分が優位に立ちやすい。死にはしないだろうし、「まだ魔法が使えない」と言ってこのまま様子を見ているのがいいか・・・。いやそれとも先ほどの様な戦闘の為にはここで素直に治しておくのがいいのか・・・。


「・・・」


ミストラルがシムを治すかどうか迷っていると。


「いや、こんな状況で魔力は使わないほうがいいか」


そう言ってシムが左腕に手をかけた。傷の少し上の部分。


「ふんっ」


ごきっぶちぶちぶちっ。

異音とともに、シムは腕の肉と骨を握りつぶし、一瞬でねじ切った。

左腕を地面に落とす。

明らかに異常な行為。


ミストラルの顔に紫の血が掛かり、頬を伝う。


「あ、ごめん。すぐ取れるから」


ミストラルは絶句していた。その間に再生が始まり、言葉通りミストラルにかかった血がシムに巻き戻されていく。


「あ、あ、あんた何してんのよ!?」


「毒を落とすために、ちょっとね・・・。すごく痛いからあまりやりたくないやつを、ウグッ」


再生してくっつく寸前だった左腕を再び握りつぶすシム。

再び再生する左腕。くっつく寸前でまたシムが力を入れて――


「やめっ、やめなさい!やめて!」


ミストラルは思わずシムの右腕を掴み、左腕から離そうとする。気持ち悪い、こんなの、見ていられない。訝しげにこちらを伺うシムを無視してミストラルはひしゃげた左腕に手を当てた。


「《回復ヒール》!」


青い発光と共に、シムの傷口が先ほどよりも早く塞がる。ミストラルは傷があった場所をじっと見るが、霧が不自然に荒ぶることもないようだった。・・・ミストラルは無言で目をそらした。

一拍間おいて、シムが口を開く。


「・・・ありがとう、ミストラル。悪いね、」


「・・・次はないから。結局何しようとしてたのよバカ」


「毒を血ごと外に出してから直す、ってのを繰り返すとある程度毒が抜けるんだよ・・・。身体中に回る前にやればね。早くした方がいいんだけど、最初に一言言っとくべきだった」


「まったくよ。・・・無駄な魔力使ったわ。やんなきゃよかった」


ミストラルはシムを蹴飛ばした。モフッ。

ごめん、と謝るシム。

ミストラルはシムに背を向けて湖の方向を向いた。モヤモヤした感情が巻き起こる。


「疲れた・・・、しばらく一人にして。」


「う、ごめん・・・。でもあまり離れるといざっていうときに守「うるさい!死ね、クズ!」


足早に離れるミストラルにシムがついて来ようとするが、背を向けたまま無理やり黙らせる。シムは言葉に詰まったようだった。

・・・しかし、しばらくするとゆっくりとこちらに近づいてくる気配を感じる。護衛をしようとしているのだろうが、今はそれがひどく気に障った。

ミストラルはできるだけシムを撒くよう、足早に湖に近づく。湖に入るような、広く緩やかな斜面を下っていき、足先を水に浸した。刺すような水の冷たさが今は心地いい。


――なんでとっさに《回復ヒール》を・・・。しばらく様子を見てからでもよかったはず。


八つ当たりのように月明りが照らす湖面を睨みつけた。真っ黒な水面。気分はすぐれないままだ。


何も考えてなかった、衝動的に行動してしまった。地上したに降りてから気が動転していたとはいえ、コイツに手を貸すなど。

情が移ったのか?バカな、ありえない。コイツは危険だ。気を許すなど、ありえない。あんな、あんなおぞましい生き物に気を許すなんて。


「思い出すのよ、ミストラル。あいつは危険。あいつは危険。忘れた訳じゃないでしょう、あの屈辱を。あの感覚を」


シムと出会ったあの時、あの時に感じたおぞましさ。あれは本当に嫌な感覚だった。あれを思い出せばあいつに気を許すことなんて、ない。


「ない、ありえない・・・ッ!」


・・・しかし、気のせいか、前ほど鮮明にそれを思い出せない気がする。たぶん、今が緊急事態だからだろうが・・・。苛立ちから足元の水を踏みつける。


バシャ、ピチャン・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピチョン


「・・・うん?」


思わずあたりを見渡す。

今一瞬、だいぶ遅れて水音が聞こえたような。いや、それよりも。

――いまの水音は、後ろ・・から聞こえなかったか?



瞬間、ミストラルは全身を・・・背後から殴りつけられた。



魔力によるとっさの防御を無いかのように貫通し意識が飛ぶような衝撃と共に視界が急激に変化し背面の肉がブヂブヂブヂという不快な音とともに潰れ爆ぜ身体中の骨が軋みひび割れ折れ内臓に食い込みありえないほどの力によってそのまま粉砕されそれでも謎の力は微塵も留まることなくミストラルを殴りぬき吹っ飛ばした。


僅かな血飛沫をその場に残しシムの叫びを置き去りにし、ミストラルは何度か水面で跳ねた後、湖に爆着。


そのまま沈んでいった。




★★★




夜の湖、水面に何かが浮かび上がる。


「ッ!ぶはっ!!!」


――じ、自己強化魔法を、ま、魔法を、かけなけなくては・・・ッ!!魔力による強化では足りなッ、あ、ああ、こ、この、このままではっ、怪我ではなく窒息で死ぬッ!


突如背後から攻撃されて湖に沈み、ほぼ意識を飛ばしかけつつもギリギリで必死に水面に出たミストラルが混乱の中一番初めに思ったことはそれだった。

ミストラルは人間形態では泳げなかった。今自分が湖のどのあたりにいるかは分からないが、浅瀬からは程遠くなってしまっただろう。瀕死の状態だが【回復ヒール】を使う間もない。


「ゴポッ! ガハッ・・・ゲホゲホ、ゴポポポ。ブクブク、ブハッ!!」


しかし瀕死の状態では上手く魔法が組めない。魔力による全力強化で身体は辛うじて持っているがまともに動かせない、回復もできておらず、このままでは遠からず溺れてしまうだろう。


グイッ


「ッ!? なにッ!? ガポッ!」


唐突に両足首を捕まれ、ミストラルは再び水面下に沈む。

目を見開くが夜の湖は暗く、ミストラルの足を掴む何者かは見えなかった。魔力による強化でも自分の手足以外何も見えない、真っ暗な世界。


「~~~!!」


パニックになり暴れるも、水の中での動きは緩慢で自分でも弱弱しく感じるほどだった。ミストラルは物凄い速度でどんどん水底に引き込まれていく。


――誰か、誰か助けて!


もうただ声にならない悲鳴を上げ、助けを求めることぐらいしか出来ず。


――誰かッ、シムッ!シムは何をしているの!


漏れた息が泡となって水面に向かう。その対比のように沈み続けるミストラル。

息が苦しく、身体が焙られるように熱い。そして苦しみは秒ごとに倍加するよう。


――私を守れって言ったのに!


守りから離れたのは自分だ、分かっている。


――今からでもいいから早く!


シムがどんなに早くても無理だ、気づいている。


――さっさと・・・私を・・・!


広い湖の中で人間サイズのミストラルを見つけ出すのは至難だろう。


――私を・・・ッ、助けて・・・ッ!!!


シムがどんなに速くミストラルを探しても、それより先にミストラルが溺死する。あたりをつけて湖に飛び込んだとしても、この深さまで来るのも、ミストラルを引きずり込む何かを撃退するのも、容易ではないだろう。もしかしたミストラルを殴りつけた謎の敵と戦っていてそれどころではないかもしれない。いやそもそも、


――・・・・・・助け、・・・て・・・ッ・・・


シムを毛嫌いしているミストラルを、シムが助けてくれるのか。


――・・・・・・・・・


――・・・・・・


――・・・


思考が限界を迎える。魔力による強化も保てない。

水を肺に吸い込み溺れ苦しんでいたミストラル、彼女の意識が急速に拡散し始める。全身を蝕む激痛は感じつつ、しかしなぜこんな状況になっているのかが分からなくなり始めてきた。

ズルリ、と。気色悪い感触がミストラルを襲うが、もう彼女は反応すらできない。

気づくと周囲は完全な闇となっていて、彼女の足を掴んでいた何かはその束縛を足首からふくらはぎ、太もも、腰へと増やしていた。無数の手により身体が固定されていくような感覚、もはや抵抗する力も残っていないというのに。苦しみの中段々と、ゆっくりと、しかし着実に、・・・終わりが近づいてきていた。彼女は何もできず・・・ただ――




――ふと、目の前がぼやけた。何も見えないはずなのに、ぼやける。かすれる意識の中、確かに感じる。



一面は黒で、冷たく真っ暗で、何も見えない、しかし、分かる。



不思議なものねと、ミストラルは思った。



闇しか見えないのに、こう感じる。



霧がかかっていると、



そう感じる。



濃く、深く、







――紫に。









目前で紫の霧が爆発した。








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