第31話 スカイダイビング再び、無論パラシュートはない ――飛行石不所持少女 VS 翼を獲得したパンダ――
「なんでよぉおおおおおおおおおお!!!」
ミストラルは絶望した。ここの所絶望してばっかりだったが、今回は更に絶望した。原因は昨日、ネージュが、彼女がこう提案したことから始まった。
「ミストラル、シムと親睦を深めるためにちょっとオーガの集落まで行ってきてくれないか?」
仲直り(強制)をしてから一週間(その間ミストラルはシムに嫌がらせ(殺意MAX)をしていた)。ミストラルは今だにシムを毛嫌いしていた。もちろん嫌だと言ったが、なんだかんだと言いくるめられ、翌日のシムに付き合うことになってしまった。そしてネージュの島で夜を過ごし(ネージュが心配でミストラルは最近ネージュの洞窟で寝泊りをしている、無論竜の姿で)、朝起きたら人間の姿に封印されていた。
そしてそのままシムもろとも島から突き落とされ、現在自由落下中である。
「ミストラル!竜の姿に戻れないの!?」
シムが焦った様子でミストラルに叫ぶ。コイツが慌てる姿に胸がすく思いだが今はそれどころではない。
「ずっとやってるけど無理!ネージュが!これ、封印、強力!ネージュなんで、なんでなのよぉおおお・・・ッッ!!」
竜の里は天高く浮かぶ島々にあり、そこから人間が落ちたらもちろん死ぬ。竜であるミストラルも、人間形態で封印されて落ちたらもちろん死ぬ。それはもう完全に死ぬ。
「ネージュ助けて!ネージュ!おねがい私が悪かったなら謝るから!ネージュ!誰かッ!誰か助けて!ネージュ助けてぇええええ!」
「・・・ネージュがその封印したんでしょ。あー今島のネージュと魔法で話してるんですけど、その封印は時間指定で解けるようになっているらしいですね。自力で解くのは無理っぽいとか――」
シムが冷静に何か言っているがミストラルには聞こえない。コイツが飛べないことは知っているし、紫のオーラの様なものを島に刺すには距離が遠すぎる。竜の里はもう米粒のようだ。代わりに近づいてくる緑の大地にミストラルは思わず涙を零す。
思考が加速するが打開策は思いつかず、代わりに取り留めない考えばかりが浮かぶ。
ああ、自分はこんなところで死ぬのか。いやだ死にたくない。コイツをクッションに着地しても恐らく死は免れないだろう。いやだ死にたくない。どうせ死ぬなら竜として死にたかった。ネージュなんでこんなことを、ああ、死にたくない――
森がくっきり見えた。
木が、花が、草が、石が、これまでの人生にないほどはっきりと目に映る。
――綺麗、と。場違いな思いが思考の渦に消える。そして。
バサッ
「は?」
身体が宙に浮かんだ。いやそう感じるだけでまだ落下中だ。しかし、落ちる勢いが弱まる。
バサッバサッバサッ
いつの間にこんな体制になったのか、自分がシムに抱きすくめられるような状態になっているのにミストラルは気づく。そして少し視線を動かすとパンダから延びる巨大な霧の翼が目に入った。紫白銀に彩られた霧の翼。唖然とする。
「あんた・・・飛べたの」
一方シムは必死に霧の翼を制御していた。ネージュに会う前より、力も精度も上がったが、未だ飛ぶのは難しい。繰り返すがパンダは飛ぶようにできていない。
「ちょっと、静かに、おねがい」
何か言おうとしたミストラルを先制し、なるべくゆっくりと森に降りていく。あの少し開けた場所がよさそうだ。
★★★
近くにあった倒木に腰掛け、幾分か落ち着いたのかミストラルが言葉を発した。
「飛べるんだったら最初から言いなさいよ・・・」
顔を自分の太ももにぐったりと埋めて言うミストラル。身体柔らかいな。
「あー」
言ったけど、ミストラルが泣いてて聞いてなかったんだよ。とは言わず、シムはただ、「必死だったから、ごめん」とだけ返しておいた。島からここまで、3分足らずの時間だったがミストラルは憔悴しきっており、これ以上何か言うのは酷だと考えた故だ。
死に直面したのである。無理もなかろう。
「今日の夜には解けるって言ってる。さっさと行って来いってさ」
「ネージュと話しているの?正気かどうか聞いてくれる?」
死んだような目で淡々というミストラル。怖い。
「大丈夫、大丈夫!・・・ってさ。あとその身体、もろいから気を付けるようにって」
相変わらずネージュは軽すぎるなぁ、ほんと。ネージュは今島からこちらの様子を魔法で伺っている。お茶を片手に。完全に娯楽扱いだ。
「今更すぎる!お願いだから帰らしてくださいって言って」
ミストラルの目に光が戻った。生きる意志を思い出したのか。
「大笑いしながら無理って言ってる」
「じゃあここから動かない!」
「えぇ・・・。あー、なんか用を済ませないと時間が経っても封印は解かないって」
「うそ、遠方からの再設定もできるの・・・。なんでその才能をこんなことに・・・ッ!」
ミストラルが頭を抱えてうなりだす。困った。まあ待つとしよう。
~しばらく経って~
僕が空の雲の形が何に見えるか色々試行錯誤していると、ミストラルがぽつりと言った。
「・・・あんた、ここから島まで私を連れて帰れる?」
可能か不可能化で言ったら可能。しかし、ネージュの言付けを達成せずに帰るのは不可能。ここは慎重に言葉を選ぶ必要がある。
「・・・翼、さっき同様に霧の翼で頑張れば飛んでいけるかもしれない。けど、すごい時間がかかるしネージュが妨害してくるだろうから難しいと思う。ミストラルが言うならやってみるけど」
ごめん、と謝る。
「僕の巻き添えにしちゃって、ごめん。ネージュのムチャぶりはいつもの事なんだけどね。今回ミストラルが巻き込まれるとは思ってなかった」
ただ時間の問題だとは思ってた。
「絶対に危険な目には合わせないようにするから」
「・・・当たり前よ。ちゃんと守るように」
ミストラルがこちらを睨みつけて、ぶすっとした表情で返事する。
そして立ち上がってため息をついた。空を見上げる。
「飛んで帰るのは無理そうね。まあそうだとは思ったけど。ネージュはこっちの様子見てるのよね?」
「見てるね」
興味津々で。
「オーガの集落に行って何をするの?」
「狩りを少々。今回はミストラルを守りながらだから制限なしで」
「制限?」
「ああ、狩りの時に時間制限とか、能力制限とかね。出来たらご褒美、出来なかったら・・・まあ特にないけど」
「まったく、相変わらず悪趣味なんだから。オーガの集落はどこ?」
「向こうに2,3キロくらいかな」
指をさす。元々島の真下くらいの位置にあったし、そこを目指して飛んだので近い。
ミストラルがその方向を見て目を細め、そう、言った。そしてこちらに向き直る。
「今の私はオーガにも簡単に殺されるわ。そしてあんたが私を守り切れるかも分からない。よって、オーガの集落にはいかない。ネージュの言うことは聞かない」
こちらの目をまっすぐ見て告げる。
「幸い、封印は強力だけど、まったく手に負えないわけではないわ。現に今」
ミストラルの足元から仄かに青い風が吹きあがり髪を揺らす。貫頭衣がふわりと舞って僕はチラリズムの尊さを思い出した。
「一部封印を解除できた。魔力をある程度使えるようになったわ。身体機能も少し上がったし、人間としての食事もしばらくはいらないでしょう。私はこれからこの封印の解除にかかる。あなたはその護衛をして」
ミストラルはそう告げるとこちらをじっと見つめてきた。返答や如何といったところか。・・・これは、僕がネージュの側についてミストラルを妨害するか、それともミストラルに協力するか、試しているのか?馬鹿な。
「僕がネージュの手先かどうか疑ってるって感じ?」
「そうよ、ネージュの言うことなんでも聞くじゃない」
即答。ド直球だ。ミストラルは本当に・・・素直というのかこれは。
「ネージュのムチャぶりは、まあ、そうだけど。別に言いなりになってる訳じゃないんだからさあ。」
僕がネージュに協力したいから、僕自身がそうしたいからそうしているだけだ。確かに《尊き我が友愛の刻印》はあるけど。
シムは自身の霧を見つめる。霧の中に浮かぶ白銀の紋様を。
これは関係ない。僕は自分自身の意思で行動している。これは僕が暴走しないようにネージュが掛けてくれた保険だ。精神を安定させる魔法だ。相手を支配する魔法とミストラルは言っていたが、僕は別に支配されていない。ネージュに歯向かうこともできる。ただ、僕はそんなことしたくないけども。何故なら。
「ネージュは大切な友達だから」
一緒にいると楽しいから、嬉しいから。
「迷惑かけたくないって思ってるだけだよ」
ミストラル、君もネージュの友達だ。君は今だ僕を竜の里から追い出そうとしているけども、ネージュの友達同士、僕らは仲良くすべきなんだ。今は違うかもしれないが、そうなれるように努力するんだ。必要なことだからね。いつまでも険悪なんじゃやだし、友達同士がいつまでもギクシャクしていたらネージュも居心地悪いだろう?
「もちろんミストラルにも迷惑はかけたくない、友達だからね。ミストラルに協力するよ。今回ネージュはちょっとやりすぎだと思う。ミストラルに死んでほしくないし、ね」
これは僕の本心である。
「・・・まあ、いいわ。今晩には解けると思うから」
そう言うと、ミストラルは無言で地面に胡坐をかき、集中してぶつぶつ言い始めた。しばらくすると、淡い青の発光が彼女の周りで断続的に起こる。封印に干渉しているのだろう。今晩て、今朝だから殆ど一日かかるのか。・・・うへぇ、暇すぎる。
やることもないので横になろうとしたらミストラルからお叱りを受けた。ちゃんと護衛しろと。まあ、寝るつもりがなくても横になるのはダメか。なのでミストラルの横に座って彼女をガン見していることにした。何か言いたげに見てきたが、視線を合わせず気づかないふりをしていると諦めて目を閉じたので視線を戻す。
あとはそのまま夜までミストラルが作業をしているのを見ているだけだった。
★★★
夜になった森の中で、薄い光が輝いている。よく見るとそれは人間の少女の形をしていて、そのそばには熊の様な影がある。そう、ミストラルとパンダである。
・・・くっ、このっ・・・。そう、そのまま・・・あ、しまっ・・・。チッ・・・、もう・・・ああもう!
ミストラルの封印解除は難航を極めていた。あと少し、あと少しでというところで上手くいかない。昼には解除できているはずだったが、夜になっても初めの段階からほとんど進んでいない。そう、昼には、である。ミストラルはシムの事を信頼していなかった。念のため遅い予定を伝えてあるし、封印解除の段階も過小にして言ってある。護衛についても信頼していないので、周囲は自分で警戒するつもりで神経を張り詰めている。更に、シムに対しても警戒していた。とくに思惑あっての事ではない。ただ、シムを信用していないだけだ。時折思い出すのだ、自分が殺されかけた時にシムに感じたあのおぞましさを。そして思い出したら気を許すことなど不可能だった。
彼女は警戒心が強かった。しかし、それが裏目に出ることもある。
森の中からガサリと音がした。
「ッ・・・!」
集中が途切れる。自身の中で組み立てていた作業が崩壊。何回目かはもう覚えていない。
「・・・ミストラル、大丈夫?」
「うるさい!・・・集中できないから黙っていてって言ったでしょ!」
声かけられる前から集中できていなかったので関係ないが、思わずシムに怒鳴る。シムは肩をすくめると(動作が完全に人間だ)、口を閉じた。目を閉じ、考える・・・このままでは無理だ、分かっている。思っていた以上に難解な封印、解くのは至難。集中できない状況なら尚更である。
「ミストラル」
「だから黙れって――」
目を開けて怒鳴ろうとするとシムが手をこちらに伸ばしていた。高速で。
(殴られる!?)
危機感で思考が加速する。身をよじり避けようとするがパンダの手が迫るほうが早い。ゆっくりと感じる時の中、ーーミストラルはシムの手がミストラルの横の空間を打ち払うのを見た。硬質な音が響く。思わず目をやると月明りの下で地面に棒が転がるのが見える。いや、棒ではなくこれは。
――木の陰から二本目の槍が飛び出してきた。




